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第二回 八段階のうち一段階

転職を誘った相手から、会社の弱点を正確に指摘された私。


その翌週、会社は「過去最大規模」の組織改編を発表した。

なお、過去最大規模は三年ぶり四回目である。


経営学には、組織変革を成功させるための八段階があるという。

では、わが社はいま何段目にいるのか。

変革には手順がある、と経営学者コッターは言った。


危機感を高める。変革チームをつくる。ビジョンを描く。伝える。障害を取り除く。短期的成果を出す。定着させる。文化にする。


八段階である。


私は説明会の間、手元でチェックリストをつけていた。二十年勤めた人間のささやかな娯楽である。


大改革だった。社長がそう言った。


過去最大規模だった。人事部長もそう言った。


第一段階「危機感の醸成」。スライドに危機は載っていなかった。載っていたのは「変化の時代」という言葉で、これは危機ではなく天気予報である。チェックなし。


第二段階「変革チーム」。改編を設計したのは、改編の影響を受けない部署だった。チェックなし。


第三段階「ビジョン」。スライドには、人型のアイコンが矢印に乗って、右へ左へ飛んでいた。


可能性を最大化された人間は、だいたい矢印で表現される。


顔がなく、性別がなく、住宅ローンがなく、保育園の送迎がなく、ようやく信頼関係を築いた顧客がいない。だからあんなに軽やかに飛べる。


チェック、半分。矢印もビジョンの一種ではあるので。


第四段階以降は、確認するまでもなかった。


最終ページには、抽象的な地球と、抽象的な光と、抽象的な人々が両手を広げている絵があった。具体的なことは何ひとつ書かれていなかった。


具体性とは、責任の別名だからである。


質疑応答の時間が三分だけ設けられた。


誰も手を挙げなかった。


三分間の沈黙は、翌週の社内報で「活発な対話の場」として記録された。


会社は言葉を持っていた。何が起きても、前向きに言い換えられる言葉を。


人が育つと、属人化と呼ばれる。


人がいなくなると、標準化の機会と呼ばれる。


人が辞めると、新陳代謝と呼ばれる。


沈黙すると、対話と呼ばれる。


辞書には載っていない。載せると意味が固定されてしまうからだ。会社の言葉は、意味が固定されないことにこそ価値がある。「全社最適」という言葉は、全社のどこを探しても実物が見つからないからこそ、あらゆる説明に使える。


神と同じ仕組みである。


ただし神と違って、祈っても救わない。


説明会の帰り、エレベーターで隣の部の部長と一緒になった。来年定年の人である。


「コッターの八段階、いくつ埋まりました?」


と聞くと、部長は笑った。


「一・五。お前もつけてたか」


「二十年目の娯楽です」


「わしは三十八年目だ。もう娯楽も残っとらん」


エレベーターが開いた。


「ただな」


降り際に、部長は言った。


「危機感だけは、これから現場が無料で醸成してくれるぞ。会社が仕込んだ覚えのない、本物のやつを」


その予言が当たるまで、三週間もかからなかった。


翌朝、私の部署の異動リストが届いた。


出ていくのが十二人。来るのが九人。


私は算数を始めた。

【本章の経営学】コッターの変革八段階


組織変革の失敗の大半は、能力不足ではなく手順の省略で起きる。特に第一段階「危機感の醸成」を飛ばした変革は、現場にとって「危機のない場所に突然降ってきた被害」になる。なお、本物の危機感は後から現場で無料配布される。経営が受け取るかどうかは別である。

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