コカトリスのナシゴレン
前にテレビで見たことがある。
どこぞの企業では入社試験の面接後に、志望者全員を定食屋に連れていって焼き魚を奢るのだと。そして、面接が終わって解放された後の立ち振る舞いを見たり、魚の食べ方から几帳面さや器用さを測ったりするのだ。
――今の状況、同じことだったりするんじゃないだろうか。
チェスターも混ざっているし、考えすぎかもしれない。
でも考えすぎじゃないかもしれない。
サレナさんの「シェフのきまぐれセット」も、俺の選択に影響を及ぼさないために選んだのかも。たとえば「私はラーメンで」って言われたら、「じゃあ俺は麺類以外にしようか」って思う。「シェフのきまぐれセット」では「じゃあ俺は~」とはならない。
そして、今ここで味覚の鋭さと料理知識を測っての格付けが行われるのだとしたら、俺が頼むべきは作り慣れた料理。それっぽい批評が出来るメニューだ。
――かくして、俺の前にチャーハンがやってくる。
チャーハン。微妙に残ったご飯とおかずを適当に消費するために作ったなんちゃってチャーハンに始まり、俺の食生活を支え続けた料理。チャーハンなら語れる……! 受験期の夜食としてテキトーに作ったチャーハンを、親が横取りして絶賛したときの何とも言えない気持ちは、未だ俺の中にある!
べちゃべちゃ感を抑えるために火力を維持する試み。事前にご飯・具を軽く温めておき、卵は冷蔵庫から出して常温保存。フライパンに敷いた油が煙を上げるまで待ってから溶き卵を投入。追って入れたご飯を馴染ませつつ、集中して混ぜる。フライパンを振ると空気と触れ合って温度が下がるので、家で作るときは振らない。ただひたすら木べらで混ぜる。テフロン加工がダメにならないよう神に祈りながら、一心不乱に混ぜる。ネギ、塩コショウ、味の素。混ぜる。
いける。チャーハンなら語れる気がする……!
「コカトリスのナシゴレン3つになります」
チャーハンじゃない……だと……!?
ご丁寧に中華鍋でご飯を炒めるイラストが添えられていながら、あれチャーハンじゃなかったのか……!?
いや、聞いたことがある。ナシゴレン、チャーハンの親戚みたいなものだったはず。ちょっと辛いチャーハンだ。
落ち着いて、チャーハン改めナシゴレンと向き合う。
炒めたご飯に目玉焼きとサラダを添えたプレート。
ご飯はキムチチャーハンっぽい色合いだ。けどキムチの水気によりパラパラ感と無縁となってチャーハンとは似て非なる何かとして完成するアレとは違う。
油と卵でコーティングされたライスは美しい光沢を持っている。蒸気に乗って踊る香辛料の香り、これがナシゴレンか。
横に添えてある目玉焼きは綺麗に半熟。フチがカリッと焦げているのも俺好み。
「先に食べちゃってていいよー」
「少しくらい待てます」
「はい。俺も待ちますよ」
「だーめ。作り立てを味わいなさい」
サレナさんに見られている。これまで女性にそんなに見つめられる機会は無かった。視線が気になる。やはり、観察されるのか……? それとも単にゆるほわ食堂の評価を気にしているのか?
「ほら、食べて食べてー」
「は、はい」
とりあえずサラダから。キュウリ。水菜に似たシャキシャキした葉もの。なんか陰陽玉みたいなカラーリングをしたプチトマトもどきは、酢に漬けこんでおいたのか、意外と水っぽさが無くて、酸っぱさの後にほんのりと甘味が現れる。
全体としてあっさりめのサラダ。チャーハン……じゃなかったナシゴレンの脂っぽさと、交互に味わうのがよさそう。
そしてメインへ。
口の前へ運んだスプーンから漂うエスニックな香り。ベースにあるのは、鳥皮の油の中にネギの旨みが染み出たチャーハンの香味。そこに刺激のある匂いが調和している。
ごくり。
スプーンを口に運ぶ。
「美味しい……」
それまで考えていたもろもろなんて忘れて、チャーハ――ナシゴレンをかきこんだ。
皿の上ではしっとりとまとまっていながら、口の中でパラっと分かれる。ご飯粒一つ一つの間に閉じ込められていた味という味が解放される。
「美味しいです……」
サラダ。ナシゴレン。サラダ。ナシゴレン。止まらない。
細かく刻んだ鶏肉に染み込んだ味が美味しい。ナッツもいいアクセント。そして全てを包み込む油の揺り籠。ともすれば飽きの来そうなほどの力強い主張のある味。だがサラダが口の中を心地よく洗っていく。
崩した半熟卵が流れ出てご飯と混ざる。どろっとした粘性の黄身。鶏卵じゃない。
そして黄身の中でなおパラパラ感を保つご飯粒――!
