12,妹は考える
私、武蔵冬和には5人の兄がいる。
と言っても、2人は私が生まれる前に大氾濫で亡くなったが。
私が物心つく頃には3人の兄と両親の6人家族で暮らしていた。
一番上の兄は長男で武蔵甚太郎と言う。私と12歳も差があり、小学生に上がる頃にはすでに大学生で遊んでくれることは少なかった。
二番目の兄は四男で武蔵獅子郎と言う。私と5歳差で私が小学1年生の時に6年生。女の子を意識し始め反抗期にもなり昔の思い出は無いに等しい。
そして3番目の兄が武蔵小五郎だ。歳が一番近く小学校の頃はよく遊んでくれた。ただ、中学受験で5年生に上がる頃から合わなくなったけど。
家族の中で一番好きなのは3番目の兄だった。
両親は仕事で朝早くに家を出て夜遅くに帰って来る。家の家事は兄妹でする事になっているが、基本的に三番目の兄こー兄がやってくれた。
料理もこー兄が作ってくれて、学校に行く時もいつも一緒だった。
昔からこー兄は何か変わっていた。
内面が女性だからとかそう言う事ではなく、どこか普通の人とは違う感性で物事を見ていた。
そのせいか学校では一人の事が多かったけど、特別なこー兄の事が好きだった。
こー兄がジェンダー症候群だと分かったのは私が小学2年生に上がったころだった。
当時はまだ何の事か分かってなくて、こー兄がおままごとをしてるくらいに思ってた。こー兄が女性の服を買って、私と一緒に姉妹みたいな事をしているくらいの認識。欲しい服を買ってくれるし、兄のお下がりでも、可愛い服がいっぱいで嬉しかった。
ただ、時間が経つとその事が変だと周りに見られている事に気づく。
こー兄は次第に女装をしなくなった。身長が高くて自分には似合わないから……とか言ってたけど、昔はそこまで筋肉がついてなかったし似合ってた。……たぶん周りがそうさせたんだ。
代わりに私に可愛い服を着させるようになって、母親が怒るくらい私の服が多くなった。
小学校3年生になると私も性を意識し始める。
こー兄の事もあって、周りよりも少し早かった気がする。
それまで気にした事が無かった事が気になり始め、魔法少女のコスプレを止めた。
武蔵家は身長が高く、私も例にもれず身長順では最後尾。男子よりも頭一つ大きい事を揶揄われ、大きい事がコンプレックスだった。
そんな私の内面を知ってか、ある日こー兄とバレーボールの見学に行った。子どもクラブの練習に参加し、私よりも大きい少女が活躍しているところを見て憧れた。
バレーボールクラブに入ると私は身長の事を気にしなくなり、いつの間にかこー兄に言われるまま魔法少女のコスプレにまた嵌まった。……あれは黒歴史だ。
いつも私の事を一番わかってくれるのはこー兄で、怪我をしたとき、ダイエットをしてる時、好きな子ができて振られた時、いつもこー兄が近くで見守ってくれた。
だから、そんなこー兄と離れ離れになるのが嫌だった。
成績の良かった兄に進学の話が来た。
3回の大氾濫で都会の安全性から進学倍率は上がり、また優秀な子には受験させようとする学校が多かった。
私は兄と両親の話を盗み聞きした。
普通の家庭だと進学を喜ぶみたいだけど、両親は反対し逆にこー兄は行きたいと言った。両親は折れて、愛かったら進学すればいいと言った。
―――その日、私はこー兄に泣きついて行かないでほしいとわがままを言った。
こー兄は困った顔をして慰め、私が落ち着いた後に言った
“お姉ちゃんになってくる”
その言葉が現実になるのは7年後の事だった。
最初ふざけて言ったんだと怒ったけど、後からジェンダー症候群の事を思い出し本気だと分かった。
お兄ちゃんがお姉ちゃんになるのは変な気分だったけど、昔のおままごとを思いだして少しだけ嬉しくなった。
こー兄と会えなくなるのは寂しいけど、勉強を頑張る姿に応援する気持ちが勝った。
そして1年後、兄は見事に受かった。
それから2年が経ち、なんとこの間こー兄が帰郷する事は無かった。
