46話「出会い」
「……君のお母さんはね、私のような戦う意思のない魔族を匿っていたんだよ。いや、保護と言ったほうがいいか」
「……は?」
一瞬、老人の言っていることが理解できなかった。
匿う? 保護? 誰が誰を? ナデシコは首をひねる。
「魔族といっても、様々だ。中には、魔法少女との争いを好まない者もいる。だが、裏切り者に待っているのは死だ。魔王軍を抜ければ、追手がやってくる。そんな追手から、桜子さんは我々を守ってくれていたんだ」
「……はっ。言うに事欠いて、魔族の保護? バカバカしい。そんなの、魔法少女に対する裏切り以外の何者でもないわ。Nや魔法少女の組織が見逃すはずがない」
そう、魔族の保護など魔法少女のすることではない。
仮に、もし本当にそうだったのだとしたら、Nをはじめとする魔法少女たちがなにかしらのアクションを起こすはずだ。だが、そんな光景をナデシコは見たことがない。
「桜子さんは、魔法少女の組織からは抜けたと言ってた。命令にも従わない代わりに、手助けもいらない。そういった条件でね。万が一、組織が関与しようものなら、桜子さん自らが前線に立つと」
「それだけの条件で、組織が頷くとは思えないわ」
「それがそうでもない。君は知らなかったかもしれないが、桜子さんは相当の実力者だ。昔……20年以上前、絶対的な力を持った歴代最強の魔法少女がいてね。名を魔法少女モモ。彼女の実力は、ずば抜けていた。他の魔法少女と比べることさえおこがましいほどの」
魔法少女モモ……聞いたことのない名前だ。どんなに記憶を探っても、ナデシコはそんな魔法少女の存在は聞いたことがない。
彼の言うように、それだけ絶対的な力を持った魔法少女なら、聞いたことがあっても不思議じゃないが、ナデシコは知らない。
Nなら知っているのかもしれないが、あいにくNとは今気軽に質問できる間柄ではない。確認のしようがなかった。
「そして、その取り巻きが二人。魔法少女モモに比べると実力は劣るが、それでも九頭龍に匹敵するほどの実力者。一人は、魔法少女ナミ。そして、もう一人が魔法少女サクラ。君のお母さんだ」
「お母さんが……?」
「あぁ、魔王軍がこれほど手こずった三人組もいないだろう。そんな彼女が前線に立つというのだ。魔法少女側も無事では済まない。だから、組織も手が出せなかったんだろう。もっとも、保護した魔族が何かしようものなら、彼女が抑えられるとの判断だったのかもしれなかったけどね」
初めて聞く、母の話。
小さい頃に見た戦う母の姿は、確かにすごかった。だが、それも魔法少女の世界を知らない時に見た光景だ。
本当はどれほどすごかったかなど、幼い優花は知る由もない。
(本当にそれだけ強かったのなら、無理矢理そういったことをさせられてたとは考えられないわね……)
母を利用して、魔族が安住の地を得ていたという考えは、今の話を聞くとありえない。
仮に、子供の優花を人質にしていたとしても、あの頃は自由度が高すぎた。優花を守って、魔族を殲滅する機会などいくらでもあったはずだ。
この老人の話を、すべて信じるのなら、という仮定付きだが。
「桜子さんは本当に優しい人だった。我々にも分け隔てなく接し、本気で守ってくれていた。感謝してもしきれない。だから、”あの日”……12年前のあの事件が本当に悔しくて仕方がない」
「……ッ!」
ナデシコの表情が一段と険しくなる。この老人は、”あの日”を知っている。
もしかしたら、自分の知らない”あの日”の情報を聞けるかもしれない、そう思ったナデシコは黙って老人の話を聞く。
「一番の問題は、保護を装ってやってきた魔王軍の追手を迎え入れ、我々もそれに気づけなかったことだ。だが、きっかけは彼だった」
「彼……?」
「ほら、覚えていないかい? 君と同い年くらいの男の子がいたことを」
「私と同い年くらいの……男の子……? うッ!!」
――ザ、ザザザ、ザザーッ。
――ふーん、《ザザッ》くんって言うんだ。ね、《ザザッ》くん、遊ぼっ。
ナデシコの脳内に、ノイズ混じりの映像が流れる。
流れる映像に映るのは、小さな男の子。顔も塗りつぶされたように浮かばない。彼の名前も、雑音にかき消されるように聞こえなかった。
ナデシコは、今の今までこの少年がいたことを思い出せなかった。
「なに……今の……」
