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これは君の物語  作者: まぁまぁ
序章
3/27

第二話 スラム

手が伸びるのをただ見ていることしか出来なかった。

圧倒的な身長差とシルヴェストの気迫に圧倒されていたのかもしれない、レクトには自分が捕まることはもはや避けられないことのように思えた。

だが手が届く前に何故かシルヴェストが舌打ちを零す、彼の鋭敏な感覚がこの場での闖入者をとらえたのである。

粗末な木造の家の端を影が動き、シルヴェストが体勢を整えた、その時、

「うわあああああっ」

「ああああっ」

「にゃろおおっ」

蜘蛛の子が散るように薄汚れた子供達が、路地の間からドッと溢れた。

あそこには抜け道が2本ほど交わり、仲間が集まりやすいことを知ってるレクトはちょっぴり感動した。

助けに来てくれたのだ、その中に見慣れた幼馴染の金髪も見つける。

棒切れ片手に「レクトーッ」と自分を呼んでくれてる。


だがレクトには仲間でも、シルヴェストには違う、

「ちびのくせに」

獣が呻くように低い不機嫌な声をレクトは間近で聞いた。

けど微妙に先程とはニュアンスが違うのでレクトが顔を上げると、声に反してシルヴェストは仕方がないとばかりに口の端を上げて、笑っていたのである。

悪者っぽい顔なのに、何故かそれにはとても温かみがあってレクトは場所を忘れ、青灰色の瞳を見開いた。

それは時間にしたら一秒にもみたない刹那だった。


シルヴェストという人の、とても尊いものを見たような気がした。


風がふわりと動いて、そしてシルヴェストは相手にしてられないとばかりに魔法で宙へ浮き上がる。

その下で仲間達が棒切れ片手に「卑怯者ー」「弱いもの苛めっ」「冷血野郎っ」と口汚く罵っている。

シルヴェストとの力量差を考えれば、彼にしたら足元で吼えている子犬といった感じだろう。

だが図はよろしくない、救国の英雄も形無しである。

だがシルヴェストは嬉々として、人を馬鹿にした悪童のような笑みを浮かべ。

宙へ浮きながら、足で子供の頭を蹴っ飛ばしたり、肩を押して隣の子供とぶつけて倒したり、えげつなく暴力を振るっている。

「ハハハッ」

これでも大将の位を頂き騎士団最強と謳われる英雄である。


やはり自分が先程見た彼の表情は見間違いだとレクトは判断した。

そして仲間達の間をかいくぐって、さっきは遠かった金髪の幼馴染がレクトの手をとった。

キラキラと金色が陽光に輝いてレクトは眩しそうに目を細める、幼馴染はハァハァと息を切らせてるが、必死すぎて逆に格好良い。

「逃げるぞ!レクト!」

快活に笑う少年の瞳は夜明けを切り取ったような菫色。

「うんっ!」

レクトはそれに笑みを浮かべ手を取り、脇目もふらずに駆け出す。

自分が逃げれば皆も逃げてくれると分かっているから、逃げた。

「よしっ行けーー!!」

「やったぁ」

「気をつけろよ!」

背後から歓声が上がる、小気味が良かった。


だがその時、風がふわりっとレクトの頬を撫でた「次は逃がさないからな」と玲瓏なシルヴェストの声が聞こえ、レクトはビクッとした、地味に驚く、魔法で声を飛ばしたのだろう。

