22話
『あの、大変失礼なことを申し上げるんですけど、裸になって徘徊する必要はないです』
冷静になった。
ベリアルの左腕が治っているのを見て、俺とベリアルは喜んだ。
小躍りした。
飛び跳ねた。
抱き合った。
裸で。
で。
冷静になってしまった。
慌てて離れて、『服を着よう』『そうね』というやりとりをしたあと、ダッシュで部屋に戻る。
んで。
ベリアルの着衣にはやや時間がかかるので、そのあいだに、俺は女神に連絡した。
暇つぶしというか、照れ隠しだ。
穴があったら叫びたい。
あるいは誰かを相手に会話をしたい。
さもないと、頭が沸騰しそうだ。
「裸になる必要ねーのかよ! だって、預言は、原文知ってる俺だって、そういう意味かと……っていうか預言をわかりやすく説明していいのか!?」
テンションがいつもより五割増しぐらいで高いのは、羞恥心のせいだ。
あと、無理な注文とはわかっていても、裸でうろうろしなくていいなら先に言ってほしい。
女神の方は普段と変わらぬ調子で言う。
『もう終わった預言ですし。石化は解けたでしょう?』
「まあ」
『すでに預言は効力を発揮し終えてますから、もう大丈夫ですよ。今さら解説したところで時間が巻き戻るわけではありません。……もっとも、そもそも他の要因で再び石化する可能性はないわけではないんですけどね』
「不吉なこと言うなよ……」
『どうにも魔力の素が長いあいだ消費されていないせいで、その世界では魔力が原因の災害がちらほら起き始めているようですからね。自然が対象をランダムに選んで状態異常魔法を連発しているという感じです』
「はた迷惑な自然だな!」
『あくまでたとえですよ。そう考えたらゲーム脳のあなたにもわかりやすいかも、というわたくしなりの配慮です』
「わかってるよ……で?」
『で、とは?』
「預言の解説がもう大丈夫なら、本当になすべきことがなんだったか、説明してもらってもいいんだろ? 裸での徘徊が理由じゃないなら、他にどんな理由でベリアルの石化は解けたんだ?」
『あなたがベリアルさんの心を開いたからですよ』
「……心を開く、ねえ……」
一緒に裸でうろうろしたら、心も裸になるのだろうか。
画期的すぎるカウンセリング方法だなあ。
世間の心療内科がちょっとした酒池肉林になりそうだ。
『別に、裸での徘徊が心を開かせたわけではないですよ。あなたに人の心を開く才能はないです。預言にあった通り、あなたがベリアルさんの心の開くキーワードを言ったというだけです』
「キーワード?」
『おお愛しき我が君よ! の部分ですね。つまり、本心から好きとか愛してるとか言えば、ベリアルさんは心を開く仕組みでした』
「……好きとか愛してるとか言ったっけ」
『言いましたよ。もっとも、恋愛対象に向けるような好きではなかったみたいですけど』
「恋愛対象に向けるような好きとか愛してるなんて、とてもじゃないが言えないしな……」
恥ずかしすぎる。
たしかに、ベリアルにはダーリン呼ばわりもされたが……
彼女は石化によって追い詰められていたのだ。
しかも、彼女が俺をさらった理由は、俺の顔がよかったから。
この顔は女神にもらったものである。
俺の中身はなんら評価されていない。
そんな状況で愛の告白とか、さすがに勝率低すぎてやってられない。
……勝率高い告白ってどういうタイミングなんだろう。
経験値が足りなさすぎてわからなかった。
『ともかく、恋愛的な意味ではなかったとはいえ、あなたは言葉を言い、呪いを解きました。まあ相手がどう受け取るかは相手次第なのですが……』
「そうだなあ……今ごろあっちも冷静になってるだろうし、いきなりなに言ってんだコイツ、気持ち悪い、とか思われてるかも……」
『その卑屈さ、非常にグッドです。さすが前世で誰にも愛されなかったお方は格が違いますね。わたくし、とても安心しております』
「うるせえな、いじけるぞ」
愛されるってなんだよ。
そんなんわかるか。
パラメーターで示してくれ。
『ともあれ、あなたのとった行動は不正解でも、結果は正解でした。数学で式はわからなかったけど偶然言った数字が答えだったみたいなものですが、お見事です。お疲れ様でした』
「なあ、今回はやけに皮肉っぽくないか?」
『あなたとベリアルさんがいい雰囲気だったので妬いています。ヤキモチを妬くわたくし、かわいいでしょ?』
「今回はやけにうざいなあ……」
『うざくないですよ!? あの、思ったんですけど! 他の方に比べて、わたくしへの当たりが強くありませんか!?』
「そんなつもりはないんだが……」
ある、かなあ?