初めての食感。初めての味だった。なんて深い味の層。黄身だけでもご飯一杯食べられそうなほど濃厚なのに、ナシゴレンの辛さと胡椒味が重なってくる。
かくして、一度食べ始めたら夢中になって、感想なんて一言も言わずに黙々と食べてしまっていた。
空になった皿にスプーンを置いて息を吐く。
「幸せそうね」
チェルシーにまじまじと見つめられていた。
「まあ、美味しかったから」
「そう……」
ただスプーンを口に運ぶだけなのに、不思議と品がある。
咀嚼し、呑み込む。その喉が動く瞬間を、綺麗だと思った。
「そうね。美味しいわ」
俺も、こんな笑みを浮かべながら食べていたのだろうか。
「凄いな。ツンツンしてたチェルシーも、美味しいときはそんな表情になるのか」
「ナガツキ君……認めよう。君の変態っぷりを! ナシゴレンのために食堂中をぐるぐる見渡し、ナシゴレンを食べ始めたら自分の世界に入り込み、そして『チェルシー』よりも『ナシゴレンを食べた笑顔』に心奪われる。君のナシゴレンへの愛は、僕のチェルシーへの愛の半分くらいに匹敵する!」
「お、おう」
「君ならチェルシーに妙なことはしないだろう。チェルシーを頼むよ、ナシゴレンマスター!」
なんだか変な認められ方をした。まあ、女の子に手を出す甲斐性なんて無いから大丈夫ですよお兄さん。
そしてサレナさんはと言うと、彼女も自分の世界に潜っていた。
「この私に煮込み料理、いいわ! 受けて立つ!」「芸術的な火の通り方……弱火でじっくりと、丹念に掻き混ぜ続けないとこの食感は出ない」「けど、煮詰まり過ぎて後味が」「まさか、このシチューの主役はブロッコリーだとでも言うの!?」「腕を上げたわね……」と、それまでと違って語尾が間延びすることもなく、真剣に一口一口食べては吟味するサレナさん。
ゆるくもほわくない。鬼気迫るものがあった。
『好きな料理に、コカトリスのナシゴレンが選択可能になりました』
◆
結局、サレナさんが奢ってくれたのは純粋に好意だったのだろう。何事も無く食事が終わった。
「というわけで二人には、二つ隣の村にある支店で働いてもらうわー」
心地いい満腹感の中、サレナさんがこれからの予定を告げる。
「メリーちゃんの下で基本的なことを学んで、あの子が良いって言ったらあとは好きにして。帰って来てここで働くもよい、自由に冒険して珍味を追求するもよい。何か質問あるー?」
「はい、その村の名前はなんですか」
こういうとき、チェルシーが積極的に質問してくれるのは助ける。そこは俺も少し気になったところだ。
「特に無いのよねー。ほら、ここら一帯はもともとおーっきい都だったんだけど、西の魔王軍との戦いで半ば壊滅しちゃって、それから復興してきたとこなのよ。で、生き残った人は大体みんな中央に集まって、最初は城の中庭の中に小屋を建てて暮らしてたりしてねー」
なるほど、お城の中にあった小屋はそういうことか。
「でも、元々いた場所を離れたくない人もいるから、そういう人たちが残って暮らしてるところが、これから行ってもらう村。キブリの一部だったから、あえて名前を言うなら、キブリ東区、とかになるかなー」
「徒歩でどのくらい掛かるんですか? 食料とか用意した方がいいですか?」
「朝から歩き出せば一日で付くわ。ちょうどお昼過ぎに一つ目の村に付いてねーー。それからちょっとした林を越えるとすぐ。暗くなる前に付くわよー」
「それは、私の歩幅でも?」
「あー……あー。チェルシーちゃんだと、時間かかるかも」
サレナさんは|(料理以外は)テキトーな人らしい。チェルシーが必要そうな情報を引き出していってくれて助かる。
そうして半ばチェルシーに丸投げする形で明日の計画が決まり、その後はゆるほわ食堂の空き部屋に泊まらせてもらった。
チェルシーとチェスターは別に宿を取ってあるそうだ。
明日、俺はチェルシーと東側の平原へ行き、チェスターは円卓議会を目指して西へ行く。




