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作戦会議

「さてどうしよう」


 お箸の力を借りても、バスカヴィル・レベル43は振り切れそうにない。野生の勘か、何らかの魔術か。相手は既にこちらを捉えている。

 これだけのレベル差、正面から戦えば勝ち目は無いだろう。かといって、裏をかくには既に手遅れ。……詰んでいるんじゃ。


 と、考えが行き詰ったところで、チェルシーが俺を見つめてきてるのに気付いた。


「えっと、何?」


「何じゃないわ。どうしようも何も、私には状況が分かってないの。『もう、見つかってるのかも』って、そう言われても分からないわ」


 そういえばそうだった。


「感覚的なことだから、説明し辛くて」

「そんなこと言ってる場合? それとも私に話しても仕方ないって思ってるの」

「そういうわけじゃないけど」

「なら話してよ。自分の知らないところで勝手に物事を進められていくのを見てるだけなんて、もう嫌なの。足手まといになるのは辛いし、今こんなことになってるのは私のせいだってことも分かってる。でも、私にも機会が欲しい」


 こう真剣に言われると、説明しないわけにはいかない。


 拙い言葉を重ねてたどたどしく話す俺に、その都度チェルシーが質問を挟む。辛い。自分の感覚をはっきりと言葉にする才能があったなら、俺はもうちょっと友達多かったよ。そういうの苦手なんだよ……。


 でも、俺のつっかえつっかえの説明を真摯に聞いてくれるのは、少し嬉しかった。


 周りに合わせて漫画やらドラマやらを見ても今一感動できず。自分が感動したラーメンの味を熱く語っても、引かれるばかり。そうして話さなくなって、離れていって。

 本当はこういう話、好きだったかもしれない。ゆるほわ謹製チリソースの刺激から逃れるために息を吸うと、木香の乗った風が口内の熱さと辛さをふんわりと溶かしていく。そんな、多くの人にとってはどうでもいいような感覚。それを、「その話、要るの?」とか言いつつもちゃんと聞いてくれる。



                 ◆



「美食トークが必要だったのかは甚だ疑問だけど、おおよそのところは分かったわ」


 会話を始めて集中力が落ちていくのに合わせて、敵――バスカヴィルは少しずつ距離を詰めてきているように思える。まだ襲い掛かっては来ない。姿を見せることもしない。


「相手が攻めてこないのは、時間が経てば経つだけ私たちが不利になっていくのが分かってるからでしょうね」

「ああ。日が暮れれば、俺たちは身動きが取れなくなる。いつまでも起きているわけにもいかないし、魔物相手に我慢比べをすれば俺たちの負けだろうな」

「かといって脱出するために歩き出したら、林の深いところで襲われるんでしょうね。元々いた生き物が魔物化するって性質上、強い魔物はもともと強い獣なことが多いから。この林は相手の庭と思うべきね」


 なるほど。それは考えていなかった。チェルシーの知識は頼りになる。


「で、どうすればいいんだ?」

「どういう仕組みでこっちを見つけてきてるのか、ナガツキの話だけじゃ分からないわ。そんな相手から逃げる方法は考えようがない。だから戦う方針ね」

「先手取って箸突き刺せばたぶん一撃だもんな」

「そうね。何かしらの手で足止めできたとして、その間に逃げるより、隙を突いてお箸で突いた方が良さそう」


 一つ間違えたら死ぬことになると分かっているはずなのに、作戦を考えるチェルシーは楽しそうだった。


 死ぬと言えば、チェルシーも一度死んでいるはず。この世界に来たということは、そういう意味だ。チェルシー自身が言っていた。

 一度死んで、慣れたのだろうか。俺は突然過ぎて全然実感が無いけど、死に方によっては「もう一度死んでるんだから」と開き直って肝が据わるのかもしれない。あるいは、今度こそ好きなように生きて死にたい、か。


「ナガツキ、坂を登りましょ」



                 ◆



 必要なのは三工程。俺たちの選んだ場所で、相手に出てきてもらうこと。相手の自由を奪うこと。相手の隙を突いてお箸で攻撃すること。


 そのために、チェルシーは元来た道を戻ることを提案した。


 一見すれば、スライムの群れとバスカヴィルの両方を戦う羽目になるだけ。だが、聞いてみれば理に適っているように思える。


 一番目、相手の方から出てきてもらうために、あえて自らを危険に晒す。

 魔物とは、肉を食らわずとも、魔力だけで生きていけるのが特徴。そして彼らは、他の生き物を倒して魔力を食らうことでレベルアップする。


 マリッド系は倒した瞬間に霧散するため栄養源に成りづらく、他の魔物に狙われづらい。だが魔物が他の魔物を狙うこともあるし、他の魔物と獲物を争うこともある。

 あのスライムの群れが、油断すれば死にかねない相手であるからこそ、バスカヴィルレベル43は俺達がスライムに食われることを心配する。


 相手が出てこなければ、それでよし。お箸の使い方を覚えた俺は、以前より鋭い感覚でスライムをかわしていける自信があるし、チェルシーのフォローも多少は可能だと思う。



 そして二番目、相手の動きを封じ込めることだが、これはあの大量のスライム自体が壁になってくれる。何しろ俺たちに向かって集まってくるのだ。俺たちの跡を追って来れば、自然とスライムの壁にぶつかることになる。


 その隙にチェルシーが飛びかかって気を引き、俺がお箸で突く。


「上手くいくかな」

「少なくとも、俺にそれ以上の作戦は思いつかないよ」


 坂の傾斜は、もやしっ子の俺には少しきつい。その上、たまにスライムが寄ってくる。

 適当に攻撃すれば、かわされてもあしらうことはできる。丸っこい身体が災いし、大抵の奴が攻撃をかわしたあとにコロコロと斜面を転がっていくのだ。

 そのおかげで、そこらへんの石を投げる程度の抵抗でなんとかなっている。


 険しい場所では、片方が先に行く間に、もう片方が石で牽制する。


 突き出した根や岩を掴んで身体を引き上げ、坂というより壁に近い土面で足場を探す。ところどころ酷く厳しい場所があるのに、チェルシーは小さな身体でよく登ってくる。


 万一落ちたときに備えて俺が後から行った方がいいと思ったのだが、「スカート見えたらどうするのよ」の一言を前に言い返せず、俺が前を行くことになった。下にいる方が、上側が登る際に落ちる砂や小石で辛いと思うのだが、チェルシーは文句一つ言わない。


「もうちょっとだな、チェルシー――っ」


 チェルシーの方を見て声をかけたとき、見えた。


 下に、大きな黒い塊がいる。猛烈な勢いで傾斜を登ってくる四足の獣。

 登ることに両手を使って、お箸をしまっていたから気付かなかった。


 あいつ、この坂をもろともせずに走り抜けられるっていうのか!?


「嘘……」


 バスカヴィル、レベル43。頭から尾先までで一定のリズムを刻む突進。真っ黒な身体の中で、口に収まらない牙の白さが強調される。見え隠れする舌の赤さが鮮烈だった。


 盛り上がった筋肉の塊が躍動するさまは、筋張ってて美味しくなさそうだった。


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