第一話 物語のはじまり
注:残酷・グロ流血描写あり。
物語の終焉は飴色のような焔だった…
溶け出した熱が人をあぶり、そこかしこに悲鳴と絶望の声が溢れている。
巨大な国が炎に飲まれようとしていた。
何千、何万という人が切り裂かれ、炎に飲まれ簡単に命奪われる様を少女は見ていた。
息が切れる、どこかで失くしてしまった靴に頓着せずに走ったら少女の足を剥き出しの地面は傷付けた。
少女の視界には残酷な現実だけが映る。
空には"龍"が飛び交い、火を噴き。
"魔のモノ"と呼ばれる者共が人を笑いながら嬲った。
子供は生きたまま食われる。
女は腹を裂かれる、そんな絶望の現実を少女は見ていた。
"魔王"顕現。
それこそ絶望の言葉だった。
さながら伝説の昔語りの一説のようで現実感がないと少女は思った。
そうでなければ自分の中の何かが壊れて、どうしようもなくなると片隅で思う。
けれどこの絶望の中でこの国の騎士たちは"騎獣"を操り人を誘導し、何とか人々の命を繋げようとしていた。その姿に少女は自分の大切な騎士を想った。
騎士たちは黒い大津波のような魔を退け最後の防衛ラインとして集めた人を守っている。
ふとその姿を見て少女は自分の大切な騎士の言葉が浮かんだ。
蒼い冬の空を切り取ったかのような瞳で語られた言葉。
『この国を捨てて落ち延びる、それしか道はない。』
彼は"魔軍"の侵攻を一人で食い止めている筈だ。
約束した…
『絶対に生きて、約束だから、生き抜いてっ』
泣きながら言った言葉に彼は頷いてくれた、だから約束は守られる。
騎士は約束は違えてはならない。
彼はそれでなくても一度した約束は違えない人だから。
大丈夫、大丈夫。
その時、少女の頭上で何かが降りたつような羽音がしたと同時に、目の前で、首をもがれた体が血を振りまきながら重い音をたてて落ちてきた。
人であった肉の塊を少女は凍った体で見ているしかなかった。
数分前まで、その人自身の命を全うしようとしていた、人の終わりの姿を視界に焼き付ける。
羽音がする。
絶望が舞い降りる。
その姿を少女は見詰めた。
決して諦めないと決めている。
少女は自分自身の未来の物語を諦めてはいなかった…
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物語のはじまりはどこにでも転がっている。
それは読みかけで置いてあった本の1ページかもしれない。
それは少し回り道をした散歩の通り道かもしれない。
それはパソコンに向き合ってEnterを押した時かもしれない。
その時に有限の一秒という時間が決定される。
貴方だけの物語が日々紡ぎ出される。
いらっしゃいませ。
貴方だけの物語のはじまり、はじまり。
*****
彼女の家はごく普通の家だった。
両親が死んでるとか、離婚とか、そんな不幸なことはなく。ごく普通の一般家庭だ。
彼女自身もこれといって特筆するものがない。
黒目黒髪のごく普通の運動大好きな中学生である。
そして彼女は部活であるサッカーが終わり家路を急いでいた。
あの輝かしい女子サッカーのW杯優勝が彼女を女子サッカー部入部へと駆り立てた。
あんな風に地道に一歩一歩頑張るのはなんとも素敵だと思う。
等間隔に電柱が彼女の行く先を照らしてはいるが冬ということもあり周りはもう暗い。
いつもの光景だった。いつもの様に自宅への道を右に曲がると先程の大通りと違って、途端にぐんっと闇が濃くなる。
こつこつと彼女が歩く音がコンクリートに反響して聞こえた。
だが次の瞬間、彼女の足音がその先に響くことは無かった。
ただ電信柱の古い電灯がジジッと虫を巻き込む音だけがした。
忽然と彼女は闇にとけて消えたのである。
ひとひとり。
いなくなるのは簡単であるらしい。
現に先進国と言われる日本であっても毎日のように捜索願は出されている。
さる年には101,855人に上り、しかもこれはあくまでも捜索願が出されているケースに限定されているため、出されていないケースを含めると、年間の行方不明者数は20万人を超えると推定されている。
そのうち約88%の89,734人は所在確認が取れたが、それでも1万人以上が行方不明のままということだ。
彼等は何処に行ったのだろうか。
誰にもそれは分からない。
あるいは別の世界に行ってしまったと考えても、良いのかもしれない。
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オギャアッオギャァッオギャアッ
地球とは別の大地、ある国の片隅で一人の幼子が生を受けた。
周囲には産婆が一人だけ佇み、しわくちゃの皺だらけの両手に生まれたての子供を抱き上げてほっこりと笑った。そのまま暖かい産湯にバチャバチャと浸す。
「元気な女の子じゃ」
そんな産婆の言葉に母親は微笑んだ。
彼女が横たわっている場所は、むき出しの地面に直接、藁が敷かれていて出産するには余りに酷い環境である。だが赤ん坊の母親はそんな環境の中でも我が子を得る喜びに溢れ、輝かんばかりに笑った。
プラチナブロンドと蒼い瞳の美しい人だ。
彼女の容姿はどうやら子供にも受け継がれているようで、まだ薄い髪の毛はプラチナブロンドである。
目はまだ開けていなくて確認することは出来ない。
母が産婆から受け取った子は元気に泣いていた。抱き締めて指であやしても泣き止んではくれないけれど子供は泣くことが仕事だから仕方ない。産婆は産湯を片付けながら、母親に尋ねた。
