10,学校説明会に参加する……?
いろいろな申請を済ませ、学校説明会当日。
性転換の書類を提出したのが金曜日。その書類の不備などをチェックし、各機関に情報が行きわたるのが土曜日以降で、証明書が送られてくるのは日曜日以降。
つまり、学校説明会当日の今日かそれ以降に証明書が届く訳で……。
「間に合わなかったか……」
学校に提出する書類が完成しない。
事情は学校に報告しているが、書類が完成しないと学校の生徒は男の小五郎なのだ。女性になった夏輝では生徒として入れない。
制服を着たらバレない……なんて事は無い。私立のお金持ちが通う学園は警備も厳重で、生徒は生徒証で認証が行われるのだ。
「……すまん妹、一人で行ってきて」
「……まあね、こうなるかもって思ってたから用意しといてよかったよ」
そう言って渡されたのは―――保護者用の説明案内だった。
え、いやなんで?
「お姉は私の保護者として参加してもらいます」
「いや待って、手伝い頼まれたのに……」
「いいじゃん。事情があるんだし」
いや、それで生徒会長に会ったら後日気まずいじゃん。もう断るメール送ったのに来てたって知られたら―――
―――と言う事で、やってきました保護者説明会。
だって、妹がどうしてもお姉ちゃんと学校を回りたいって言うから。
そんな訳で、妹と違う教室に入り保護者達と一緒に話を聞いているのだが……
「お若いわねぇ、妹さんの付き添いかしら?」
「お綺麗ね、エステはどちら?」
「妹思いなのね」
親世代は自分の子供のように私に構ってくるのだ。
当然同世代は居らず、驚くことに私の席の近くはお金持ちのマダムが集まっている。しかも周りが知り合いだから、新入りの私にばっかり話を振って来る。
「恋人はいるの?」
「いません」
「えー、こんなに可愛いのに勿体ないわ」
「私の息子はどうかしら?22歳で起業してね今年で25になるの」
「今はまだ異性とのお付き合いは……」
「あら、箱入りのお嬢様なのね。うふふ」
―――妹よ、この憐れな姉を助けてくれ。
私の祈りが届いたのか、説明をする生徒が現れマダムたちのお喋りも無くなる。
ただし、説明に来た人物が私にとって最悪だった。
「ごきげんよう、今年の生徒会長を務めさせていただいております東岡詩織です。顔馴染みの方が多く緊張せずに説明できそうです。こちらの皆様は在学生、内部進学生の親族の方となっております。説明もいくつか省略させていただきますのでご了承ください」
そう、生徒会長の東岡さんである。
今朝お断りのメールを送ったというのに、こんな場所で顔を合わせるなんて……。てっきり生徒会長だし見学生の方に行くと思ってた。
でも考えれば普通の事なのかもしれない。上流階級のマダムをもてなす人材は同じ上流階級の人間だろう。
きっと大丈夫だ。私がTSしたなんて知らないだろうし。
後日バレない為にも顔だけは見られないようにしよう。まあ化粧してるし分からないかもだけど。
前に座る少しふくよかなマダムの背に隠れる。
席も後ろの方だしきっと見つからないはず。
……逆に怪しいけど、まあいいや。
「見学生への説明が終わり次第、学校見学とさせていただきます。毎年の事なのですが、中等部より広い敷地に迷うという事が起きます。高等科からは見学に来られる方も多く、お子様から目を離さずに見学を楽しんでください。学校見学の終わりの時間はお配りした資料の―――」
渡された資料を読んでいると視線を感じて、顔を上げると目が合う。
教卓の前にいたはずなのに、いつの間にか近くに来ていたようだ。
東岡さんは少し首を傾げた後、そのまま説明を続けている。
やっばい、顔見られたわ。
「―――それでは、節度を保って学校見学を楽しんでください。学生への説明が終わるまで、もう少しこちらの部屋でお寛ぎください」
説明が終わると、またマダムたちのお話が始まる。
その中に何故か東岡さんも加わり……。
「武蔵さんは小五郎くんのお姉さんなのね」
「え、えぇそうです……」
「小五郎くんはハンターをして居られますのよ」
「まあ!高校生でハンターのお仕事をするなんて凄いわね。うちの子もハンターになるって言ってるのよ」
私は自分の姉と言う事になった。
これ、次学校で顔合わせるときどうしよう……。