単純に女神の発言がつっこみどころ多いっていうだけな気がする。
『わかりました』
と。
女神はたった六文字なのに妙に不吉さを感じさせることを言う。
おそるおそるたずねる。
「……なにがわかったんだ?」
『近々、暇を見つけて降臨します』
「えっ」
『それか、あなたと他の方とが会話できないように、言語翻訳をオフにします』
「ああ、この世界の人と俺、やっぱり言語違ったのか」
『そうですよ! あなたが万全の暮らしをできるように、わたくしはありとあらゆる装置のスイッチをオンにしてるんですからね!』
「その結果、預言が再翻訳に」
『……えっと、その。どうにも翻訳装置と能力の変換器が競合を起こしてるみたいで』
「なんか少し専門的な話になってきた気がする」
今までがひどかった。
初めて女神のスクール通いの成果を見た気がする。
『うん、決めましたよ。あなたにコミュニケーション不全を起こさせるのは職務に反しますし、ここが有給の使いどころとみました。降臨します。待っててくださいね』
「いや、その、有給はもっと大事な時に使ったらいいんじゃないかな……同僚の結婚式とかさ」
『同僚の結婚式で使わせられるぐらいなら、なおさら今使いますよ!』
「お、おう……」
鬼気迫っていた。
なんか地雷を踏んだっぽい。
『待っててくださいね。降臨の日時が決まったらお知らせしますから』
「式典の用意とかした方がいいんだろうか。ほら、神様だし……」
『結婚式ですか?』
「誰と誰のだ」
『わたくしとあなたの』
「あんたの精神が歪んでさえいなければ、こっちから土下座して結婚してもらいたいぐらいなんだけどなあ」
その一点がでかすぎた。
尽くす美人。
ただし精神が矯正不可能。
致命的だ……
俺の方が悲しくなってくる。
『別に歪んでませんよ。ヨガにも通ってますし』
「だからそれで治るのは背骨の歪みぐらいだって言ってんだろ!」
『美容院とエステも予約しないといけないので、これで失礼しますね』
「ああ。いつもいつも突然電話して申し訳ない。……いや、もう、何度目かわからないけど、感謝は本当にしてるんだ。ただ、あんたのキャラクター性が俺に平身低頭を許してくれないだけで」
『どういう意味ですか!? ……もう、いいですよ。降臨して問い詰めますから。あ、最後にいいですか?』
「どうした?」
『色々と有給に向けてやることがあるので、次は連絡されても出ることができないかもしれません。大丈夫になったらこちらから連絡しますので、それまでご不便おかけするかもしれませんが、なにとぞご理解ご協力お願いいたします』
「は、はあ……わかりました」
急に大人みたいなこと言われたのでつい萎縮してしまう。
社会人的な言葉遣いに弱い俺だった。
そんなこんなで電話が切れる。
俺は、杖を抱えてため息をついた。
ともあれ事態は快方に向かった。
真族に拘束される理由も、もうないだろう。
……これでようやく、人間族の街に帰れるのか。
こちらの世界に来てから数時間しかいなかった気もするが、なんだか非常に懐かしい。
滞在時間数時間のホームへの郷愁。
ベリアルの着替えが終わったら、早速送ってもらおう。
また戦争みたいになられても、困るしな。




