最終話:柳に雪折れなし
季節が何度か巡った。
図書館の一室、ヘレーネはいつものように、頭にスカーフを巻き、例の眼鏡をかけ、執筆をしていた。
今日の内容は、単なる物語の写経ではない。公的な医療機関から依頼された、治療法のレポートの作成だった。
心的な外傷を負った被害者が、記憶を取り戻すうえで、受け入れられやすい内容に書き換え、そのストレスを軽減するという方法は、彼女と専門家が考案したものだった。フラッシュバックの危険性があったので、今回の改訂によって、本人だけではなく、周囲の人間の接し方についても考察され、レポートに組み込まれたのだ。
まだ日は高かったが、今日の分を書き終えると、ヘレーネは図書室を出た。
道中に、大工たちが工事をしている。あばた面で、やや小柄な男が、多くの荒々しい男たちを従えて、工事の段取りを説明していた。
さらに進むと、公園で、大柄で顎髭を蓄えた、恰幅のいい男が、石板型の魔道具で何か話をしている。
「と、父さん!……助けてください、従業員が皆辞めるせいで、僕の店が潰れまくってて、もうあと小さな商店しかないんだ!……え、僕が悪いって?……そんなぁ!これじゃあちょっとした小金持ちじゃないか。兄さんや弟に負けちゃうよ……」
ヘレーネは、作成していたレポートを、世話になっている専門家のもとへ訪れて提出した。その後、アリスの自宅へ向かっていた。
自宅は古かったのだが、一部が補修されていた。ロータスが自らの手で修繕したのだ、と鼻高々にアリスは語っていた。
彼女はロータスに手を握られ、大きなお腹を抱えて横たわっていたが、明るい声でヘレーネを出迎えた。今週中には出産の予定らしい。
「……お姉ちゃん……元気な子を、産んでね」
ヘレーネはどこか寂しそうな表情で、そう告げた。その表情の意味は、アリスには分からなかった。
(私には……出来ないことだから……)
アリスの家を去ると、ヘレーネに強い向かい風が吹いた。
「……あっ!」
頭に着けていたスカーフが飛んで行ってしまった。
あっという間に空を舞ってしまい、とても追いつくことは出来なかった。
ゴウゴウ、と風が激しく叩きつけていく。ヘレーネはやっとの思いで歩みを進めるのであった。