いや、大丈夫だ。
トワに化粧してもらったし、服も大人っぽい服で来てるし。似てるだけって言い張れなくもない……たぶん。
「お名前も英雄様の名前に似てますわね」
「きっとハンターになる為に生まれてきたのね」
「あら本当にすごいわね。もうBランクなんですって」
「そういえば、今日お手伝いをお願いしたのですが自己都合で来れなくなったと聞きました。お姉さんは何か聞いていませんか?」
マダムの会話の中に突然、核心を突くような東岡さんの一言。その一言に鼓動が早くなる。
東岡さんにはTSの事を伝えていない。学校には伝えているから知ってるかもしれないけど……まだ、姉として私の事を見てるなら、言い訳はできるはず。
何か疑っているような目で見られ、視線を外したい衝動に駆られる。
取り調べられる容疑者になった気分だ。
「実は先日の依頼でTSポーションが手に入り、弟はそれを使って今動けなくなってるんです」
「へー、そうなんですね」
「ええ、本当なら妹の付き添いは私ではなくこーちゃんがする予定だったんですけどね」
「ふーん」
何故疑いの目を向けられているか分からないが、一応は信じてくれたようだ。東岡さんはそれだけ聞いてマダムたちの話に戻っていく。
「TSポーションなんて凄いわね。私なら売っちゃうわ」
「そうよね。でも、使うなら若い時がいいわよね。おじさんにはなりたく無いもの」
「私が聞いた話だと髪の毛が抜けるとか……。見た目が変わるのは怖いわねぇ」
「あ、向こうも終わったみたいです。私は移動しますね。皆さまごきげんよう」
他の生徒会メンバーが東岡さんを呼びに来たのでそのまま教室の外に出て行った。
私たちはまだ見学生が来ていないので教室に待機し、それぞれで話が続く。東岡さんの次はマダムたちとの会話で、トワが来るまでの間に私の精神力はごっそりと削られるのだった。
――――――――――――――――――――
今朝、一通のメールで私の気分は数段階下がった。
いや、数段階なんてものじゃない。とても、ものすごく、天から地に落ちるくらい気分が下がった。
前日にワクワクして就寝時間が遅くなるくらいには気分が高揚していたのに、起きてメールを見た瞬間には顔から表情が消えた。
自分のことながら、まるで恋する乙女のように浮かれていたのが恥ずかしい。……いや、私は恋しているのだ。と、中学生の時ならポエムにしていただろう。
私、東岡詩織には意識している異性がいる。
推していると言ってもいい。
最初は何とも思っていなかったのに、いつしか目で追っていた。
べつに顔が好みとか、筋肉が好きなんて趣味は無い。
高身長で強面筋肉質な彼は女性からしたら少し怖いと思うだろう。私も最初は怖かったし、学校に来ない事も多く、悪い人なんだって思ってた。
でも、彼がハンター活動していると知って見る目が変わった。
彼は自分の容姿を気にして、女性とは距離を取るし、男子ともあまり仲を深めない。
それが誤解される事も多いけど、彼は学校に来る日はいつも一直線でダンジョンに向かう。
私は、自分の目標の為にそれしか見ずに突き進む彼の姿に憧れた。
その姿に勇気付けられる私がいた。
頑張っているんだって思った時、彼の夢を応援したくなった。
怪我をしたときには心配になったし、嬉しそうな時にはなんだか私も嬉しくなった。
これが好きと言う感情なのかは分からない。
でも、確かに私は彼を意識している。
―――だから、彼の事は何でも知っていると思っていた。
推しの事を調べるのはオタクとして当たり前です。
今年の学校説明会に妹の冬和さんが参加する事も知っていた。
知っていたから彼にお手伝いをお願いした。断らないだろうと思って。
お手伝いを頼んだ彼、小五郎くんは予想通り引き受けてくれたけど……誤算だったのが、もしかしたらお手伝いに来れないかもと言われた事だ。
ハンターとしての仕事があって、長引くと来れないと言われた。まあ仕事なら仕方ないよね、と後方彼女面してみる。
……内心、来てほしいなと期待していた。
仕事は順調に終わったのは知っていて、来てくれると思っていたら今朝のメールである。
学校に行く気さえ無くなった気分で、でもこれは仕事だし私以外の生徒だとマダムたちが五月蠅そうだから行かないとダメだ。
