/かどわかされて
全身が重くて痛いです。こんなに身体が疲れてる体験をするのは、何年ぶりのことでしょうか。擦りむいたところはヒリヒリしますし、頂いたお召し物は肌触りがゴワゴワとしています。
でも、嫌な感じは致しません。
豪奢なドレスにコルセット、パニエとペチコートとで着飾った身体は、もっとずっと重いのですから。アクセサリーの一つでさえ、教科書の詰まった鞄より重く感じたものです。
目の前を歩くコンラートさまの全身鎧よりも、というのは流石に言い過ぎでしょうか。
「……」
コンラートさまはよく立ち止まられます。
メリーベルさまと歩いたときは、周りをよく見て静かに歩くようにと何度も注意されました。コンラートさまのはそんなことはおっしゃりません。コンラートさま自身の鎧が、歩くたびに金属音を響かせているくらいです。
代わりに何度も立ち止まっては腰の剣に手をかけ、あたりを見回しています。
「やっぱり付けられてるな」
「それは、どうして、そう思うのですか?」
必要以上に長く間を持たせたように思われてないでしょうか。違うのです。言葉選びに手間取っているだけなのです。
鈍色の兜で影になって、相手の表情はよく見えません。
「魔物が少なすぎる。スライムはとにかく近くの奴に絡んでくるものなんだが、全然見かけてない。倒してきたのはみんな、すぐ近くで生まれた奴だけだ」
マリッド系は襲う相手を選ばない。その情報は知っていたのに、経験していたのに、その次を考えておりませんでした。
これではいけません。もう周りに任せないと決めたはずなのに、私はまだ自分で考えることができてません。
「相手を選ばないはずのスライムが、私達の方にはまるで現れない。ではつまり、スライムは第三者に倒れている、ということ?」
「ああ。生き残ってれば魔力を感じ取って勝手に寄ってくるものなんだが、全然来ないとこを見るに、現在形で狩られてるんだろうな」
「それでは、その何かはとても早く動き回って林中のスライムを倒して回っているのですか? そうでもなければ、私達の方に向かってくるスライムがもっといてもいいはずでしょう?」
「何か、って言い方してるが、このタイミングでお前らが倒した犬より強い魔物が生まれるってのは考えづらい。あと、それだけ高速で動いてる奴がいれば流石に気付く」
「それでは、いったい何が起きているのですか?」
「人だろうな。大量に潜んでるんだろう。色合いの違う殺気を何度も感じてる」
コンラートさまは何でもない風に言って剣から手を離し、再び歩き始めます。
あわてて追いかけて小枝を踏んでしまっても、コンラートさまは何も言いません。そのくらいの音は、鎧の立てる音に呑み込まれてしまいます。
分かりません。周りで何が起こっているのか、何をすればいいのか。
コンラートさまの集中を乱さないようにと静かに歩いて付いていく。これでは、元の世界に居た頃と何も変わっていません。
気持ちが沈んでいくと、途端に身体が重くなります。傾斜を落ちてから辿った道とは違う、本来の道を歩いていた頃は周囲に集中できました。けれど、一度歩いた道に戻ってくると、もう周りにはあまり興味を持てなくなってきます。
分かっているつもりで分かっていない。次を考えることができてないことがあると、ついさっきにも実感したはずなのに、私はなんて飽き性なんでしょう。
歩くのが少しずつ、辛くなってきます。
いけない。息を荒げたら心配させてしまいます。足を止めたら困らせてしまいます。
「……ッ」
コンラートさまが足を止めたとき、私は少しほっととしました。これで少し休める、と。
だから、コンラートさまの動きに反応できませんでした。
鎧の鳴る音は完全に一度だけ。きっと各部は同時に動き、全身で一動作を完成させていたのでしょう。鎧の節々が発する音が重なり合って、その一音は大きく高らかに響きました。
わずか一歩で、道を外れて離れた木の陰へ。
コンラートさまの方へと視線を向ければ、既にその剣は大型の犬を刺し貫いています。
それを見た瞬間、足が地面を離れました。とても強い力で服を掴まれて――いえ、超大な犬が私の服を噛んで持ち上げていました。
流れ落ちる犬の涎が服の内に入って、その感触に悪寒が走ります。
「攻撃してこないとこを見ると、この人質は効いてるみたいだな。この子がお前の雇い主なのか?」
男の人の声。私から見えない場所に、もう一人いるみたいです。
「魔物使い、九天の鞭か。大量の犬を林中に潜ませて、襲い掛かるタイミングを伺ってたわけだな」
「質問してるのはこっちだ。この子……えーとチェルシー・レベル9が大事なら、言うこと聞いてもらおうか」
私はどうやら、敵に捕まって人質にされてしまったようです。
でも「私が足手まといになるようなら、一人で先に街まで行ってください」と言ってありますし……。
「分かった」
「じゃあとりあえず、万一にも反撃できないとこまで体力魔力を削らせてもらおうか。黙って攻撃受けろよ」
遠吠えの大合唱。見る間に集まっていく犬の群れ。中には私を捕まえている犬のように巨大なものや、頭が二つあるもの、バスカヴィルのように身体から水晶が飛び出ているものもいます。
「やれ」
それが次々とコンラートさんに体当たりをしていきます。
一度や二度ではびくともしない彼でも、何度も何度も攻撃を受けるとその場に倒れてしまいます。犬たちは、その上に容赦なくのしかかってきます。
一端犬たちが離れたかと思えば、一際大きな犬が勢いを付けて飛び込み、コンラートさまのくぐもった声が聞こえました。
「どうして――」
「うるせえ小娘! オレはてめぇにもムカついてんだ。楽な仕事だと思ったのによぉ! てめぇのせいで、俺の面目丸つぶれなんだよ」
その場に放り出されるや否や、私の首は犬に咥えこまれ、歯が首筋に当たっています。きっと、少しでも動けば容赦なく殺すという――コンラートさまに対する脅し。
傭兵クラン天秤と剣は拝金主義、仕事をこなすためならなんでもする非情な人たち。そう聞いていたのに。
「どうしてって言われてもなあ。俺は金が絡まない範囲では、義理を重んじる主義なんだ」




