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24話

 拉致だと思っていた時期が、俺にもありました。

 妖鬼族の為したことは、それより一段、高いレベルにあった。




「いやな、すぐ帰ってくるじゃろと思って、人間の王都で待っておったんじゃが、なかなか帰ってこぬものでな、うっかり人間族の王都を占領してしまったぞ」




 拉致じゃなくて侵略でした。

 ……どうすんだよ。俺のせいで世界が大荒れじゃねーか。

 ため息を禁じ得ないね。


 そんなこんなで、俺は紆余曲折ありつつも、人間族の王宮へ戻ってきたのだ。

 ただし、今の主は妖鬼族なので、まだまだ紆余曲折の最中という感じだ。


 通されたのは、『預言者の間』だった。

 ……ドーナツ型の円卓が、もはや懐かしい。

 当初の予定では、ここに各国首脳を交えて、公平に預言を伝えるとかいう話だった。


 どうなったのかなあ、最初の予定……

 たしか俺の最初の預言に端を発してるんだっけ。

 まだ達成されてないっぽいので、意味の解釈とかはしないでおくけど、あの預言が達成される日はくるんだろうか。

 もう後戻りできなくないか?


 俺は、ドーナツ型円卓の真ん中に通される。

 俺を拉致した妖鬼族の首謀者は、俺の方を向いて、円卓に腰掛けた。

 体が小さいから、足が床にとどかず、ぶらぶらしている。




「そなたが預言者か。こうしてまじまじ見るのは初めてじゃの」

「そりゃどうも」

「申し遅れた。我は妖鬼族の預言拝聴者である、スイテンじゃ」

「ああ、はい。よろしく」

「まったくどうしてさっさと帰ってこないのじゃ。最初は人間族の王都に軍を逗留させて様子見しておくつもりが、なかなか帰ってこないもので、『そろそろ軍を引き上げてください』などと言われてしまったではないか。まあ、その流れで侵略みたいになったのは、うっかりうっかりといったところかのう」

「っていうか『うっかり』で他種族の王都占領するなよ。完全に国際問題だろ」

「うむ? 預言者よ、そなた、思ったより落ち着いておるのう?」

「もう慣れた……」



 拉致され慣れだ。

 イヤな慣れだった。


 加えて言うなら、今回は、拉致の首謀者が今までで一番幼い見た目なのも、落ち着いていられる理由の一つだろう。

 まだほんの小さな子供に見える。

 どことなく和服を思わせる服装。

 黄金の長すぎる髪に、同じ色の瞳。

 頭の上からはえている獣のような耳は、半獣族の特徴にも見えた。


 しかし、半獣族は、俺の知識において実在する動物がモチーフだった。

 俺の知識には、彼女のような生き物はいない。

 きつねのような黄金の耳に――

 尻尾が九本も生えた生き物など、実在は、しないだろう。


 妖鬼族。

 暗い紫色の瘴気をまとった種族の、預言拝聴者の、見た目だった。


 幼い容姿の彼女は、笑う。

 すさまじいと表現したくなるような笑顔だった。




「慣れたか! さては、他の種族に拉致されたな!?」

「知らなかったのか? あんたのところですでに三回目だ」

「半獣族は知っておったが、なんじゃ、また拉致されておったのか」

「真族にもな……まあ、問題を解決して、解放されて、今ここに至るって感じだが」

「それは面白い! いやあ、どいつもこいつも! 考えることはみな同じじゃのう。預言を独占し政局を動かすか!」

「……みんな、困ってて、どうしようもなくって、最後の手段として俺を頼ったって感じだったけどな」

「たしかに、半獣族はそうじゃろうな。真族は知らんが」




 ふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 俺は首をかしげた。




「半獣族のこと、知ってるのか?」

「ふむ? アレじゃろ、体が木になる呪い」

「……けっこう、国家機密扱いだったっぽいけど」

「我ら妖鬼族は隠密活動と情報収集能力に優れる。もとより、我らの体は他の種族と似た特徴も備えておるしな。訓練で瘴気を消しさえすれば、まぎれるのはたやすい。我も昔、半獣の里に潜入しておったぞ」

「尻尾が多すぎる……」

「どうにかなるもんじゃ」



 てきとうな……

 しかし、スパイが得意な国なのか。

 平和な世の中だと、さぞかし強いだろう。



「それにしたところで、半獣族や真族がそなたを拉致するとまでは、わからんかったがな。思うにその二つの件は、個人の突発的な思いつきじゃろ? 綿密な計画なら我の耳に入らぬわけはないしのう」



 当たってる。

 というか、ノイやベリアルが後先考えて行動してたら、妖鬼族にインターセプトされてたりするんだろうか。

 怖いなあ、妖鬼族。

 っていうか。



「なあ、質問がある」

「なんなりと」

「オフィーリアとかは、どうなったんだ? 一緒に捕らわれたノイとベリアルに、御者さんに、あとは本来この王宮にいた人とかも……」

「どうなったもなにも、城の中におるぞ。退屈はさせておるだろうが、不自由はさせておらん。結果的に侵略はしておるが、そもそも他種族に恨みがあるわけでもなしな」

「……そうなのか」

「そもそも、この占領状態は長続きせんであろうな。情報封鎖もそこまで万全にはしておらん。いつか人間族の王都から、他の国に情報が漏れて、我ら妖鬼族はすべての国から攻められるであろ。情報戦は得意な我らじゃが、武力は言うほどのこともない。ドワーフ族の武具をまとった竜人族に来られでもしたら、一瞬で壊滅じゃ」