突如流れた記憶の映像に、ナデシコは頭を抑える。
思い出そうとすればするほど、頭痛がして意識が朦朧としてくる。
まるで、記憶にロックがかけられているかのように。
「大丈夫かい?」
「えぇ……その子の名前は……?」
「名前か。あの時に名乗っていた名前は確か――」
瞬間、ナデシコは己の魔法を発動させた。
高速での活動を可能にする魔法、閃雷光鳴。
その魔法によって繰り出された攻撃は稲妻のような速さで、老人は、自分自身が攻撃されたのばかり思った。
「久しぶりね……」
老人が、自分自身が攻撃されたと思っていた攻撃は、彼の顔の横をすり抜けている。
その切っ先は、狙いを外したのではなく、彼の後ろに現れた人物目掛けて繰り出されたものだ。
「ちっ」
老人を攻撃し損ねた彼は、忌々しい表情をはらんだまま舌打ちをする。
「会いたかったわ……次期魔王……いや、魔王!!」
ナデシコの視界に、もはや老人など写っていない。
そこには、ただ一人。魔王、エフィナ・ヘダルク・ベルゼクラデュレスの姿があった。ナデシコの表情は、狂気に満ちた笑顔で満開になる。
エフィナは無言のまま、再度老人に攻撃をしかける。だが、ナデシコがいる前では事はそう容易ではなかった。
二撃目も、あっさりと流される。気がつくと、目の前にいたはずの老人は後退し、彼の目の前にはナデシコの姿があった。
「あの夜以来ね」
「あぁ、できれば、会いたくはなかったよ」
「寂しいこと言うわね。私は、貴方に会いたくて会いたくて、仕方がなかったんだから!」
剣と剣が混じり合う。
皮肉なもので、『優花』が会いたくて会いたくて仕方のない人物も、今目の前にいるというのに。そのことを知らないナデシコは彼に殺意を向ける。
エフィナも、『一輝』として今にでも優花に会いに行きたい。だが、そんな余裕はもう彼にはないのだ。
いや、それだけではない。彼にはもっと複雑な事情がある。
「どうしてあの老人を狙うの?」
密度の高い攻撃の嵐のなか、ナデシコはエフィナに尋ねた。
「逆に聞きたい。なぜあの老人を助ける。あいつは、お前の嫌いな魔族だぞ」
「助けるつもりなんてないわ。聞きたいことを聞いたら……殺すわ」
「ふん、まるで感情がこもってない」
言葉が薄っぺらいと、エフィナは吐き捨てた。
「殺す」といった時のナデシコの言葉には、まるでその意思を感じられなかった。
というよりは、困惑しているようにも見えた。
エフィナからすると、これは嬉しい変化だ。
魔族は一人残らず殺すとまで言っていた彼女が躊躇している。
もしかすると、『一輝』として魔族であることを打ち明けて、それでいて共に歩んでいける未来があったのかもしれなかった。
だが、そんな未来は夢のまた夢。儚い儚い、妄想の産物。
故に、エフィナはあの老人が邪魔だった。
(まさか、12年前の生き残りがいたとは……余計なことを言う前に殺さなければ)
あの老人とて、すべてを知っているわけではない。だが、確実に優花が知らないこと――覚えていないことを知っているのだ。
それを優花に知られるのは非常にまずい。
「ねぇ貴方。ここがどこだかわかる?」
激しい戦いが繰り広げられる中、ナデシコがそうエフィナに語りかけた。
声こそ落ち着いているものの、その裏には怒りや悲しみが見え隠れする。
「あぁ、わかるさ」
一方エフィナも、落ち着いた様子で答える。表には出さない、深い罪の意識を抱えながら。
ナデシコは、やや驚愕したように目を見開く。
「思い出したの?」
「あぁ、しっかりとな。ここは――」
ぐっと、言葉にしたくない言葉を出さなければならない嫌気から、エフィナは一瞬声が詰まった。
だが、ここは言わなければならない。今は一輝ではない。優花が恨む、魔王なのだから。
「ここは、私がお前の母親を殺した場所だ」
強気の仮面の下で、エフィナの表情はひどく歪んだ。
それが、優花が魔王を……自分を恨む理由。
忘れていた。つい最近、魔王となるその日まで。
忘れて、優花の隣で一輝としてヘラヘラと笑っていた。
思い出してからというもの、まともに優花の顔すら見れなくなった程だ。
エフィナの言葉に、ナデシコは、静かに怒りを燃やし、表情を固くする。
それが、エフィナにとってどれだけ精神的に辛いか。誰も、彼の気持ちを理解してくれるものはいなかった。
次回更新は、5月14日(土)です。