本気を出してないくせに逃げるも逃げないも無いとレクトは思う。

シルヴェストが全く、本気を出してないというのはレクトもおそらくあの場の全員が分かっていた。


「お前が無事で良かったっ!」


そしてそんなレクトの考えを隣りの幼馴染が声をかけて引き戻した。

二人であれから左の路地へ入り、右へ左へ曲がって最下層の場所へ逃げていく。

スラム街でも、貧しくっても、幼馴染の金色の蜂蜜を溶かし込んだかのような髪、夜明け色の瞳は見るだけで人を元気にする、この幼馴染がレクトは飛び切り大好きだった。

この幼馴染に一等大事にされてる自分が嬉しかった。

だからレクトも微笑んだ。

「ありがとう、カイル!」

そのレクトの笑みにカイルはニッと八重歯を覗かせて笑った。

「女には優しくしろって婆ちゃんがよく言ってるからさ!」

何を隠そうレクトを取り上げた産婆の孫である。


*****


レクトとカイルが去ると子供はサァッと散っていった。

シルヴェストも敢えて追おうとはしない。

誰が中心人物かなど把握している。

他の子をいくら捕まえても意味が無いだろうということも。


静かになり、がらんとした広場にレクトが先程降りてきた煉瓦造りの階段を慌しく降りる音が響いた。

騎士団の証である詰襟部分に狼の刺繍が施された軍服を着込んだ者達が現れる。

大将であるシルヴェストと違い彼等の軍服の基調は茶であるが彼等は一様にゼェハァゼェハァゼェハァと息を切らせ、顔から汗を滴らせている。

「シルヴェスト大将!!!!」

「大将!」

「こっ子供がっ!」

日頃鍛えているのにも関わらずスラムの子供達に遊ばれたらしい。

所々に泥等をつけているのをシルヴェストは厳しい視線で見詰めた武を尊ぶ彼からしたら、騎士にあるまじき姿である、が。それとは逆にスラムの子等の狡猾さが痛快で一瞬の後にクツリッと彼は笑う。


その悪役じみた姿に慣れている筈の部下がたじろぐ。

まさか笑われるとは思ってなかったらしい。

その騎士たちの雰囲気を感じたのだろう、少し腰を引き始めた下士官達を一喝する声が響いた。


「しっかりしろ!帝国騎士の名折れだ!」

「は、ハッ!」

サッと道が分かれる、そこから現れたのはこの場で一番体格が良いであろう、大男だった。

「マリエル」

呼ばれた大男はサッと左胸を叩いて敬礼する。

彼も先の大戦で名を轟かせた一人でありシルヴェストの副官である。

「申し訳ありません、ですが地の利が完全に相手側にあります。」

「・・・仕方ねぇ少し追うか」

「はっ」

余計なことは言わない。

言わずに彼等はスラム街の最下層、ゴミ山へ足を向けた。


□□□□□□□□

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この国は階層的な構造をしている。

固い平地から建国した初代王は、膨れ上がる民達を治める為、地下へ場所を求めた。

当時、魔物達の猛攻も凄まじくおいそれと平地へ町を建設できなかった理由もある。

人は穴を堀り、光を取り入れ生活区を築いた、だが地下は落盤事故もたまに起こるので危険と隣り合わせであったといえる。

それが変化を見せたのは建国の数十年後に建築技術が大いに発展する一人の天才魔術師の出現によってである。大地を割き、空に浮かべ、命を巡らす大魔法を彼は行ったと伝承されているが定かではない。