「名はもう決めたのかね?」
その問いかけに母親は再び美しく微笑む。
レクトフィリアと。
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「レクトーッ!!」
聞き慣れた声に叫ばれてレクトフィリアは今回の作戦の失敗を理解した。
土煙を上げて、仲間がこっちに駆けて来る、その後ろに治安維持を請け負う騎士団も引き連れて。
「待てーっ!悪ガキ共がっ!!」
「糞野郎っ!!」
追い駆けられてる仲間も追い駆ける騎士達の方も目を血走らせている。
「げっ」
顔を引き攣らせてレクトと呼ばれた薄汚れた子供はすぐ横にあった細路地へ入ろうと身を翻らせた。
隣りの商店のオバちゃんが「ほれ!頑張れ!」と快活に言って投げてよこした紅い果実を受け取って「ありがと!」と返事返すのがやっとだった。
細路地からすぐ右に抜けると坂が見える。
わりと急な土がむき出しの下り坂、中心市街地は舗装されてるらしいが残念ながらレクトは行ったことはなかった。でもこの坂は布で出来たレクトの靴には丁度良い固さだと思う。
レクトは恐れる事無く坂を駆け抜けた、レクトの母譲りのプラチナブロンドの髪が太陽の光を反射して光る。
「どいた!どいた!」
道行く人も風のようなレクトを見て、ほっこり笑って道を譲る。
レクトはダダダダッと下りていく、そのまま左手へ曲がって更に下のスラム街へ降りていく。
煉瓦造りの粗末な階段を下って、そのまま速さは緩めずに最後の一段をレクトは降りきった。
仲間と会ってものの三分ぐらいの出来事である、レクトはフゥッと息をついた。
「もう大丈夫かな」
そして更に左側に回ろうとした時、風がふわりっとレクトの頬を撫でた。その風は爽やかな香の薫りを乗せていてレクトは足を凍りつかせる。何故ならそんな洒落たものがスラムにある筈が無いのだ。
それ即ち異分子の到来だ。
固まっているレクトに声がかけられる。
「ちび、また会ったな」
凛とした峻厳とした声で呼ばれる。恐る恐るレクトがそちらに顔を向けると、二本の剣を腰に差し、詰襟に白銀の狼の刺繍のされた漆黒の軍服をまとった軍人が、その漆黒の裾をひるがえして宙へ浮いていた。
彼の髪は漆黒、瞳は冬の空を切り取ったかのような見事な蒼。
その軍人の眼が。
まるで獰猛な獣が獲物を狩るときのようにギラリと光った。
「シルヴェスト・フォン・ヴァンハール大将・・・」
呻くようにレクトは呟く、この英雄の名前を知らない人間はこの国にはいない。
先の魔物との大戦で大勝利を治めた騎士であるが、彼が首都防衛のトップに立ってから不本意な形でレクトとの攻防は続いている。
シルヴェストの視線に耐え切れずレクトはへらりと笑み崩れ、オバちゃんから貰い、右手に持っていた紅いクンガの実を掲げて見せた、甘ずっばい味で果肉も紅い実は庶民の身近なオヤツである。
「クンガの実いります?」
だが賄賂に動く相手では無い。口の端をゆるりと持ち上げて彼は笑った。
「ちび、悪いことは言わねぇ・・・同行しろ。」
面倒臭いことさせるなと言葉を続けた怠惰な騎士に、レクトは顔を歪めた。
そう思うなら仕事をしなければ良いのだ。
「なんも悪いことしてないだろっ」
実際に盗みを働いた訳じゃないのにとレクトは思う。
「商売をすること自体が違法だと、言ったはずだが?」
がレクトを睥睨するシルヴェストの視線は冬の空のように冷たい。
レクトが「知っている社会」は、もっと成熟していた。
こんなことが罷り通るのが理不尽だと思うほどには、レクトは「経済」を知っている。
だがこの国は同職商人組合があり、新たに商売することは違法とさている。
けど貧しい人間は食べるためには違法でも物を売るしかなかった。
そんな大人を助ける為に貧しい子供は見張りや騎士達を撒く役目を大人たちから請け負って小銭や物を貰う、パン一個で一週間は余裕だ。
「冷血軍人」
「前にも言われたな、それ」
レクトの頭上でふわふわと浮きながら、くつりっと笑う軍人は英雄どころか全くの悪者に見える。
だが彼がそう呟いた時、シルヴェストの更に頭上の民家の屋根に動く仲間の姿を見つけてレクトは瞳を見開いてニッと笑った。
「おりゃあああっ」
果たして掛け声と共に、バシャアーと汚水が放たれた、尿とか泥とか糞とか交じり合った汚水はとても臭い。
トイレとかそういった設備もないスラム街では慣れきった臭気だ。
だが救国の英雄である騎士様は違うだろうとレクトはササッと避けて、もはや回避できず。
汚水のシャワーを浴びるであろうシルヴェストを見ていたのだが。
「糞砂利共がぁっ」
地獄の審判者もかくやというような底から響くような声がした。
その声がなまじ良いものだから恐怖で鳥肌が立つ。
ばしゃばしゃばしゃ
汚水は何か目に見えぬ壁によって、その一滴すらシルヴェストに到っていなかった。
「うげっ」
「やべ」
頭上で仲間の焦った声がする。
それもそうだ敵の怒りだけ煽ってしまった、ささっと屋根から脱出をはかっている。
そしてポタリッと最後の一滴が地面に落ちた。
だが宙に浮かぶ騎士はやはり、その勇壮な佇まいを一欠けらも崩してはいなかった。
そしてふわりっと体が宙で動き、騎士はレクトの目の前に悠然と降り立った。
磨きこまれた漆黒の革のブーツが視界の端に映り、漆黒のマントが翻る。
それをレクトは動くことが出来ずに見ていた。
「覚悟はいいな、糞餓鬼」
凄みのきいた、凍りつきそうな声だった。




