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birth pain

 人生に疲れ消滅を希望する主人公遥にとんでもない第三の選択肢を提案する「課長」さんこと中級神。最後に主人公が出した結論とは?

 神様になる?えっ、どういうこと?何を言われているのかさっぱり分からないよ。


 「いやね、天界も結構人手不足でね。で、この不祥事で一人欠員が出ちゃったから、早急に後がまを決めなきゃならないわけ。」


 「課長」さん、きっとボクの事からかってるんだ。そうに決まってる。


 「悪い冗談はやめてください!ボクは人間ですよ。しかも落ちこぼれの烙印つきです。神様の仕事なんて勤まる訳もないし、その資格もありませんよ。」

 「いやいや、人間が神になった前例は確かに多くはないけど、無いわけじゃないからね。ほら例えば受験の神様とかさ。」

 「そんな、ボクと一緒にされたら菅原道真が怒りますよ。」

 「いやー、左遷されて客死したのを恨んで祟るからって神に祭り上げられたヤツよりは、周りに認められなくても黙々と頑張ってきたキミの方が上等だと思うけどね、個人的には。」


 そ、そうかな…いやいやそんな訳ないじゃないか!何を考えてるんだ、ボクは。


 「資格についてはさ、キミは今回の不祥事発覚のきっかけを作った貢献者だからね。上も文句ないと思うよ。」

 「そ、そうかも知れませんけど、神様の仕事なんて全く知らないですし。役者不足もいいとこですよ。」

 「基本的にキミにやって貰いたい下級神の場合、システムの出来上がってる安定した世界の管理をまかせる事になってるから、キチンと目配りして上手く回るように調整してくれれば大丈夫。何人分もの仕事を毎日やってたキミの処理能力なら問題ないでしょ。もちろん神に必要な能力や権限は付与されるし、分からない部分のフォローアップはこっちがちゃんとやるから。頼むよ、オレを助けると思ってさ、この通り!」

 

  そういって顔の前で両手を合わせて頭を下げる「課長」さん。うーん、どうやらこの人本気みたいだ。色々愚痴を聴いてもらった恩義もあるし、困っちゃったな。


 「どうしてもイヤだって言うなら仕方ないけど、消滅なんていつでも出来るんだから、今じゃなくてもいいじゃない。これでも長いこと神様やってるんだから、一応人を見る目はある積もりだよ。遥くん、このヘッドハンティング受けてくれないかな?」

 「へ、ヘッドハンティング?」

 「そうさ、単なる穴埋めじゃあないよ。キミを評価してるから頼んでいるんだ。個人的利益の為にキミを利用しようとした不埒な前任者よりも、キミにはよっぽど神になる素質があると思うしね。」


 評価してる…「課長」さんのこの言葉がカラカラに渇いていたボクの心にスコールのように染み込んできた。


 「それにさ、下界でのキミの能力、本当はかなり高かった筈だよ。」

 「え、そんな筈ないですよ。だってボク部内では仕事出来ないってバカにされてて、課長にも給料泥棒って言われてて…。」

 「じゃ、聞くけど、例えばキミが何件も取ってきた大口の取引のお客さんたち、彼らは何で契約してくれたんだい?」

 「え…上司にはお前は大した実力もないのに悪運が強いと言われました。」

 「でもさ、同じ事が何回か起きてる訳だよね。ソレってただ運が良くて出来ることじゃあないと思うよ。

 それよりキミの仕事がその人たちにとって価値がある。だから受け入れられたって考えた方がいいんじゃないか。自信もっていいんだよ、キミは。」

 「そ、そうなんでしょうか。でも結局ボクの不手際でクレーム入ったって言われて、そのお客さんたちの担当は全部外されちゃいましたけど…。」

 「ま、その辺りはキミを外すカラクリってヤツだろうね。でも担当外れた後も、結局そのお客さんたち関連の事務処理とか全部、キミがサービス残業してやってたんだよね。」

 「ええ、まぁ…。本来自分のミスでこの仕事から外されたんだから、罪滅ぼしに手伝うのは当然だと。」

 「全くヒドい言い草だねぇ。一体どの口が言うんだか。そうそう、今までキミがやってた仕事、いまは3人がかりで何とかこなしてるらしいよ。コレってキミにそれだけの能力があったって事の証明になるんじゃないのかな?」


 ボクの仕事が3人がかり?…ホントに?


 ボク、子供の頃から親や周囲からダメだダメだって言われて、そうなんだろうって思ってた。実際勉強も運動もあんま出来る方じゃなかったし。

 社会に出てからもたまたま運良く今の会社に入れただけで、能力なんかないって親からも上司からもさんざん言われてた。だから他人の何倍も頑張らないと人並みになれないって思ってた。どんな無茶振りな仕事も断らないで必死に頑張ってたんだ。周りの人達はボクのやってることなんか軽く出来るんだろうと信じてた。

 でも「課長」さんのいうことが真実なら、ボクのことバカにしてたみんなっていったい何だったんだろう?考えだしたら、頭の中で世界がグルリとひっくり返っていく音が聞こえて、急に脚の力が抜けてボクはその場に膝まずいた。


 「ボクの苦労って、一体何だったんだ…ボクの人生って、一体何だったんだろう。」


 ずーっと胸の中でわだかまっていたモヤモヤが消えて、代わりにマグマみたいな感情が腹の底からフツフツとわき上がってきた。


 「ちくしょう…」


 自分でも思っても見なかった乱暴な言葉がポツリと口をついた。と同時にボクは見えない大地に右の拳を叩きつけていた。岩を叩くような「ゴツッ」という音がして、腕に鈍い痛みが走る。でも気持ちは収まらなかった。ボクは何に怒っている?


