25話
「あー……だめになる……」
女神から連絡を待つこと三日。
約束通り、人間族の王都は解放され、ノイやベリアル、オフィーリアも自由の身になった。
俺は、スイテンと、王宮にある部屋で寝起きをともにしている。
ちなみに、他種族の王都を侵略したということで、スイテンは現在、軟禁状態である。
俺がスイテンに監視されているのか、スイテンが俺に監視されているのか、微妙な状態だった。
俺とスイテンは、同じベッドにいた。
最初の一日は、寝床を分けていたのだが……
二日目、俺が我慢できずに、こんなことを言ってしまったのだ。
「その尻尾、すごく触りたい」
いや。
だってさあ。
九本もあるんだぜ。
すごいモフモフしてるんだぜ。
気になるじゃん。
この提案を、スイテンは呑んだ。
それ以来、俺は日に七度はスイテンの尻尾に顔をうずめている気がする。
魔性の尻尾だった。
だめにされる。
「なんじゃ、まるで母に甘える幼子のようじゃのう」
スイテンはそんな感想をもらしつつも、優しく尻尾で俺をなでる。
油断していた。
まさか、彼女みたいな幼い見た目の女の子から、母性を感じてしまうとは。
スイテンと一緒にいると、自分がどんどん駄目人間になっていくのが、超わかる。
でも反抗する気力が起きない。
スイテンが許してくれるからいいよね、って気分だ。
「しかし預言者よ、そなた、預言はまだなのかえ?」
「……うーん、こればっかりは、待つしかないからなあ」
気楽そうに言うが、内心は全然気楽じゃなかったりする。
けっこう焦ってます。
……女神からの連絡待ちの時に、何度か思ったんだが。
預言者って自由なようで、まったく自由じゃねーよな。
苦労しなくていいのはいいんだけど、自力でなんにもできないのはよろしくないっていうか。
もっとこう、『待ち』の発生しないやりかたがあればいいんだが。
……まあいいか。
今は、尻尾をモフモフしよう。
すごくいいスポットを見つけたんだ。
尻尾の生え際っていうの?
尾てい骨付近のさ、この、コリッと――
などと駄目なことを考えそうになると。
筆舌に尽くしがたい音楽が、俺の杖から聞こえた。
スマホの着信音だ。
ついに、待ちにまった女神からの連絡らしい。
「……きたか」
俺は、尻尾から離れがたい気持ちをグッとこらえて、立ち上がる。
それから、ここ二日まったく触っていなかった杖を持ち、赤い宝石をタッチする。
「はーいもしもし?」
『有給とれましたよ!』
通話の相手はもちろん女神だった。
俺は、あくびをする。
「そうか。よかったなあ。ふわぁーあ」
『そのやる気のない対応なんですか!? もっと喜んだり踊ったりしてくださいよ!?』
「いや、今な、モフモフがいいところで」
『モフモフ? 状況をモニターしま…………なにしてるんですか!?』
「なにって、尻尾をだな、こう、顔をうずめたりして、堪能っていうか」
『ちっちゃい女の子のお尻に顔を押しつけて幸福そうにしてるとか、完全に変態ですよ!』
……そう言われてみると、そうだな。
いや、違う。
女神は間違っている。
「お尻じゃない。尻尾だ」
『あんまり変わりませんから!』
「そうなのか? スイテンは別に拒否しなかったから、いいかなと思ったんだけど」
『よく知りませんけど、その人たぶん、土下座したらなんでも言うこと聞いてくれるタイプの人だと思うんですけど!』
「いやいや、それはいくらなんでも失礼だろ……」
『とにかく! 尻尾を触るのは禁止です!』
「えー……まあ、その話は今度な。来年あたりまた話そう」
『話す気ありませんよね!?』
なんか、今日は女神がやけにつっこみ役みたいなことやってるな。
まさか女神に常識があっただなんて……
「まあ、そんなことよりも、また預言がほしくって、連絡をずっと待ってたんだけど……」
『そのようですね。……はあ、しかし、よりにもよって、よく拉致されますね』
「実は俺も、自分はピーチ姫なんじゃないかと思い始めたところだ」
『じゃあわたくしがあなたのマリオになりますよ』