何らかの事情があるんだろう……と、冬和さんのSNSを調べていたらあるアカウントを見つける。
武蔵夏輝というアカウント。
内容は、TSして名前を変えました。
なんの変哲もない……と言うには少しお金のかかり過ぎた最初の文に私は嫌な予感がした。
彼の家族構成は知ってるし、夏輝なんて名前の親族はいない。それにTSポーションは高価でそれこそハンターくらいしか使わない。
そして案の定、彼は彼女になって教室にいた。
彼に姉はいないし、そんな嘘は私に通じない。
彼女の口からTSポーションを使ったと聞いた後から、私はモヤモヤとした感情が渦巻いている事を嫌でも理解した。
このままここに居たらいろいろな感情を抑えられなくなりそうで、呼びに来てくれた友達の甲斐美智留さんに付いて行きその場を後にした。
「はあ~」
「どったの?マダムたちの質問攻めで疲れちゃった?」
美智留に連れて行かれ、生徒会室でお茶を飲む。
私は溜息と共に体を前に倒し、机に寄り掛かる形で俯せになる。机の上にあった書類が落ちるけど気にしない。
今もモヤモヤが心の中でクルクルと動いている。
「朝から元気ないと思ってたけど、お腹かな?」
「違います」
「じゃあこっちだ」
そういって小指を立てる。
一瞬ドキッとしたが、平常を装って首を振る。
美智留は口が堅いほうじゃないし、変な噂が広まったら彼に迷惑をかけるから。
「え~嘘だ~。私知ってるんだからね」
「何を?」
「詩織が~彼の事を~きゃあ~////」
「なっ、なに、を言ってるのかしら?」
モヤモヤの中にさらに情報を投下されて、私の脳内はパニック状態だ。
このままだと失言してしまいそうで、時間を稼ぐために知らないふりをする。
だが、彼女は全部知っているように語り始めた。
「お手伝いを頼んだのに来てくれなくて~」
「いい加減にしてください。そんなんじゃないです。……ただちょっと心の整理が」
少し落ち着いたら考えもまとまります。
彼女が知っていたのは驚きましたが、これがそもそも好きと言う感情かも分かっていません。何も隠す必要は無い気がします。
別にスキャンダルと言う訳でも無いし、ちょっと彼に迷惑がかかるだけ。むしろ私だけモヤモヤするのは不公平な気がしてきました。
「そもそもこれではありませんし、ただちょっと気になるだけで他意はありません」
これ、と小指を立てて応戦する。
彼女に合わせて小指を立てたが急に恥ずかしくなって引っ込める。
「な~んだ。ただの箱入り娘じゃん。うぶだね~……で、彼のどこが好きなの?」
「だ、だからそういうのではなく、これはそう……ッ興味!興味があるのです。彼がどうしてハンターを続けるのか、興味があるだけです」
「ふーん。それで彼が来れなかっただけで凹んでたんじゃないでしょ?だって朝よりもヘナヘナになってるもん」
信じてくれなかったようだけど、私はただ彼に興味があるだけ。
この言葉の通りだけど、人に話す事が大事だと今気づいた。きっと、人に話す事で頭の中の情報が整理されるんだ。
このモヤモヤが何なのか、彼女に聞けば分かるかもしれない。
「……聞いてくれる?大事な話なの」
「うん」
「彼の事考えると心がモヤモヤするの。これが何なのか分からなくて」
そう、今も心がモヤモヤしたままなのだ。
彼と会ってから、いや彼女に会ってからだ。
「え?……うん、愛を知らない悲しきモンスターなんだね」
「彼が彼女になって現れて」
「うん~ぅん?」
彼女になった彼は普通に性別なんて関係ないみたいに場に溶け込んでいた。
同級生には距離を取るのに、マダムとは楽しそうに会話してた。
そうだ、これはきっと嫉妬だ。
学校では一番よく話してた私よりも、今日あったばかりのマダムとたくさん会話する彼。そんなマダムたちへの嫉妬と小五郎くんへの不満がモヤモヤとさせているんだ!
「今わかったわ。このモヤモヤの正体が」
「へ、へえ」
「彼への不満がモヤモヤになったのよ!」
「いや、そうはならんでしょ!」
そうと決まれば、彼に文句の1つでも言ってやらないとモヤモヤが晴れないわ。
ちょうど学校に来てることだし、言いに行ってこよう。
「それよりもっと重要な事が……行っちゃった。彼が彼女ってどういう事?コスプレ?女装趣味?気になる~!」




