第十四話 二人の貴公子
澄みきった冬の空のような蒼の瞳に魅入られるように私は素直に彼の手を取っていた。
彼と私の身分差を考えれば、こんなことは許されないのに。
眩いシャンデリアに照らされたダンスホールの端で楽団が奏でている曲は華やかなワルツ。
ゆっくりとシルヴェストが立ち上がり、レクトフィリアはホールの中央へエスコートされた。
光が溢れている。
シルヴェストの側は心地が良かった。
レクトの見上げる視線がかち合うとシルヴェストは口の端を上げて悪童の様に笑った。
なんでか悪だくみを考えているようにしか見えなくて、それにつられる様にレクトも笑ったのである。
思えば、シルヴェストはレクトを安心させるためが、よく表情を和らげてくれている。
…たとえそれが悪役にしか見えなくとも。
そうと気付けば、有難くてレクトは胸が熱くなるのだった。
*****
音楽に合わせてシルヴェストはレクトを導いた。
喜捨服を纏った浮浪児が伯爵と手に手をとって踊っている。
金の喜捨服の下のみすぼらしい服、布を巻いただけの足を懸命に動かして踊る痩せた子供と煌びやかな漆黒の夜会服をまとった端麗な伯爵の姿。
見れば見るほどにあり得ない光景に周囲の上級貴族の面々は心のうちにある物思いを抑えて冷やかに見つめていた。
だがこの一夜はハイウルフ帝国の歴史を動かす一夜となる。
そして当事者たるレクトフィリアといえばシルヴェストの動きに必死にあわせるのが一杯いっぱいだった。
踊りというものではないがシルヴェストが音楽に合わせて誘導してくれるから体が不思議と動いてくれた。
シルヴェストが手を上へ掲げてくれたと同時にレクトがクルリッと回る。
すると蒼の瞳を細めて目の前の伯爵様は機嫌良さげにするから、これで良いのかとレクトも少し嬉しくなって、この思いがけない僅かの時間を楽しもうと思えた。
だがその影で、この国に大きな暗雲が立ち込めていることには気づかなかった。
*****
処かわって、ヴァンハール伯爵家のダンスホールとさほど離れていない一室では。
ルフィス王太子が執事に案内され、赤と金の装飾が施された長椅子に浮浪児の少年をそっと下ろしたところだった。
「ごめんなさい」
途端に恐縮しきった謝罪の声が部屋に響いて、ルフィス王太子は見るものを安心させる陽だまりのような笑みを浮かべた。
「何に対してだい」
「…王太子殿下の手を煩わせてしまったので。」
幾分はっきりとした声で応える少年にルフィスは怯えさせないように手を伸ばすと彼の蜂蜜を溶かし込んだかのような金色の髪を撫でた。
「なにも君は悪いことをしていない、怪我をしたら手当をする、当たり前のことだろう?」
その瞬間、息を飲むヒュッとした音がしてルフィス王太子が長椅子に体を預けている少年を見下ろすと、
少年は菫色の瞳を驚きで大きく見開いてルフィスを見ていた。
その反応だけでルフィスは分かるのだ。
怪我をしても手当をしない、されないことが当たり前の世界が…目の前の少年の現実だったのだと。
「君の名前は」
そしてルフィスは思わず、床に片膝をつけ少年に視線をあわせ尋ねていた。
一人の人間として、一人の人間に敬意を払うために、名を、聞いていた。
「…カイル」
幾分ためらいがちに少年の口が動いて、ルフィスは陽だまりのように微笑む。
「始めまして、カイル…良い名前だ」
人の名前を呼ぶということは、その人を認識することであり。
「私はルフィスというんだ」
自分の名前を名乗るということは、始まりだとルフィスはいつも思っている。




