第七話「世の中には言葉があるけど、言葉だけで全ては説明できないときってあるよね」
現状報告☆めちゃくちゃビックリどっきり。
僕に明日の朝は訪れるのか。
もうこんな状況に笑うしかない。意識が缶蹴りみたいにぶっ飛んだ。笑った顔のまま固まってしまっている。
「ラ、ライオットさんだ」
「いや。つうか」
「……………………………………」
僕の時間だけが止まったように喉元すら動かない。
その分、頭は物事を整理していく。
原作知識から優先して訪れたい箇所は王都グリゼリアだ。
まあ、すごい場所に立つすごい都市だ(※割愛)。
原作では学園編の舞台であり、ヒロインや新武器、見たこともない魔物が潜むダンジョンへと、新機能が盛りだくさん追加されるファンの聖地である。
そんな場所に行きたいのだがノール曰く、この街はユグドラシルと言うのだ。
如何せん、王都からは遠くもなく近くもない場所である。
出来る事なら王都について二日ほど語りたいが、もうそれどころではない。
「そういえばよ。おれ、ファルシュのクソ野郎をはめる為に奴が通るルートに、罠をはったんだよ。でもよ、かかったのはアイツじゃなくて」
「それ以上言うな。あの人の才能だ。それに爺がいるぞ、爺だ」
「つうかファルシュどこ行った?」
「ほっとけ。回復しても後遺症が残るだろうぜ、ありゃ」
僕は出来る限りの肉を口にほうばって、物音を立てないよう静かに立ち上がる。
だって、半径10メートル内にライオットがいるのだ。
何処かの王子様みたいな整った容姿と特徴的なオールバック。フルネームをライオット・ヒューア。魔女の使徒であり幹部。
なによりもっとも不味いのは、彼が落ちた穴が僕の開けた穴だと言う事!!
「じじい!! 生きてたのか!!」
すると白いひげを携えた老人にノールは嬉しそうにそういった。
爺さんは赤いスーツに金の装飾を着込み、口から吹かした葉巻はめちゃんこ体に悪そうなやつである。
「そう簡単にくたばるか…………と言いたいとこだが、」
いや待て。原作で見たことがある。
たしか、数年後でも此処で元気にギルドマスターをやっていた人だ。
ライオットと一緒に来たよな?
あと病に伏せていると証言があったのならば。
「ライオットがいなきゃ、オラァ死んでだかもな」
「は、はははは、何よりっす。よいしょっと」
そんなことを言いながら穴から這い上がるライオットだ。
よくわからないが、もしかするとライオットがギルドマスターに特効薬を与えたのだろうか。
だが理由もまったく検討が付かない。
原作では会話をすることなく、寝る隙すら狙ってきたアサシンなのだ。一度、剣を抜けばゲームオーバーになるまで追いかけてきた無音の剣術の開祖なのだ。
ちょうど彼はカウンターに向かっている。
ここから逃げ出すのならば、奴の背中から生まれた死角を通るしかない。つまり今がチャンス!