長い長い時の流れの中に、その術は失われてしまったからである。

ただ現実として大地は浮き、魔力柱のようなものが何百と地を支えているので誰かがこの強大な魔法を成した事は間違いが無い。

ともかく今では木の葉のように階層が存在し、その階層一つひとつが町、そのもののような構造を有している。

そしてそれはかの魔術師が考えてもいない弊害をもたらした。

階層で差別される人々という構図である。

『汚泥は下へ』が諺として、このハイウルフ帝国にはある。

汚水も、死体も、処刑も何もかもが下へ葬られる。

ある時には時代の王が亡くなった弔いとして死後の世界に侍る奴隷を地下で千人ほど生き埋めにした記述も残っている。

兎にも角にも『地下』がどれほどの広がりを持ってるかと問われれば、広大であるとしか言えない。

正確に行政庁も把握していないからである。


シルヴェストは部下と共に、その最下層の入口まで来ていた、入口は何個もあるうちの一つ割りと大きいものだ。近付いてゆくだけで悪臭が立ち込め、鼻が曲がりそうだ。

地下ゆえの薄暗さもあるだろうが果ての見えない、ゴミ山が広がっていてうんざりする。

ありとあらゆる捨てられたものが其処にはあった、そのゴミ山に人がちらほらと行きかい金に変わるゴミを探している。

地下だからムッとこもっていて救いようが無い。光も明り取りの僅かのみ。


「いかがしますか?」


マリエルが眉間に皺を寄せてシルヴェストに尋ねてくる。

マリエルの表情も他の部下達も暗に入りたくはないと語っていて、シルヴェストは溜め息を零した。

僅かにゴミ山へ一歩踏み出すとジャジュッと足元が変な音をあげた。

鼻をつくのは酸っぱいような異臭。


ここで生きてる人間がいる。

何か訳のわからない衝動にシルヴェストは愛用の剣の柄を握り締めた。

思い浮かぶのは、銀髪の青灰色の、少年とも少女とも分からぬ痩せ細った子ども。

自分に恐れる事無く真っ直ぐ見詰めてきた視線が心地よかった。


背後の部下がおそるおそるといった風情で俺へ向ける視線を感じていた。

足を踏み入れることすら躊躇う。此処は俺たちの領域ではないのだ。

彼等の領域なのだ。

貴族と肥え太った特権商人達の下で細々と幼い子たちが足掻いていることが不条理ではないのか。

だが国に雇われている軍人は幼子と同じ立場になることは無い、仕方ねぇんだ。


だが子供の方がはるかに精神的に健全だと思うのは果たして俺だけだろうか。

このゴミの中で明日、明後日のことしか考えずに必死に生きている者達を嘲笑う権利など俺には無い、無いのだ。

俺は英雄じゃない。

この国は、狂っている・・・


「撤収するぞ」


背を向けたゴミ山の先に人の居住区があるらしいが信じられない。

俺は視界の端の銀髪の面影を振り払うように、その場を後にしたのだが…

再会はわりと早くに巡ってくるのだ。



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そしてカイルとレクト達はスラムにある穴倉の薄暗い基地に戻ってきていた。

ここで今日の報酬として貰った幾らかのお金や食料を分配するのだ。

「お前んとこの姉ちゃん寝込んでるだろ?薬これで買えよ」

「キュルキュのとこは食糧多めだったよな」

などと声が飛び交っており子供ながらに必要な分を必要な者に与えているのがよく分かる。


そんな時、カイルは皆を前に意見を出し始めた。


「皆、あの黒い騎士に捕まった奴は、もう此処には戻って来れないらしいから気をつけろよ」


皆が顔を見合わせた、かくいう私も。

だって今まで騎士に捕まっても直ぐに解放されていたから。

なんで今になって、どうしてという顔をしてると、カイルは言葉を続けた。


「とっ捕まって牢屋入れられたりしてんじゃねぇか?とにかく捕まった奴はここに戻って来てねぇらしい。」


ウチとは別のグループの子達が実際に帰ってこないんだそうだ。

しかも捕まるのは大抵が纏め役らしくて、自然とグループが瓦解してしまうらしい。

それを聞いた周りの子達は一様に怯え出す。


「どっどうしよう」

「食べれなくなる・・・」


口ぐちに唸り始め、そして次に纏め役であるカイルを心配そうに見つめた。


「カイル、気をつけてくれよ」

「ああ、けど俺よりも…」


カイルの視線が隣にちょこんと座っていた私に向く。


(んっ?あれ皆が私見てる。)


慌てて私は両手を顔の前で振った。


「えっ大丈夫だよ!今日だって偶々だろうし!」


と言えば皆は苦笑して、隣のカイルは仕方がないという様に朗らかに笑って私の頭をクシャッと撫でた。


「お前なぁ明らかに狙われてるだろうが。

それに、お前が捕まると俺は無茶出来ねぇし…まぁ向こうもそれ狙ってるのかもしんねぇけど。」


カイルが纏めているウチのグループはスラムの中でも有名だ。

カイル自身も有名で幾度となく騎士に狙われた…けど地の利もあり、仲間が守るカイルを捕まえることが騎士たちには出来なくて、矛先をカイルじゃなくて私に変えたんだろうと皆は思っているらしい。


でも私はヴァンハール伯爵を悪くは思えなかった、あの人の微笑を見たからかもしれない。

きっと何か理由があるんだと思う。


「でもカイル、今日の分を含めても食うのに困るやつ出てるぜ」

しかしスラムの人間である私たちに対しての騎士団の追撃は甚大な被害が出ているのは間違いがなかった。

カイルは暫くの間、眉間に眉を寄せて考えていたけれど、何が決断するように顔を上げて、


「貯めていた金を使って、教会から喜捨服を買おう」


と言った、そして続けて笑う。


「意趣返しにでも、あの英雄さまの伯爵家へ喜捨を頼めばいい」


そのカイルの言葉に皆がわぁっと歓声を上げた。

貴族に対して、ちょっとした悪戯のようなものだワクワクする。

本当にカイルは皆を動かすのが上手いと思う。


けどその反面、あの英雄様の「次は逃がさないからな」という玲瓏な声が聞こえた気がして、ちょっと心臓がせわしなく動いた。

これもあの人の思惑のうちかと思えば、ワクワクとドキドキとモヤモヤがない交ぜになった変な気持ちになった。



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