連絡を取っても全く帰ってくる気が無く、長期休みはずっとダンジョンに潜っていた。大切な妹とのやり取りよりもダンジョンのほうがいいのか!と面倒な彼女風にやり取りをし、私も受験の季節がやってきた。
当然受験はこー兄と同じ中学校。
こー兄はそのまま高校に上がる事を知っていたので、私も同じ中学校に行くことを両親も了承してくれた。当然受かったらという言葉が付いてくるが、私もこー兄と同じく成績がよく十分に受かる可能性があった。
だから中学受験前にも長期休みを利用して兄の住むマンションに来た。
まだ兄だったこー兄に駅まで迎えに来てもらい、一緒に観光し―――
―――そして、兄が血まみれになって搬送された。
当時、ハンター内で噂話に上がっていた犯罪事件に巻き込まれたのだ。
まだEランクだった兄は、ポーターとして1つ上のダンジョンに参加した。
ダンジョンに入るハンターは自己責任、この言葉にはいろいろな意味があってその中にハンターによる犯罪も含まれている。
ハンターによる殺人。
この時起きていたのは、快楽殺人鬼によるハンターの襲撃だった。
ダンジョン内の犯罪はバレにくい。
特に目撃者でもいないとバレない事がある。
襲撃者は逮捕されたが、その襲撃でこー兄は大怪我を負った。
ポーションがあり傷は残らなかったけど、その怪我を見て私は倒れた。
両親も包帯に巻かれたこー兄を見て言葉を失っていた。
この時初めてハンターが危険な仕事なんだって知った。知っているつもりでいたけど、どこか夢見がちな少女のような綺麗な部分しか見てなかったんだと思う。
だから、本当はお兄ちゃんにハンターをやめてほしいって思ってる。でも、それは言えない。お兄ちゃんにも目標があって、危険を承知で怪我をしても諦めてなかったから。
だからお兄ちゃんがお姉ちゃんになれて本当に嬉しかった。
これでハンターを辞めるんだって、応援してたから少し寂しい気持ちだったけど嬉しかった。でも、お姉ちゃんになってもハンターを続けるらしい。
たぶん3年前なら泣いてでも辞めてって言ったと思う。
あんな大怪我したのに、同じ人間も信用できない仕事なのになんで続けるのかって問い詰めたと思う。
でも、今はお姉ちゃんの気持ちを応援したいって思った。
これまで頑張ってきた事で目標を達成して、ようやくお姉ちゃんになれて楽しそうな姿を見ていると私も嬉しくなった。
どうやら私はチョロかったらしい。
怪我をした姿は今でも覚えてるけど、やっぱり頑張ってるお姉ちゃんが好きだし。それに最近はダンジョン内で配信もできるようになった。これによって犯罪も減っているという。
だから私がお姉ちゃんを配信者にして、いつでも見守れる体制を整えれば安心だ。
―――そう思ってたのに、なんかお姉ちゃんがモテモテで心が落ち着かない。
言い表せない感情、モヤモヤとした暗く重い雲が肺を覆う。
「……そのクッキー焦げてるよ」
「うるさいです。私の失敗作は自分で処理します」
「じゃあ私は君のお姉さんのを貰おう」
「うぅ、ずるい」
お姉ちゃんが生徒会長に呼ばれて出ていき、私と佐藤さんで失敗作を食べる。
生徒会長が来て兄と佐藤さんが席を外している間、クッキーを焼いていたのは私。たった数分でクッキーを焦がしてしまった。
……次から得意料理はカップラーメンって言おう。
「うん美味しい。お姉さんは料理が上手だね。私の姉とは大違いだ」
「佐藤さんのお姉さんは料理が苦手なんですか?」
「作るのは好きさ。でも、味が独特だしアレンジもする。よく焦がした何かを食べさせられたよ。ちょうどこんなクッキーみたいに」
そう言ってバタークッキーなのに黒いクッキーを1つ口に運ぶ。
慣れているのか、普通に食べている。
「あまり焦げた物を食べるのはよくない。体に悪いからね。材料費は考えなくていい。失敗したなら捨てるだけさ」
「でも、勿体ないじゃん」
「ふふ、いい子いい子。私もこんな妹が欲しかったよ。お姉ちゃん大好きー!って妹が」
「べ、別にそんな表現したことないです」
内心はいつも大好きって思ってるけど、それを外に出したことは無い……はず。
もしかして、あふれ出ちゃった?
