11話
「か、勝手に預言者様を連れ出したことはわかっています! 大人しく返さないと、ひどいことになりますよ!」
よく通る声で気弱なことを叫ぶのは、オフィーリアだった。
彼女の背後には軍隊がいた。
人間。
エルフ。
ドワーフ。
そして、見たことのない種族も、たくさん。
俺はその光景を、半獣族王宮の屋上……樹上から見ていた。
隣にはノイもいる。
彼女は深くうなずき、つぶやく。
「…………やっちゃった」
声に抑揚がない。
いつものことだが。
いつものことだが……!
「えっと、俺はまだよく状況が呑みこめてないんだけど、なんで軍隊が来てるの?」
「……預言者どのをさらったから」
「それは予想できたことなの?」
「…………世界は預言で動いてる。その預言をする者がさらわれたら、大陸中が軍をあげて全力捜索するのも、場合によっては誘拐した勢力を殲滅するのも、当然のこと」
「平和な世界だから軍隊ないだろうとか思ってたみたいなのはあったの?」
「……軍隊はある。我が国にもある。平和でも、治安維持に兵力は必要」
「じゃあ、今みたいに、俺をさらったせいで他の国の軍隊全部が来ることは予想できたの?」
「……予想はできた。予想しようと思えば。でも、考えてなかった」
……うーん。
どうやら俺は、ノイのことを勘違いしていたらしい。
彼女はやや幼い容姿ながら、物静かで落ち着いている。
妹の危機でもなければ、『誘拐』だなんて考えなしの手段に出ることはないものと、俺は思っていた。
思慮深く冷静。
ただ、妹のことになると、ちょっとまわりが見えなくなる。
そういう子だと、思っていた。
だが。
違うようだ。
しょうがない。
わかってしまったからには、言わなきゃいけないだろう。
「あんたけっこう考えなしだな!」
「…………妹にもよく『後先考えて』と言われることも、ある」
「ほんとだよ! 俺も妹さんに全面同意だ!」
「……預言者どのも同じ考え。さすが、妹は世界一」
「お前の考えなしの方が世界一クラスだ!」
「……わたしが世界一だったとしても、それは妹にゆずる」
「ゆずられたって迷惑だよ!」
考えなし世界一の称号なんか誰もいらねーよ。
なんか……なんか……
今のところ、俺が出会った中でポンコツじゃないの、オフィーリアしかいないんだけど。
ノイは。
紫がかった瞳で、こちらをジッと見る。
「…………預言者どの」
「なんだ」
「………………どうしよう」
「なにを」
「…………軍隊。攻められると、困る」
「そりゃそうだろう」
「……………………困る」
俺も困るよ。
今の俺の気分は、雨の日にダンボールに入った捨て猫と目が合ってしまった人だった。
ちゃんと世話するからこの子飼いたい。
普通に考えて戦争一歩手前のこの状況を止めるとか無理だが。
……俺は、オフィーリアの性格を知っている。
――仲良くなるのは、素敵なことです……
――仲のいい人とは、争いが起こりません……
――あ、け、ケンカぐらいはするかもしれませんけど、仲直りできます、から。
オフィーリアは戦いを望んでいない。
俺が無事だとわかれば、軍隊をひいてくれるだろう。
「わかった。俺がどうにかする……」
「…………ありがとう。また、お礼しなきゃいけないことが、増えた」
「まあそのへんは適当に……じゃ、一緒に謝りに行こうか。昇降機を出してくれないか?」
「……わかった」
ノイが指笛を吹く。
どうやらそれが、昇降機を呼ぶ合図のようだ。
……色々あったが。
軍隊と一緒に各国の首脳も来ているっぽいし。
これでようやく、一番最初の『みんな集めろ』的な預言を達成できるだろう。
それに。
「妹さん、治るといいな」
「……うん」
会話。
そして沈黙。
しばらくして、昇降機が来た。
「それじゃあ、二人でごめんなさいしよう」
ローブをひるがえし、乗りこむ。
高所特有の強い風と、動力が人力のせいで派手に揺れるので、超コワイ。
落ちないでくれよ、と強く願う。
ここで落ちたら、俺死んじゃう。
そしたら戦争が起こるから、今だけは落ちないように、強く強く願った。