「あ。報酬くれるっすか? この受付でお金貰う待ち時間が好きなんすよね~俺」
「ふふ、ライオットさん。まずはカードでしょう?」
「もちろんっすよ。ええっと」
また戦闘に入れば終盤主人公パーティーでも勝てない。
というかライオット自体が、メインストーリーでもサブストーリーでも100%出てくるのではない。
彼はどこかの街で一般人に紛れているのだ。
もっとも『魔女の使徒』と敵対しないまではいいとして、問題は敵対したルートである。
無音の暗殺者の正体なんて初見では気づけない。
だが向こうは主人公を見つけた瞬間、人混みに紛れて真っ先に殺しに来るのだ。
ラスボスと比べても遜色のない隠密性と魔力操作。
限定条件でしか加えられない【厄災】を一人用意してやっと互角。
もう二度と戦いたくないランキング堂々のトップである。
街中での初ゲームオーバーが懐かしい。
買い物をしていたら『知らない男』が主人公のHPバーをゼロにしてきた、身の毛もよだつ恐怖体験だ。
格下の雑魚が遅れて自分の死に気づく、戦闘作品あるあるである。
「…………………………」
それは画面の前だからいい。
だが、今は現実だ。
話が180°変わってくる。
気が付けば首がずれ落ちるだと? 冗談じゃない。そんなの考えるだけでどこかに走り込みたくなるというものだ。
「ライオットさん? カード」
「え、えと、」
「カード」
「あ、はい。か、カード」
だが、そんな最恐のアサシンが冷汗を鼻や顎から流していた。
…………なるほど。考えてみればそうか。
ライオット本人がカードを落としたと認識していれば、もっと焦っているはずである。そんなことを思いながら忍び足でギルドの外に出ていく僕だ。
「あ、あはは、ないっす。落としたみたいっすね。再発行なんかは?」
「無理です。再登録も出来ません」
「つ、つまり?」
「二度と、貴方は冒険者として活動できないということです」
「マジっすか!!? あ、ああ、嘘ぉ…………」
思わず膝から崩れ落ちるライオットだ。
さきほどまで見せていた狂気性は影も形もない。ただ張られた罠には必ず当たる、そんな特性を持った妖精さんである。
受付嬢の言葉に感情をコントロールされているのか、次に勢いよく立ち上がるのだ。
「…………と言いたいところですけど」
「!!」
「ある子供が貴方のカードを届けに来てくれました。例外中の例外ですが、これは破棄せず貴方にお返しします。次はないですからね」
すると、脇をしめた両腕でぶんぶんと振るうライオットだ。
受付嬢からカードを震える手で受け取ると、かつてないほど大きな声で涙をぶわっと流すのだ。
「助゛か゛る゛っ゛す゛!!!」
少年が退出した今、この場にいる誰もが彼の正体を知らない。
だが、同僚がいればこんなにオーバーな表現をする彼を見れば目を丸くするだろう。
「はいはい」
「そ、それで、だ、誰っすか? 俺の恩人は」
「うん? そこにいないかしら?」
ライオットはカウンターから身を乗り出したお姉さんの視線を追うが、少年らしき影は見当たらない。
…………………………………………………………。
また今気づいたように目をぱちくりと瞬く。
ライオット・ヒューア。
その観察眼は即座に、そして”奥行き”まで生物の戦闘力をみることができる。
ギルドマスターは除外するとして、ここにいる人たちではあの青髪の男は処理できないことも承知済み。
ではその消えた少年とやらがやったのだろか。
だとしたら、うむ。
「その少年のことっすけど、どんな容貌してたっすか?」
「ライオット。どういうつもりだ」
すると、白い息を吐いたギルドマスターがそんなことを言ってきた。
「いやあ、こんなの初めてっすからなんとも………………でも冒険者としても見逃しちゃいけない感じっすよ。それに、恩を返すのも俺のポリシー範疇っすから」
ギルドマスターから映った自分はどんな顔をしているのだろう。
彼の瞳に反射する白い歯がよく際立つ。
現場の証拠からして、その少年は関わっていい存在なのかわからない。
自分を映した影は見たこともない不思議な笑みをしていた。
…………………ちょっとワクワクする。
普通、魔力を費やせば残痕が染みつくものなのだがそれがない。
青髪の男の魔力痕はあるのだが、それはどうでもいい。
ところどころ余波かなんかで内装はぶっ壊れているが、他の魔力痕がないのを見ると少年は身体強化なんて使ってないらしい。
つまり、素のフィジカル。
…………………果たしてその少年は人間なのだろうか。
別にそこは重要ではないが、出会ったことのない種類だということは確かである。
それにカードを届けてくれるなんてどんな理由なのだろう。
まるで化け物が形のある善意を追っているような感じだ。
なんて矛盾。改めて気になる。
「♪~~♪」
思わず鼻歌交じりに手を叩いてしまう。
一回。
もう一回と床から持ち上がった木片だ。
街の遠くまで耳を澄まして、極限まで強化した聴覚は音波を元に人影を捉える。
こちらから遠ざかっていく人影へと足を向けたライオット。
青髪の男の魔力の残痕を浴びた小さい影に印をつけるのだ。
「…………」
ライオットは歩きざまに財布の中を確認すると、軽くなった足取りでギルドの外へと出ていく。
))))))))))))))))))))
「ッ、!!」
野性的な勘というものは厄介である。
即座に生まれた選択肢だ。
振り返る間もなく、僕は人混みの中で膝を曲げた。
音もないが恐らくとんでもない奴が近づいてきている。
誰かなどという問いは解消済み。
一秒だって地上にいてはいけないという悪寒が背筋を駆け巡る。
だが、どこに跳ぶ?
