第十一話 王太子
シルヴェストは二階のダンスホールへつづく、白亜の螺旋階段を登る。
彼のブーツの硬質な音がレクトの耳に柔らかく響いた。
階段には金細工の象嵌が施され、品の良い大理石と調和している。
そして階段を上るにつれて、紅の光が飛び交う幻想的な庭の全貌がレクトの眼前に広がり、
「わぁ」
短いそれでこそ伝わるレクトの感嘆の声にシルヴェストは微かに口の端を上げた。
夜風が頬を撫でてその冷たさに首を竦ませるように、少しレクトが視線を巡らせば下に大勢の貴族たちがいて、
先程伯爵が気絶させた子爵へ群がっていた。介抱でもしているのだろう。
視線を再び自分を抱き上げているシルヴェストへ向けるが、彼は自分が起こした騒ぎにもう頓着していないようだった。
それが傲岸なのか、冷徹なのか、あるいはもっと違う別のものなのか、レクトには分からず。
ただその前だけを見つめる横顔を見ていた。
*****
シルヴェストは螺旋階段を登りきり、テラスを通り抜け、そのまま開け放たれていた3メートルはあろうかというガラス製の扉からダンスホールへ入っていった。
絢爛たる仮面舞踏会に足を踏み入れる。
人は金銀の煌びやかな服に身を包み、皆が仮面で顔を覆い隠しているのは変わらないが、先程の庭にいる貴族たちと空気がちがった。
どこをどうとは言えないが、滲み出る気品とでもいえるものがあった。
まさにレクトの感じたものは正しく、彼らは古く何十、百年つづく上級貴族といわれる者たちであった。
彼等はシルヴェストが連れてきた異質なレクトとカイルを遠巻きに気にしつつも、あからさまに侮蔑する言葉も視線もなかった。
それだけで随分、救われる。
そしてその貴族たちに囲まれた奥に一人の青年が佇んでいるのをレクトフィリアは見た。
青年は白と金を基調とした夜会服を身に纏い、優雅な佇まいで其処にいた。
深緑の髪がシャンデリアの光照らされて、緑金に輝いている。
白の仮面に押し込められた奥の黄緑の瞳は暖かさを湛えているようで、彼の周りだけ空気のもつ密度が違う。
(王子様みたい)
はからずもレクトは彼の正体をあてていた、青年がシルヴェスト達に視線を向けた。
レクトが青年の視線の先に自分がいるのが少し恥ずかしくなるぐらい彼は綺麗だった。
容姿や格好のことでなく人の魅力が気品や佇まいに大きく影響されることをレクトは彼に会って気付いた。
切り取れたかのような時間が流れている。
少し貴族たちのざわめきが聞こえる、それは決して悪意ではないけれど。
シルヴェストはそして青年を囲う大勢の貴族に気後れすることなく、ゆっくりと足をすすめた。
大貴族たちには寛容さが見てとれ、レクトを見ても何も言わなかった。
そして青年の眼前にレクトをそっと磨き抜かれた床に降ろした。
その優しい動きにレクトが少し驚くぐらい、シルヴェストの動きはレクトへの気遣いが感じられた。
床に足を付けると、レクトの視界にみすぼらしい布を巻きつけただけの靴が映り込んで、あえてレクトは顔を上げた。
貧しいことを恥と思ったことなんてない。
すると緑の青年のレクトを見る柔らかい視線とぶつかって、ちょっぴり胸が鳴る。
青年が何を考えているのかは分からなかったけれど、やさしい瞳の色をしていた。
そしてレクトを降ろして空いた両手で、幾分か元気になっているカイルを抱えなおしたシルヴェストは次の瞬間、アッサリと言った。
「この方がルフィス王太子殿下だ」と、それは重要なことではないように。




