第十三話 ダンスの誘い
王太子が浮浪児をその両腕で抱きとめると、そこかしこで貴族たちの声が上がり、彼らの受けた衝撃を感じさせた。
そんな周囲にルフィスは完璧な笑顔を浮かべて、控室へと悠然と歩いて行った。
レクトフィリアはその背中を見送った。
幼馴染を治療してくれるという王太子の姿は瞳の奥に焼き付く。
そして頭ではなく、心で理解した。
これこそが在るべき本当の権力者の姿なのだと。
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ルフィス王太子がカイルを連れて、控室まで下がってゆくと貴族たちの視線はシルヴェストと、場違いな浮浪児であるレクトフィリアへ注がれた。
王太子が手ずから誰かを治療するなどあってはならない事態に貴族たちの視線は冷たくなってゆく。
それを感じてレクトは視線をつい落としてしまい、みすぼらしい布靴が視界に映った。
なるべく卑屈にならないように生きてきたし、貧しいことを恥ずかしいとは思わない、悪いこともしていない。
けれど此処はレクトにとってやはり「敵地」だったのである。
だがその時、今まで重ねられただけのシルヴェストの手が明確な意思を持ってレクトフィリアの小さな手を握った。
「顔を上げろ」
その手の暖かな温度と凛とした声はレクトの頭を持ち上げる力を持っていた。
冬の空を切り取ったかのような瞳がレクトを見下ろしていて、彼はそしてその場に膝をついた。
蒼の瞳の中にレクトフィリアが映っている。
より一層ざわめきが増してゆく中で、目の前の漆黒の騎士はレクトフィリアの為だけに声を紡ぐ。
「上を向いていろ、お前自身のために」
そして騎士は手を差し出した。
今度は周囲に聞こえるように彼は声を紡いだ。
「踊っていただけますか?小さき御方」
絢爛たるダンスホールの精緻な文様の施された床に騎士の漆黒のマントが広がっている。
それはさながら一枚の宗教画のようであった。




