21話
俺たちは全裸で王宮内を歩き出した。
歩調は、やや早まってしまっているかもしれない。
恥ずかしい。
でも、それ以上に、怒りがあったから。
不幸に対する怒りとでも言おうか。
俺は、次から次と、飽きもせず降りかかるものに、憤っていた。
「……不思議な気持ちね」
ベリアルはつぶやく。
王宮内は水を打ったような静寂に包まれていた。
もともと、ベリアルとその部下しかいないのだろう。
そう思うと、広く豪華なはずのこの建物が、鳥かごか檻のように思えた。
ここは預言拝聴者のための空間だ。
彼女たちはなにがあろうと次の世代を絶やしてはならない。
なぜなら――預言は、大事だから。
預言者がさらわれたら、各国が軍隊を結集するぐらい、この世界の人は預言に頼っている。
……怒りというなら、その状況に対してもだ。
預言拝聴者というポストは、なにかがおかしい。
彼女たちの負った使命を思うと、心がつぶれそうになる。
預言を聞く。
なんていう、重い枷だろう。
産まれた時から背負わされる責務。
しかも、この世界において、捨てることを許されない重圧。
たとえば、石化という異常事態でで人生が短く終わってしまうとしても。
自分の幸福よりも、あとに預言拝聴者を遺すことを優先して考えなければならないのだ。
制度自体に疑問がわく。
そもそも『預言拝聴者』なんていう大仰な役職は必要なのだろうか。
誰しもが、平等に預言を聞くような。
預言拝聴者という重い責務を、みんなで協力して背負えるような。
そういう世の中では、駄目なのだろうか?
「恥ずかしいけれど、外にまで行かなきゃ駄目なのかしら」
ベリアルが、恥ずかしそうに、つぶやく。
俺はうなずいた。
「そうしなきゃ治らないなら、そうするべきだと思う」
さらって子作りをさせるつもりだったなんて、ド外道だ。
そう、先ほどベリアルは言っていた。
たしかに、普通に考えたら、イヤだろう。
でも、イヤなのは、ベリアルだって同じはずなのだ。
悪いのは『石化』という症状。
それに、真族の『預言拝聴者は血統で決まる』というしきたり。
あとは『預言拝聴者』なんてものを遺さなければいけない社会が悪い。
だいたい、不幸なことや理不尽なことは、社会のせいにしておけばオッケーだ。
ベリアルの話を聞いて、ベリアルが悪いとは思えなかった。
だから。
「恥じることはない。ベリアルは悪くないんだから」
「……悪くない、ことはないと思うけど」
「必死だったんだろ? いや、まあ、必死ってだけで全部許されるわけじゃないとは思うけどさ。俺は、許すよ。俺が被害者なら、被害届は出さない。だから、少なくとも俺をさらったことについて、ベリアルはなにも悪くない」
沈黙。
俺たちは、そのまま、王宮内を歩き回った。
チラリと、左側を歩くベリアルを見る。
石化は――まだ治っていなさそうだ。
彼女の体の向こう側に、灰色の腕が少しだけ見えた。
俺たちは、王宮の出口にたどりつく。
大きな門は閉じられていた。
あれを開けば、本当に外だ。
俺たちは裸で見つめ合う。
ベリアルが、頬を赤らめて、口を開いた。
「出る?」
俺は答える。
「ベリアルに合わせるよ」
俺は、彼女に対し、絆を感じていた。
不思議な一体感とでも表現したいものだ。
きっと、この世界で、俺とベリアルだけが、同じ行動をしている。
この時間、この世界のどこを探したって、全裸で宮殿を徘徊している人は、俺たちを除いて一人たりともいないだろう。
それに、俺たちは、命を救おうとしている。
理不尽な不幸に立ち向かっている。
同じ行為をする共犯意識。
同じ敵に挑む仲間意識。
……そんな想いが、ベリアルの中にもあるのだろう。
彼女は、俺の左手を、無事な右手で握ろうとする。
俺は応じて、握りかえした。
「一緒に行こう」
「……待って」
「どうした? 今さら恥ずかしいのか?」
「違うの。……なんだかね、嬉しくて。こんなに人と深くつながったこと、なかったから。みんなかわいいベリアル様をかわいがってくれたけど、それは全部、預言拝聴者っていう立場が前提で、あたし自身を見てくれる人、いなかったから」
彼女は涙する。
……きっとそれは、ベリアルの勘違いで。
本当は、ずっともっと、俺以外の人にも、彼女は立場と関係なく愛されていただろうけれど。
それは俺の希望的観測もまじった、推測にすぎない。
だから。
「いつか、預言拝聴者っていう立場じゃなくなってさ」
「……うん」
「それでもそばにいてくれる人は、きっといるよ。その人たちは、みんな、預言拝聴者じゃないベリアルのこと、好きだと思うよ。俺だって、ベリアルのことは、好きだよ」
彼女の性格は嫌いじゃない。
俺にとって、彼女が預言拝聴者かどうかは、どうでもいいし。
立場がなくたって、きっと、俺はベリアルが困っていたら助けたいと思っただろう。
でも、ベリアルは決意するように言う。
「…………じゃあ、もっと人に愛されないとね。かわいいだけでも、高貴なだけでもなくって、産まれ持ったものだけじゃない、生きてて身につけたもので、人に愛されるようになるわ」
「俺も、応援するよ」
「……なんだか急に、子供のころ見てた夢を思い出したわ」
「夢?」
「……薬剤師になりたい。絵本作家になりたい。先生になりたい。……小さいころは、色んな夢を見てた気がするの。でも、大きくなって預言拝聴者として教育されていくうちに、全部、どこかに落としちゃったのよね」
「落としただけなら、また拾えるよ」
「そうね」
彼女は笑う。
それから、扉を開けようとした。
右手は、俺とつながっている。
だから、彼女は、何気ない動作で。
石になっているはずの、左腕を伸ばした。
「ベリアル、それ……!」
俺は叫ぶ。
それから、指差した。
そこには、肌と同じく純白の、石になっていない腕があった。




