第13話 隣に座る資格
領務会議。
シルヴァーノ城の会議室に、各部門の文官や村の代表が集まる月例の報告会だ。
長い楕円形のテーブルの奥にリゼットが座り、その右隣にブレンナー。左隣の席は——本来なら副官が座るべき場所だが、今は空席になっている。前公爵アルベルトの副官が、公爵の死後に辞任したからだ。
俺は末席に座った。
リゼットは何も言わなかったが、会議が始まる前にこちらを一瞥し、小さく頷いた。
頭上の数字、【+5】。安定。
会議は淡々と進んだ。農務報告、治安報告、財務報告。文官たちが順に報告を述べ、リゼットが的確に質問し、判断を下す。
——この子、すごいな。
十六歳とは思えない。いや、前世の俺が二十八年生きて得た判断力と比べても、リゼットの方が上かもしれない。データを正確に把握し、複数の選択肢からリスクとリターンを計算し、決断する。迷いがない。
だが——決断に迷いがないのは、相談する相手がいないからだ。
迷う余裕がないのだ。
財務報告の段になって、文官が厄介な問題を切り出した。
「シルヴァーノ湖の漁業権について、隣領のベルクシュタイン男爵家から再交渉の申し入れがございます。現在の取り分は我が領が六割、ベルクシュタイン家が四割ですが、五分五分への変更を——」
「却下します」
リゼットが即答した。
「しかし、ベルクシュタイン男爵は王都で影響力のある方でして——」
「影響力があるから取り分を増やす、という論理は通りません。漁業権は先代の時代に湖底の浚渫工事をこちらが負担した対価として設定されたものです。その前提が変わらない限り、変更の余地はありません」
完璧な論理。だが——
「恐れながら、リゼット様。ベルクシュタイン男爵はグランツ王家に……」
文官が言い淀んだ。
空気が変わった。
「グランツ王家」——つまりヴィクトール王太子の派閥。リゼットの領地併合を狙っている側だ。
リゼットの表情が一瞬硬くなった。それは俺にしか見えないほど微かな変化だったが——好感度が、ちらっと揺れた。
【+5】→【+4】→【+5】。行って戻った。動揺している。
俺は——手を挙げた。
「あの、失礼します」
全員の視線が集まった。末席の、子爵家の次男に。
「何ですか」
リゼットの声は冷静だが、微かな警戒がある。
「漁業権の件ですが、取り分の変更ではなく、別のアプローチはどうでしょうか」
「別のアプローチ?」
「ベルクシュタイン男爵が求めているのは取り分の『数字』ですが、本当に欲しいのは『利益』だと思います。であれば——漁獲物の加工販売権を共同で持つ提案をしてはどうかと. シルヴァーノ湖の淡水魚は高品質と聞きます。干物や燻製にして王都に卸せば、現在の生魚販売より利益率が上がる。取り分は変えず、パイ自体を大きくする——」
静寂。
文官たちが互いに顔を見合わせている。
リゼットは——無表情のまま、じっと俺を見ていた。
「……続けなさい」
「は、はい。具体的には、ベルクシュタイン領に加工施設を誘致する形で——」
そこから十五分ほど、俺は前世のビジネス知識を総動員して提案を説明した。Win-Winの構造。サプライチェーン。付加価値の創出。この世界にはない概念もあったが、論理そのものは通じる。
説明を終えると、リゼットはしばらく黙っていた。
「ブレンナー」
「はい」
「この提案を基に、ベルクシュタイン男爵への返答書の草案を作成しなさい。レンの意見を反映する形で」
「承知いたしました」
リゼットが立ち上がった。会議の終了を告げる。
文官たちが退室していく中、リゼットが俺の前で足を止めた。
「レン」
「はい」
「今後の領務会議にも出席しなさい。……末席ではなく」
彼女の視線が、空席になっている左隣の椅子を指した。
副官の席。
「え——」
「副官に任命するわけではありません。ただ、あなたの意見を聞くのに末席では不都合です」
それだけ言って、リゼットは部屋を出ていった。
好感度チェック——
【+5】→【+10】
5ポイント上昇。
——隣の席。
リゼットの傍で、彼女の判断を助ける位置。
これは好感度のためにやっているのか? HPのためか?
……違う。
あの会議中、俺の頭にあったのは好感度の数字じゃなかった。リゼットが一人で全部背負っている重荷を、少しでも軽くしたかった。それだけだ。
好感度が上がったのは——結果であって、目的じゃない。
初めてそう思えた。
フィーネが会議室の廊下で待っていた。
「レン。なんかリゼット様、さっき廊下で……ちょっとだけ口角上がってたような気がしたんだけど」
「……気のせいじゃない?」
「気のせいかなぁ。あたし初めて見たかもしれない、あの顔」
フィーネの好感度、【+63】→【+65】。俺がリゼットの役に立っていることを、喜んでくれている。
……この子は、本当にいい子だ。
だからこそ——少し、申し訳ない気持ちになる。
リゼットの隣に座ることに、こんなに心が躍るなんて。
フィーネの前では——まだ、言えない。




