第十六話 惨劇
注意*グロ・流血表現
ルフィスはダンスが終わって、レクトフィリアをシルヴェストの元へ届けるとフッと今気付いたかのように声をかけてきた。
「そういえば君は見事な髪色だね。」
優しげなその声に、すっかり警戒心など無くしていたレクトは笑顔で応えた。
「お母さん譲りなんです」
そして誇らしげに母を語るレクトは、ルフィス王太子が緩やかに会心の笑みを浮かべたことには気付かなかった。
ただシルヴェストだけが何かを探るようにルフィスを見ていた。
銀髪が何を意味するものか、スラムで暮らす者は知らなかった。
どの選択を進めば良かったのだろうかなど只人には分からず、惨劇へと繋がってゆく。
*****
少し時と場所を移すと、シルヴェストが庭園で意識を失わせた子爵は意識を戻し早々に場を辞した。
そして自身の屋敷のある階層に戻るために「道ゆく樹」を通り、4階層に向かっていた。
公衆の面前で恥をかかされ服も穢され彼の誇りが、あのまま夜会に参加することを許さなかった。
「馬鹿にしおって!」
彼は「道ゆく樹」から丁度自身の階層へ降り立ったところで、先に4階層の道ゆく樹を中心に執事やメイドが迎えに来ているのを見るや否や、自分に恥をかかせる原因となった下賤なスラムの人間を思い出し、怒りのまま近くにいたメイドを蹴り倒した。悲鳴をあげる甲高い声も耳障りで、
「煩い!黙ってろ!」
と命じて何度も蹴れば次はメイドは声を出さなかった。
そうだ下賤な者はこうあるべきだ、身分の区別はつけられるべきなのだ。
息をきれるまで暴行すれば怯えたような使用人たちを間を縫って初老の男が現れた。
「バルフォア様、怒りのまま行動すれば穴が出来ます、ここは抑えて時期を待つのが宜しいかと」
男はバルフォアが幼い時から仕えていただけに彼の言をバルフォアは受け入れて鼻を鳴らす。
「成り上がりのシルヴェストめ!!この屈辱は決して忘れんっ!!」
そう叫ぶと彼は使用人が用意した馬車に乗り込んでいった。
しかし彼の未来は繋がることはなかった。
ハイウルフ帝国の五階層に位置する結界が嫌な音を立てて崩れ落ち、その崩れ落ちた外は闇がパックリと口を開き、そこからとろりとした闇が染み出す様に角や牙を持った魔のモノが現れた。
魔のモノは知能を持ち、そこが教会という神聖な階層であると理解すると腹が減っていても食事する気が起きずに下の階層へと飛んだ。
下の方がどろりっとした負を感じて魔を引き付けた。
蝙蝠のような翼を音もなくはためかせていると、直ぐに魔の夜目は丁度よく負の気を発している人間の塊を発見した。
なんと美味しそうな小さな肉が無防備に集団でいる、あのよく分からない動く箱の中に特に負の念を感じて、その中のモノを喰いたいと思い、魔のモノはぼたりぼたりと涎を零して突貫した。
*****
闇の中で何かが蠢いたことに気付いたのは子爵家の初老の男だった。
急降下してくる馬車よりも大きい体に知らず戦慄が走った、それは命の危機に生き物がごく普通に感じる生存本能だったかもしれない、だが周囲の使用人たちは気付いていない。
気をはれっ!!と檄を飛ばす前に漆黒の物体は馬車の上に取りつくと、その鋭いかぎ爪で馬車の中をグシャと潰した。
一分にも満たない一瞬の惨劇だった。
「ぎゃあああああああっっ」
空気を切り裂くような悲鳴が辺りに響いたが逆に使用人たちは目の前に存在する闇の生き物に恐怖し、声を出すことが出来なかった。
闇のモノは無造作に馬車を突き破った腕を、かき混ぜるように中の者を取り出すような動きを見せ首を突っ込んだ。
「痛いぃぃ」
今度はか細い声がした、確かに使用人たちの主人の声であったが、その声の悲惨さはいっそ殺せというような苦痛に満ちていた。
その声に交じってゴリゴリと骨をかみ砕く音がして。
魔のモノがのそりと馬車の中に突っ込んでいた首をあげた、そして人が見たのは。
魔のモノに片腕と両足を食われ、腹を裂かれ、血塗れで口に咥えられていた子爵の姿だった。
「ひいいいいぃぃ」
戦慄する。あまりの光景に直視できなかった。もう無理だ助けられない。
しかも子爵はまだ生きている。その残酷さに使用人たちは硬直した。
魔物はジィッと子爵を咥えたまま彼等を見ていたが、初老の男に目を止まらすと血のような紅の目を細め、蝙蝠の翼をはためかせて馬車を飛び立っていった。
こうして『血の夜会事件』の幕は上がり、5階層の亀裂から魔物が次々と侵入を開始した。
この日より多くの人々が命を落としたのである。
ただレクトフィリアは未だ、その事件を知らずにいた。
まだ事件は光の当たらぬ場所にあった。




