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有識者

 8話  有識者   

「楽々入れたね」


「はい、マスター。どこか拍子抜けしてしまいます」



 三年前と変わらない王都、ガルレナの風景に懐かしさを感じながらも、レイは師匠の家を目指す。


 城壁の入国検査で少しは手間取るだろうと予想していたが、レイの身分証と、アリスの仮身分証を見せると、門番の衛兵は気前よく道を開けた。



「師匠は少し路地裏めいた場所が好きでね、しかも空気を読まないんだ。だから家を見たら、多分びっくりするよ」


「それは、楽しみです」



 ガルレナの中でも人通りの多い道から外れて、路地裏を進む二人。

 人二人がギリギリ並んで通れるか怪しいほどに細い道と、水捌(みずは )けが悪く所々存在する水溜りや、建物の隙間を通る川の水音。


 それら全てがレイの昔の記憶を呼び覚まし、懐かしさが溢れ出した。


 (しばら)く歩き続けた先、突然芝生が現れた。


 芝生の先には路地裏には似合わない、壁に汚れ一つついていない一軒家。

 その窓から見える建物の中には、本が積み上がっていた。



「これは…………!」


「驚いたでしょ。入ろう」



 柔らかい芝生に足を踏み入れて、そのままノックもせずに扉を開いて中へと入る。


 紙やインクと、埃の匂いが充満する室内に足を踏み入れると、一歩歩くたびに床の木材が軋む音がする。

 躊躇なく進むレイの後ろを、アリスは周りの屋根まで積み上げられた本を見ながら進む。


 少し奥の部屋へ行くと、ペラペラと本のページを(めく )る音が聞こえた。



「師匠、戻りました」


「ああ、そろそろだと思ってたよ。愛弟子(まなでし )



 そう言うと、窓がある部屋の隅でロッキングチェアに座り本を読む女が振り返った。


 腰まで伸びる茶色がかった髪と、大きな胸を誇張するように、胸より下をコルセットで引き締めた衣装。

 足元まで伸びて、歩けば必ず引きずるであろうスカートは、仄かにだらしなさを醸し出していた。



「初めましてアリスちゃん―――私はメイス・フォン・ヴァイオレット。よろしくね」



 レイの師匠、ヴァイオレット。

 彼女は突然、アリスの名前を呼んだ。



「何故私の名前を…………!」


「知ってるから言っただけさ。私は君の名前を知っているし、知っている事も知っている。きっと愛弟子も知っていただろうし、知っている理由は誰も知らないよ」


「………………?」


「気にしないでいいよアリス。昔からこういう人なんだ」


「流石は愛弟子、私の事をよく分かっているね。知ってたよ」



 一つ溜息をして、レイは辺りを見渡す。



「師匠、いつから片付けしてないんですか?」


「ハウスクリーニングに聞いてくると良い。ここから三十分も行けば店がある」


「半年はしてないですね。師匠、外出ててください」


「助かるよ。私は掃除の魔法は使えなくてねえ」


「知ってますよ」



 よいしょと、二十代後半の外見に似合わない声で立ち上がったヴァイオレットは、読んでいた本とすぐ側の机に置いてある本を持って外へ出た。


 レイはロッキングチェアーに触れて外へと転移させ、それにヴァイオレットが腰掛けるのを見てから窓を開けた。



「アリスも外で少し待っててよ。二十分で終わらせるから」




 ●●●●●●




「やりきった〜っと、思ったより時間かかったな」



 申し訳程度に家にあるはたきや(ほおき)、雑巾などを棚に戻して、バケツに入った水を水道に流す。


 それから一度背筋を伸ばしてから外へ出ると―――爽やかな風と共に、壁に背を預けた状態でヴァイオレットから借りた本を読むアリスが居た。



「――――――アリス、もう中入って大丈夫だよ」


「マスター、お疲れ様です。私は掃除が苦手でして、お手伝い出来ず申し訳ございません」



 見惚れてしまい、すぐに声をかけられなかった。


 少し息を呑んで、何故か少し緊張して声をかけると、アリスは本の世界から現実に意識を戻すように、顔を上げた。



「俺は師匠のこと引っ張ってくるから、先に中で待ってて」


「了解しました、マスター」



 心無しか、アリスの話し方が少し柔らかくなった気がする。


 読んでいた小説の影響だろうかと考えながら、千年前はどのような話し方をしたのか、千年間の一人の時間で話し方が分かったのかなど、考えを巡らせる。



「師匠、片付け終わりましたけど、入りますか?」


「…………ああ、そうか。いや、私はもう少しここにいよう」


「膝掛け要りますか?」


「貰おうか。あと、紅茶も頼む。場所は変わってないよ」


「分かりました。持ってきます」



 室内に戻り、台所へ。

 棚からティーポットとティーカップを取り出して、別の棚から茶葉を取り出す。


 コンロの薪に魔法で着火し、やかんで湯を沸かす。


 ティーポットの網に茶葉を入れてからお湯を注いで一分待つ。

 ティーカップに注いだら、茶葉の隣の棚から角砂糖を取り出して、二つ入れた。


 室内にある小さなテーブルを外へと転移させたら、盆に乗せた紅茶を持って、掃除の際に畳んだ膝掛けを小脇に挟み、再度外へと出る。



「持ってきましたよ。あとは何か要りますか?」


「いや…………大丈夫」


「分かりました。それじゃあ中で待ってますね」



 そう言って、レイは室内へと戻っていった。


 それから五分後、旅の途中の話をしていたレイとアリスを見て、ヴァイオレットはそそくさと家の中へと戻った。

お師匠。

良いじゃないか。

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