「もう助かってるんだけど……とにかく、預言をくれ。……ああ、その、っていうか、その前にだな、お願いがあるんだが……」
『なんですか?』
「預言者、やめたい」
それは。
女神から連絡を待っているあいだ、スイテンの尻尾の中で、ずっと考えていたことだった。
待ってるのは、キツイ。
なにもしなくていいというのはありがたい話だけど……
なにもできないというのは、けっこう、ありがたくない。
「……もちろん、女神が俺に苦労をさせなくてもいいように、今の立場にしてくれたのは、わかってるんだ。感謝もしてる」
『あ、いえ、あなたを預言者にしろっていうのは、本部の決定なので……』
「そうなのか」
『はい。転生する人は、それぞれ個性に合わせて転生後の職業を割り振られるんですよ。預言者っていうのはかなり珍しいみたいですけど……預言者っていうか、ふつうに未来を知ってる人ならそれなりに多いですが』
「へえ」
『なので、預言者をやめさせる権限もわたくしにはないのですが……』
「そうなのか……いやな、この世界には、あんまりにも魔法関係で難儀してる人が多いだろ?」
『多いっていうか、あなたが直接かかわったのは三人ですね。でも妖鬼族全体だと……数万人ですかね?』
「な? だからさ、預言とかまわりくどいことしないで、ふつうに、魔法使いにしてもらえないかなと思って。そうしたら預言待ちしなくても、病状の回復とかできるだろ?」
『……でも問題が生じますよ』
「そうなのか? ……まあ、そうだろうな」
『はい。あなたが預言を必要としなくなったら、どのタイミングでわたくしと会話するんです?』
「問題はなさそうだな」
『ありますって! もっとわたくしとお話しましょうよ! 小粋なトークを!』
「小粋なトークの結果、再翻訳でしか預言できないんじゃ事態の解決速度が半分以下なんだけど」
『それを言われると、わたくしは、ぐう、と唸るしかできません』
「まあまあ、この際、用事がなくたってトークはしてもらってもかまわないんだけどさ……とにかく、明らかに魔法っぽい症状で苦しんでる人を、俺の意思で、待たずにどうにかしたいんだ。どうだろう、なんとかならないかな?」
女神は沈黙した。
虫の良い願いだっていうのは、わかっている。
だから、不可能なら、不可能だって言ってもらいたい。
でも。
『わかりました』
女神は承諾する。
どうにかしてもらえると思っていなかった俺は、思わず聞き返した。
「できるのか?」
『そうですね。この世界は魔力の素が誰にも使われず、空気中に漂っている状態です。だから、誰かがそれを管理できれば、問題はなくなります』
「その管理人にしてもらえるってことか?」
『……ただ、問題が』
「小粋なトークならいつでもしてやるって」
『そんな話ではなく……うーんとですね、ちょっと電話口じゃ言いにくいので、有給もとれたし、降臨しますね。明日のお昼ぐらいに、行きますから、どこかでお昼でも食べましょう』
「あ、ああ……」
なんだろう……
ちょっと後悔する。
勇気も度胸も判断力もない俺は、行動一つ一つに小さな後悔を繰り返しながら生きるのだった。
もっと強くなりたい……精神的に。
ともあれ、通話は終わった。
スイテンに話の流れを伝えよう。
「終わった」
「そうかえ。それで、どのような預言が来たのじゃ?」
興味深そうだ。
でも、預言はもらってないんだよなあ。
なんて言うべきか……
そうだな。
「預言は、もらってない」
「なんと!? 神は我らを見放したのか!?」
「ああ、いや、そうじゃなくって……えっと、その……」
俺を魔法使いにしてもらうとか、そういうことは、まだ言うべきじゃないよな。
だったら、簡潔に……
「預言は降りてこなかったけど、神が降りてくることになった」
これぐらいが、ちょうどいいまとめだろう。
しかし。
スイテンはぽかんとしてしまった。
それから、ガクガクと震え出す。
「か、か、神が、我らのために、降りてくると、そう申すのか……」
「そうだけど」
「……なんという……なんという」
ベッドの上で、震える彼女。
うーん、これは、アレだな。
……伝えかた、間違えたな!




