第十二話 狙い
身分が絶対的な権力と権威に結びついている、この国において王太子はそれこそ雲の上の人だった。
貴族たちの所有する土地も王族によって与えられたものであり、この国に存在する神獣・銀灰狼とも契約できるらしい。
階級の頂点ともいうべき王族。その人物が今、目の前にいる。
レクトは畏怖というようなもので背筋が冷えた。
そして現代の日本とは違う身分社会であるハイウルフ帝国の構造を強く意識した。
思わず、隣のシルヴェストの服の袖を握り締める、その手をシルヴェストは大丈夫だとでも言う様にポンッと軽く触れ、そのまま彼は王太子に向き直った。
「殿下、申し訳ありませんが。この者を診て頂けませんか。」
そして腕の中の薄っすらと瞳を開けているカイルを指し示す。
つられて王太子の視線が親友の腕におさまっている少年へうつり、ゆっくりと微笑した。
上で二人が会話している間、レクトはシルヴェストと手を重ねながら聞き耳を立てていた。
王子様の様子を見てるとカイルを診てくれそうでレクトは、ちょっぴりホッとしたのだ。
そしてシルヴェストが重ねてくれた手が暖かくて心がほっこりした。
生まれた時からスラムで過ごしたから、虐げられることに慣れてしまった。
こういうときにレクトフィリアはどうしようもなく泣きそうになるのだ。
*****
夜会において貴族たちのざわめきが小さくなった時ほどルフィスは王太子として気をはっている。
それは彼等の目がどこかに集まっているからこその静寂と知っているからであり、実際この場での話題の中心はシルヴェスト伯爵と二人の子供だろう。
否、俺も入っているか。
そこまで考えたところで、ルフィス王太子は人の目を気遣って慇懃な言葉を選ぶ友の言葉に零れそうになる笑いを何とか噛み殺した。
「ヴェスト、この子を寝かせられる場所まで連れて行きたい」
ここであえてルフィスは愛称でシルヴェストを呼んだ。
そうすることで周囲の貴族たちの悪意から親友を守ろうと意図した為である。
王太子に友人という立場を利用して無理な願いを申し出ているとシルヴェストが噂を流されれば、親友の重荷になると正確に王太子は理解していた。
「私が引き受けるから、その子を預からせてくれるかい」
そして微笑みながら手を差し出すと、それだけで周囲からは驚愕の空気が流れる。
王太子が自ら下賤な者の治療などするべきでないと考えることが常識であるからだ。
故にルフィスがそれを言った途端に、数人の貴族がお待ちくださいと声をかけてきた。
「殿下がなさるのでしたら僭越ながら私がいたします」
「殿下のお手を煩わせたとなっては帝国の名折れ」
その進言は予想できたので、ルフィスは微笑み。
これが親友の狙いだったのかと、視線を横へ動かすと思った通りの悪役のような表情で彼はルフィスを見ていた。
そしてルフィスは親友が目論む通りの返事を彼らにするのだ。
「結構だ、私が私の国民を治療するのに何ら問題はない」と。
その瞬間の貴族たちの表情は傑作だったと、後にシルヴェストはルフィスに語った。
*****
二人でかかげた夢があった。
それは身分の差で虐げられる貧しい人たちを救うという途方もない願いだった。
その願いのために、王太子という身分も、自分自身も最大限利用して人を巻き込んで。
最後にはすべてを引っくり返す。
そんな途方もない願いだった。