「しかし、君の姉は無防備だね。君のセクハラに気づかないなんて」
偶然を装って触ってるのバレてる!?
なんて事だ、あふれ出てたのは欲望だったらしい。
「しかも高身長で綺麗な女性は女性からもモテる。さぞ心配だろう」
「し、心配なんてしてないです。そもそもおに、お姉ちゃんは鈍感だし告白でもされないと気づかないよ」
「告白されるかもね。そんな雰囲気だった」
「ちょっと行ってきます」
「冗談だ。やっぱり心配なんじゃん」
……。
この女、サーブで鍛えたビンタお見舞いしてやろうか。
「武蔵小五郎」
「……」
「君たちのお兄さんだよね。他学年でも知られているそこそこの有名人さ」
「なんで急に」
「急じゃないよ。武蔵なんて名字は少ないし、妹さんかな?とは思ってた。でも本人が来てないから別人の可能性も考えてたけど……彼女が来た」
まるで探偵のように推理を並べる佐藤さん。
「私は推理小説が好きでね。妄想だと思って聞き流してくれていい。普通学校説明会に保護者じゃなく姉を連れてくる事は珍しい。それこそ在学生や卒業生でもない限り。でも、在学生で武蔵なんて名前の生徒は1人しか知らないし、少なくとも5つ上までは私の知る中で彼女を見た事が無い」
佐藤さんの説明は確かに一理ある。
学校説明会では保護者には学費などの話がされる。普通は支払い能力のある親が来るのだが、一部そう言った話が飛ばされる家庭もある。
つまり在学生がいる家庭や内部進学生、卒業生のいる家庭だ。そしてお姉ちゃんの名札は在学生がいると分かる印がされている。
「珍しいだけかもしれませんよ」
「それも考えたが、生徒会長と既知の仲と見える。そして武蔵小五郎もまた生徒会長とよく話す仲である。なんせ噂が立つくらいなんだからね。つまり私の推理はこうだ。武蔵夏輝は武蔵小五郎である。性別がなんて無駄な話はさせないでくれ。彼はハンターでしかもCランクだ。手に入る可能性は十分にある」
「それで何が言いたいんですか?」
「なに、ただ推理しただけだよ。聞いてくれてありがとう。もし私の推測があっていた場合、生徒会長に呼ばれたのもその事だろう。彼女はこの学園の創立者の姪にあたる。情報を知っていても可笑しくない。……ああ、1つ言いたい事があった。10億稼ぐ男性がモテないと思うかい?」
お金目当ての女性にはモテそう。
「今は女性だが、むしろ女性だからこそ人気が出る事もある。特に男関係では元男と言う事で揉めないだろうしね。つまり女性からの人気が出そうという事で……1つと言いながらいろいろ言ったが、つまりやっぱり告白されてるかもね」
「……」
やっぱり行かないとまずいかも。
こんなところで無駄話して、焦げたクッキーを食べてる場合じゃない。
そうだよ。
さっきもバレー見に行って女の子引っかけてたじゃん!
「冗談だ」
「……どこが冗談なんですか?」
「実は何の話をするか聞いてたから内容を知っている。告白じゃないのは確かだし、たぶんもう少ししたら帰って来るよ。君はいちいち可愛い反応をするから見ていて飽きないよ」
こ、この女。
黒こげクッキーを無理やり食べさせようとした瞬間、ちょうどお姉ちゃんが戻ってきた。
右手には屋台のお土産を持って。
「何してるの?」
「実は君の妹がクッキーを焦がしてね。それを私に処理させようと……」
「……トワ、私が食べるからこっちに渡しなさい。佐藤さんに迷惑かけないの」
「違うよ!違うんだよお姉ちゃん!この女が……」
「焦がしたのが恥ずかしいのは分かるけど嘘はよくないよ(笑)」
「うがぁ!!」