 「ちくしょう。」


 ボクを食い物にしてきた連中か?


 「ちくしょう!」


 それとも見て見ぬふりをしてきた人たち?


 「ちくしょうっ!!」


 いや、違う!何よりもボクは…。


 同じ動作を三度繰り返し、ボクの右手は動きを止めた。いつの間にか拳の皮膚は破れ、赤い血が掌をつたっていた。男にしては小柄で非力なボクにもそれだけの力があったんだ。そう思ったら何故だかボクは少しだけ自分を見直すことが出来た。その様子を黙って見ていた「課長」さんが口を開いた。


 「ここで終わったらキミの人生はただ不幸なだけの人生だ。取り返したいとは思わないか?」


 そうだ、ボクは自分の人生を取り返そうとしなかったボク自身を一番憎んでいた。


 そう、ボクは気づいていた。ボクは知っていた。親が、友達が、上司が、同僚たちが、周囲の皆がボクをいいように利用していたことを。でもずっとその事から目をそらし、素知らぬふりをしてきたんだ。


 最初はボクだって足掻いた。でもその時のボクは子供で親の庇護が必要だった。だから親の言う通りに生きるほかなかった。だけど成長しても、そんな生き方に慣れて、いつの間にかボクは自分の人生を取り返すために足掻くのをあきらめた。自分をダメな人間だと信じ込んで、周りの言うことを聞くしか生きてゆく道はないと自分を騙して、そうやってボクはボクの人生を手離したんだ。


 そしてその事からずっと目を背け続けていた。何をしても認められない、甲斐のない、そんな運命の中でしか生きられない、自分のみじめさを認めたくなかった。でもそうやってボクがボクをあきらめたその時に、もうボクは死んでいたのかも知れない。


 でも今は違う。ボクはその運命から解放されたんだ、皮肉にも身体的に死んだことで。だから今なら出来るかも知れない。うつむいていた顔を上げると、近くでボクを見守っていた「課長」さんと目が合った。ボクの目を見たまま「課長」さんはこう続けた。


 「うちの元部下の言っていたように転生という手もある。キミの功績を考えれば勇者でも大魔導師でも国王でも思いのままだろう。

 だが、どうせ取り返すならもう一段上の存在になって、ドカーンと大きくぶち上げたくはないか?遥くん、キミ、神になって何かやりたいことはないかい?」


 ボクは「課長」さんの目を真っ直ぐ見つめて答えた。


 「分かりました。すこし時間を下さい。」


 そしてボクは考え始めた。不思議な事に自分には無理だとひるむ気持ちはもう全く起こらなかった。何かボクにも出来ることがある。いや、ボクじゃなきゃ出来ない事がきっとあると信じることが出来た。


 そうだ…前世で不当な扱いを受けてきたボクには、弱いもの、虐げられているものの気持ちが分かる。ボクにならそういう恵まれない運命に手を差し伸べる世界を作る事が出来るんじゃないか?もちろん全てを助けられるとは思えないけど、少しずつでもマシな方に世界を変えていけるんじゃないか?


 「おっ、その顔、何か見つかったね。」

 「ええ、まぁ…。」


 ボクは自分の考えを「課長」さんに話してみた。


 「成る程、キミらしくていいんじゃないの(笑)。オレはその方向性、賛成だな。」

 「ありがとうございます!上手く出来るかはまだ分からないですけど、ボク、やってみます!」

 「じゃ、ヘッドハンティング成立だ。新米神様、これから宜しくたのんますよ!期待してるからね(笑)。」

 

 「課長」さんはニッコリ笑ったあと、こう付け加えた。


 「そうそう、キミのご両親とパワハラ上司、キミがいなくなってから、色々とマズい状況になってるみたいよ。宿主のいなくなった寄生虫の末路は哀れなもんさ。ま、今のキミにはもう関係のない話だろうけどね。」

 「ええ、もう関係ないです。ボクはこれからの事考えるので手一杯ですから(笑)」

 「ハハ、その意気だ。そういやぁ、下界出身の神が誕生するのは確か200年ぶり位かな。いやー、めでたい、めでたい!」


 どこから取り出したのだろう?「課長」さんの右手にはいつの間にか大振りの扇子が握られている。パッと開くとそこには真っ赤な日の丸が燦然と輝いていた。おもむろに頭の上にかざしてあおぎ始めると、金色の紙吹雪が春爛漫の桜の花びらのようにぱーっと辺り一面に広がっていく。キラキラ輝くそれは、ヒラヒラと舞いながらボクの全身を包んでいった。(終)

 いかがだったでしょうか?「じゃ、消滅で!」これにて一巻の終わりです。お付き合い下さったすべての方に感謝申し上げます。

 初めて書いた作品なので未消化な部分も多々あったかと。何よりも定番からはずれた心理劇という地味なスタイル(笑)。出来不出来はともかくも何とか無事に形に出来て個人的にはホッとしています。

 本パートのサブタイトル「birth pain」は英語で「生みの苦しみ」を意味します。目を背け続けてきた自らの心の痛み、苦しみに改めて向き合う事で、主人公が新たな自分に生まれ変わる様を一言で伝えられたらと考えて、たどり着いた言葉でした。

 文中で「課長」さんが触れていた遥くんの元上司や両親、そして下界に墜とされた元神様の話も今後書いていければと思ったりしますが、どうなることやら。

 ではまた次回作にてお会い出来たら幸いです。ありがとうございました。再見!

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― 新着の感想 ―
[良い点] いい選択とラストだったと思います。 [一言] これから主人公が幸せを感じたり満足を感じたり、 充実を感じたり、時時癒されたりすることがあるといいと思いました。 ちなみに人間出身の神様と…
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