「じゃあ、なんで」

「預言のためじゃ」



 ……予感があった。

 これから、絶対、重い話が始まる。


 しかも、彼女は、ノイやベリアルより、よっぽど色々考えている。

 突発的な犯行ではない。

 計画的な、凶行なのだ。

 当然、そうするに足る目的があるだろう。



「……俺になにを預言させようっていうんだ?」

「半獣族の樹木化は、預言で治したそうじゃな」

「え? ああ、治療できた直接の理由が預言ってわけでもないけど」

「ならば、同じように我らを救ってほしい」

「……あんたも、どこか、石になってたり、木になってたりするのか?」

「いいや。そんな生やさしいものではないぞ」



 ……木になったり、石になったりを、『生やさしい』とか言うのか。

 やだなあ。

 聞きたくないなあ。

 でも聞かないといけないんだろうなあ。



「どうにかしてほしいのは、コレじゃ」



 と、彼女は自分を指差した。

 ……頭……じゃないな。

 耳……でもなく……



「瘴気?」

「そう、瘴気じゃ。実はな、我ら妖鬼族のまとう『瘴気』と呼ばれる謎の光の屈折は、百年前にはなかったものなのじゃ。これは、我ら一族にかけられた『呪術』だと、考えられておる」

「呪術……つまり、呪いか?」

「そうじゃな。それについての研究も、我らはしておるのじゃが……いっこうに進まんで、ついにこんなに瘴気が黒ずんでしまった」

「黒くなるとなにが起こるんだ?」

「気が狂う」



 あっさりと答えられすぎて、聞き逃しそうになった。

 俺は、思わず繰り返す。



「気が狂う?」

「そうじゃ。正気を失う。今はまだ紫がかっておるが、これが完全に黒くなると、我を忘れ、暴れ出す。今は、年に幾人かそのような同胞を収監する程度ですんでおるが……一族全体が我を失う日も、そう遠くはないじゃろうな」

「…………重っ」

「重い?」

「ああ、いや、精神的な話っていうか……うん、わかった。俺が預言でそれをどうにかしたらいいんだな?」

「できるのかえ?」

「たぶん」



 今までの実績を思うに、きっとできそう。

 でも、俺の立場だと保証できないからなあ。

 うーん……



「とりあえず、女神と連絡をとらせてくれないか? 助けるためにも、預言が必要だし」

「我らを救うために行動してくださるならば、異論のありようはずもない」

「……っていうか、妖鬼族も、真族も、半獣族もそうだけどさあ、もっと平和に、俺に直接話をしに来るっていう選択肢はなかったの?」

「そうは言うがな、まさかこれほどすんなりと要求を呑んでもらえるなぞ、想像できんかった。多少乱暴なことをする必要もあるかと思っておったぐらいじゃ。話をするだけでこれほど早くことが進むというのは、はっきり言って、予想外じゃぞ」

「そうなのか」

「預言者というものは、それはそれは、神聖なものじゃからな。個人や特定種族の存亡なんぞどうでもいいと思っているものと、考えられておった」

「もっと超然とした視点の持ち主だと思ってたってことか?」

「そうじゃな。一族の危機は、我ら一族にとって、もちろん重大事ではあるが、世界にとって重大かどうかはわからんじゃろ? これまでの預言は個人の不幸まではどうにもできんかったからな」



 たしかに、という感じだった。

 いや、俺は前の預言者のことなんか知らないが……

 一冊の書物で三百年ぐらいカバーしてたんだっけ?

 そりゃあ、個人の事情まで踏みこんだ預言なんざ、残してられないよ。

 どんだけ分厚い本になるんだって話だ。



「こうなるとわかっておれば、穏やかな手段をとりたかったものじゃのう」



 それは心底後悔するような声だった。

 ……まあ、ベリアルやノイよりよっぽどものを考える人っぽいし。

 おかさなくていいリスクをおかしてしまったというのは、けっこうストレスなんだろう。



 俺は、彼女をしりめに、杖にはまった赤い宝石をタッチする。

 すると、俺にだけ聞こえるコール音が鳴り響いて。

 鳴り響いて。

 鳴り響き続けて。



 ……女神が出ない。

 そういや、しばらく忙しくなるから連絡されても受け取れないとか言ってたっけ。



「……あの、スイテンさん」

「おお、終わったのか。ずいぶんあっさり預言というのはおりてくるものじゃのう」

「そうじゃなくって……その、女神と連絡がとれません」

「ふむ?」

「なので、預言は向こうから連絡があるまで待ってもらっていいかな?」

「…………」



 スイテンはなにかを考えこんでいるようだった。

 そして。



「わかった。そなたは協力的であるからのう。待つぐらい、なんでもない」

「ありがたい」

「ただ、待っているあいだも、監視はさせてもらうぞ」

「監視って、具体的には?」

「部屋はたくさんあるからな。我と寝起きをともにすればよかろう」

「わかっ……」



 あっさり返事をしかけて。

 スイテンの容姿をじっくりながめた。

 うん、幼い。

 大丈夫だ。



「わかった」

「……なんぞ、間があったのう」

「いや、大丈夫。スイテンはアウトゾーン低めだった」

「なんの話じゃ」



 それでも、前までの俺だったら、『女の子と同室』という言葉だけでときめいていただろう。

 でも大丈夫。

 真族領地での経験が、俺を大人にしたのだ。



「じゃあ、預言が来るまで、じっくり待つか……」

「なるべく早いにこしたことは、ないがのう」

「……あと、俺が協力するんだから、みんなを解放してくれよ。他の種族に攻め入られたら困るだろ?」

「そうじゃなあ。ま、裁きは受けるであろうが、解放は約束しよう」



 スイテンはあっさりと俺の提案をのんだ。

 ふー、やれやれだ。

 これでようやく、腰を落ち着けて暮らすことができる。


 あとは女神から早めに預言をもらえればいいだけだ。

 ようやくまっとうな預言者ライフが始まるな。

 やれやれだぜ。

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