まず住宅地を荒らすのは論外。
だとすれば空だ。
いや、だが着地は大丈夫なのだろうか。こんな時でもワクワクはしてくる。だが背中を伝う汗が現実を嫌というほど教えてくるのだ。
「ッ、跳べ!!!」
鎖をジャンプ台にした全力の跳躍は容易く上空へと体を持ち上げた。
そんなことはなく。
「君っすね?」
力が抜けたように足場とした鎖から転げ落ちるのだ。
どういう原理なのか。
麻痺したように力が入らない。きっと道端の木と意識を差し替えられたのだ。そう思ってしまうほどの死を感じる刹那、空気の壁を超える鎖が火花に爆ぜる。
「おや、おー、いててて」
加えて「すごい鎖っすね」なんて呑気に感想を述べるライオット。
こちらの台詞である。
素手で魔物すら射殺した鎖を防ぐ奴がいるか。
なんて馬鹿力。
振り返る勇気すら生まれない。ただ出来ることは尽きた。どうする? ここで諦めるのは違う。だがライオットの間合いだ。今の僕では息をすることしか許されていない。
「すんませんっす。もしかして、びっくりさせたっすか?」
だがオールバックの男は地面に伏した僕を持ち上げたのだ。人づきあいが苦手そうな笑みでも、周囲の人ごみは彼に胸を射抜かれていた。
……………………ぼ、僕の鎖でもできないことを!
「ッ!」
そんな心の声が遺言にならないように目をぎゅっとつぶる。
だが剣が突き刺されることもなく、呪いのような妖精の声が蝕んでくることもなかった。
「あの~、ええっと。恩返しがしたいんすけど、どうすかね?」
「………………………………………………………………」
ライオットの両手が僕のボロ布から汚れを持ち去っていく。
正直、この服は顔をしかめるほど匂いたくない。
それでも構わず、ライオットの赤くはれた手はボロ布をはたいていくのだ。変わったにおいフェチというわけでもない。
「じゃ、じゃあ、これで、いい。服。綺麗にしてくれたから」
「え?」
「いや、その、」
原作と同じだ。
ライオットの摩訶不思議な技法が僕の体の自由を奪っている。一ターンだけこちらの行動を抑制する、特異な魔力操作。
また会話の内容からして、変なところで律儀らしい。だが今、ここで深く関わるという選択肢はない。とっととずらかるに限るのだ。それに、きっと漏れ出た言葉は本心である。
「――――ありがとう。それで、もう十分です」
「…………」
彼が剣術を教えてくれることなど万に一つもないことはない。なにより、今後ストーリーを進める上で彼とは敵対することになる。
そんなことを考えるも、しゅるしゅると頭からずれ落ちたフードだった。
「お」
「あ」
視界が明るくなって僕のアホ毛がピンと立つ。
――――変顔、変顔すれば、いけるだろうか。
顔さえ見られなければ、なんとかやり過ごせるという安心材料すら溶けた現在、残された理性はプライドなんて野良犬に食わせてきたのだ。
「あ。いや、無理っす。もう顔見ちゃったっすよ」
「…………あははは」
ライオットは汗をかきながら手の平を扇いでいる。
昭和の漫画みたいな変顔をしていた僕は、肩をマッサージチェアで打たれたみたいに震わすのだ。
いや終わった。ああ、おわったああああああああああああああああああああああ!!!!誰かたすけてええええええええええええええええ!!
………………なんて口から這い出た僕の魂が泣きわめくも、ここで思い知った。
悪役には信頼できる仲間なんていないのだ。
すなわち僕一人で原作に介入しなければならないということであり、そんな夢も希望もない状況にあるのだからもう笑っちまえと思うのである。




