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これは君の物語  作者: まぁまぁ
血の夜会事件
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第十八話 開幕

注意:残酷、流血表現あり。


鈍い音を立てて引き抜かれた剣は、血がこびり付いていた。

その色は奪った命のように鮮やかで。

涙を零して事切れている少年の死体を男は見つめ瞬間瞑目した。

無造作に投げ出された少年の手足は哀れなほどに細い。

少年の流れ出る血と喜捨服の金という鮮やかな朱金のコントラストが男の瞳に焼き付いてゆく。


貧民として必死に生きてきた命を呆気なく奪った己が少年に安い言葉をかけるつもりもない。

殺したものが殺されたものに何を言っても意味はない。


それを彼は理解していた。


彼は選んだからだ。

自らの望みの為に、多くのものを犠牲することを選んだから。

だからこそ…彼は言葉を発さず、静かに黙礼すると仲間と共に踵を返した。

草を踏みしめる僅かな音と共に、この場には静寂が落ちる。


伯爵家の庭を照らす明かりは飛び交う幻想的な美しさの中で。


毒々しい血の花の上に少年が取り残される。

一人ぽっちで瞼も降ろされずに濁った瞳で空を見上げる少年の目じりからは涙が零れていた。

誰も拭う者もいない。

その惨劇の中で、彼の纏う喜捨服が僅かな風に煽られて少し翻っていた。


*****


それは人によって"竜厭"と呼ばれた。

竜種のなかで"竜猟"と区別される魔のモノである。

また竜より高位にあたるのは龍であるが、もはや伝説上の存在だ。


"竜厭"は竜種を一括りにした呼び名であるため正式名称はあるのだが、人は一括りとして彼らをそう呼んだ。

鋭い牙と猛禽のような爪を持つ強大な竜種の中でも幾許かの知恵を持っている。人によって忌み言葉を名に加えられた魔は今、獲物を探し、二本足の生き物が発する悪意に反応していた。先程食らったの二本足のものは呆気ない程になくなって腹は膨れなかったが、味は悪くなかった。飛びながら、べろりと赤い舌で血を舐めとる。


そして更に獲物を食そうと音もなく翼をはためかせ、気が引かれる下へ滑空しようと思ったが、それよりもなにやら良い匂いがした。先程、二本足を食べた時の比でなく頭がふわふわするような匂いだ。

それは上の階層からして、彼は四階層にある清浄な教会を避け、浮かぶ大地をぬうように飛び五階層の上へ現れ出でた。途端に匂いが強まった、これは何の匂いだろう、訳もなく気分が浮足立って、それを敢えて抑えるために火を噴いた。近くにあった木々が焼け爛れるのも気にならなかった。

その間も飛び続けて火を吐き続けた。飛んで匂いのもとへ向かえば向かうほどに彼は陶酔していく。


その紅の狼煙こそ『血の夜会事件』の始まりの咆哮であった。


また同時刻、ハイウルフ帝国の五階層に位置する結界はキシキシと嫌な音を立てて、闇が溢れ出でていた。

獣の形をした足が大地を掴む様に抉る。

血の色をした濁った毛を持つ巨大な狒々のようなものも現れる。

空には小さな黒い飛沫が何十と飛ぶように帝国内へ侵入し、それらは巨大な昆虫のような魔のモノだった。

それらはそして何かに惹かれるように一斉に上の階層に向かっていったのである。

津波の様に黒く彼らは押し寄せていった。


そして最後に、異形を吐き出して落ち着きをみせた闇の穴から漆のような手が伸びた。

人の手のように見えたが、人であろう筈もなかった。

次いで闇が引き攣れるように顔らしきものが結界から現れた、そのどれもが漆の様に黒い。

闇が纏いつくようにして、やがてそれがローブを纏った魔であると判別できた。

ローブといってもそれは闇の塊のようで、輪郭が溶けている。

音も匂いもなく。

生きた気配もない。

そして闇そのものような魔のモノは一歩を踏み出して、掻き消えた。

その後に他のどのような魔も穴からは現れなかった。

静まり返るその場に、悪しき者が其処にいたことを証明するように、周囲の草木が墨のように黒く死に絶えていた。


*****


光が溢れていた。

夜会を楽しんでいた人々は各々があちらこちらで会話を交わし、芳醇な酒を口に含んで微笑む。

腹のうちに抱えた物に様々あれど、この世の栄華を楽しんでいた。


そのうち誰かが空を指差し、何人かが視線をそちらへ向けて悲鳴を上げた。

甲高い悲鳴はやがて混乱へと広がってゆく。着飾った貴族達は建物の中へ逃げ込み始めた。

互いに押し合い、誰かを押し倒し、踏みつけながら。

彼等の背後から、炎を撒き散らしながら、こちらへ向かってくる巨大な魔が見えた。

魔のモノが通ったであろう、場所から所々火の手が上がり轟々と燃えているのが遠目にも分かった。

伯爵領の領地の領民がどうなろうと彼等にはどうでも良かったが、その魔のモノがこちらに向かってきていることが問題であった。


ガアアアアアアッ


獣のような人のような咆哮と共に魔のモノは夜空に向かって、火焔を吐き散らすのだ。


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