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旅立ちギクシャク

 ゆるほわ食堂で一泊。


 お風呂が用意されているのには驚いた。お湯は出ないものの、魔法を使ったシャワーまで付いていた。ただ、ゆるほわ食堂は構成員の大半が女性だそうで、男風呂が無かった。女性陣が入ったあとに時間を決めてお風呂を借りたのだけど、とてもドキドキした。


 思いのほか異世界は近代的だった……と思っていたところに「ここまで設備がいいとこは珍しいんだよー。あんまり喋っちゃダメだからねー。特に魔法の品はヒミツだよー」と口止めされた。

 ゆるほわ食堂は、思いのほか財力があるらしい。


 ベッドも、これまでに経験したことがないくらいふかふかで、実によく眠れた。



                 ◆


「ナガツキくん起きてるー? あさだよー」

「これからまたチェルシーの顔を拝むことになるから、暴走しないよう覚悟しておけよ」


 妙な挨拶で起こされた。いや、実はもっと前に起きていて、部屋を出ていいものか分からなかったのだ。かといってやることも無いのでベッドの中でうとうとしていた。


「起きてます。出発ですね」

「そーそー。二人の新たな門出だねー」

「サレナさん! 変な言い方はよしてもらいたいです!」


 ゆるほわ食堂にチェルシー・チェスターが来てからずっと、チェスターがうるさかった。

 昨日はナシゴレンマスターとして認めるとか言っておいて、今日になるとまた「チェルシーが可愛いからって早まるな」という趣旨のことを連呼している。俺はもっと朝食を集中して味わいたかったのに。食事中にまでしつこく絡んでくるのはやめてほしい。


 見た目には西洋イケメンなのになんという残念な奴。


 俺がチェルシーに何かするんじゃないかということで頭がいっぱいなようで、チェルシーがゆるほわ食堂に加盟していないことに気付く様子は無い。



 ひょっとしてチェルシーがわざわざ俺を巻き込んだのは、俺を餌にしてチェスターの注意を逸らすことを狙っていたのだろうか。 


 チェルシーが加盟したフリをするのには、結局俺の(おっさんの)箸は使われなかった。ゆるほわ食堂の包丁効果で誤魔化すのなら俺はいなくてもよかったように思える。

 でも実は、俺がいることでチェスターの注意が逸れている?


 そういえば今日の朝はサレナさんに遊ばれていた。「ナガツキくんって近くで見ると意外と格好よくない?」とか「料理のできる男の人っていいよねー。モテるでしょー?」とか、そんな感じで妙に俺を褒めてきた。あれも、俺のチェルシーの間に何か起きるんじゃないかとチェスターに心配させるためだったのでは。



「もしチェルシーに何かあったら、煉獄の果てまで追いかけていって殺すからな! 覚えておけ! 僕の魂は常にチェルシーと共にあるのだと!」

「煉獄の果てにいるなら、俺は既に死んでいるのでは」

「そーねー。ゆるほわ食堂は女の子が多いから、そーいう男には容赦ないもの。チェスターくんが来る前に死んでるかもねー」

「兄さんがいなくても、自分のことくらい自分で守れる。ここでは、私は他の人たちと同じ冒険者なんだから!」


 なぜ俺が女の敵扱いされているんだ。ありえん。


「ま、がんばってねー」

「チェルシー! 愛してる!」


 微笑みながら胸元で小さく手を振るサレナさん。

 大きく手を振って「チェルシー! チェルシー!」と連呼するチェスター。


 その後ろに並んでいらっしゃる、ゆるほわ食堂のお姉さま方。今更だがゆるほわ食堂の女性率高すぎる。事務側も、調理側もほぼ女性しか見てない。


「さ、いくわよナガツキ」

「ああ」  


 キブリの街を朝日が照らす。旅立ちだ。


 ある程度歩いてから、一度だけ振り返る。

 後ろのお姉さま方は大分減っていたが、サレナさんとチェスターは手を振り続けていた。


 遠目に見るメイド服。小さな動きで手を振り続けるサレナさんは、人形のように愛らしい。


 チェスターと目が合うと、最後に「チェルシーに何かあったら許さないからな」と大声で改めて念を押された。それから少し声を落として呟いていた。聞き違えでなければ「ごめん」と言っていた。



                 ◆



 リュックには着替え・防寒着とサレナさん直筆の紹介状、少しの銅貨。ゆるほわ食堂で作ってもらった、三食×二人分の食事が入った大型バスケットも俺が持っている。

 腰には、いつでも包丁を抜けるようにと渡されたナイフホルダーならぬ包丁ホルダー。この包丁ホルダーの存在が、今がピクニックではないことを実感させてくれる。


 見渡す限りの平原。塗装された道は無く、人の歩いた跡が道として定着している。風が吹くと草々がさーっと揺れて、都会育ちの俺は思わず見入ってしまった。


「何してるのナガツキ。いちいち止まらなくていいって言ってるでしょ」

「ごめん。風景が綺麗だなって思って」


 歩幅が違う以上、自然と俺が前を行くことになる。

 女の子に合わせてゆっくり歩く技能なんて俺には無かった。というかむしろ、俺の方が歩くの遅くて友人に置いていかれる側だった。


 そして少し歩いてから振り返って、チェルシーを待つ。

 小さな身体で駆けてきて、最初のうちは「子供は元気だなー」なんて呑気なことを考えていたけど、段々とチェルシーが無理をしているのが分かってきた。


 でもチェルシーはかたくなに、ペースを落とすなと言い続ける。

 少し歩いて、止まって、チェルシーを待つ。そのたびに「待たなくていい」って、口を尖らせて抗弁する。


 どうして急ぐのか、どうして無理するのか、と何度か聞いてみたけど「私のことはいい」と跳ね除けられる。


 その言葉に(にじ)んだ拒絶の色に、俺はそれ以上踏み込めない。


 そうして、平原の美しさに逃げ込みながら、俺はまた立ち止まる。立ち止まって、「ごめん」と笑って歩き出す。

 チェルシーは唇を震わせながら、「もっと早くてもいいくらいなんだから」と強がった。




 一つ目の村が見えてきたのは、予定より早い昼過ぎ。

 サレナさんの見積もりでは、夕方ごろに付いて一つ目の村で一泊し、翌日に目的の村に着く予定だった。


 ちなみにチェルシーが入りたいという円卓議会は、目的の村からさらに山脈を越えた先にある街で加盟できるという。山の中は魔物が出るし、チェルシーが一人で歩くのは厳しい場所だ。だからチェルシーは俺といっしょにゆるほわ食堂支部でしばらく働いて、バイト料代わりに支部長のメリーさんに山越えの護衛をやってもらう手はずになっている。


 同じ円卓議会のクラン球を持つ街でも、チェルシーが目指す先はチェスターが行った西側より遠い。

 そんなに、円卓議会に憧れているのだろうか。


「はぁ……ぁ……このペースなら、今日中にメリーさんのお店まで……いけそうね」


 止めるべきなのか。俺には分からない。

 でも、多分俺は止められないんだろうなとは分かる。


 そういう性格なのだ。人と衝突するのは苦手で、相手が子供で、しかも女の子となると、強く主張するのはできそうにない。


「とりあえず、休憩にしよう」


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