第五話「とりあえず泣かせればいいんじゃないかな」
「返してください」
「驚きもしないんだね。むかつくなあお前。でもいいよ、許してあげる。だってさ、このカードの持ち主ってライオットだろ?」
………………魔女の使徒は身分を隠して日常に潜むのだ。
故に厄介とゲームでも思っていたが、なるほど彼らも苦労をすることはあるらしい。
この男がへらへらとしているのは、彼の正体を知らないから。
といっても僕の額から汗は出てくる。
これは受付に渡して、僕はライオットに出会わないようにしなければならない。
制限時間が見えないというのはこうもハラハラするのか。
「アイツさあ、一週間前、急にやってきてどんどんランクを上げていったんだよなあ。D、C、Bランクってさ。俺、三十年かけてやっとCランクになったのに」
「………………………」
「でもありがとう! これがあればアイツを足蹴にできるよ!!」
「――――――貴方にとって冒険者とはそんなに大事なんですね」
笑顔を張り付けた男は指先すら動かなくなった。
原作ではギルドを利用はするものの、人生を丸ごと捧げるほどの価値はない。
…………まだまだ知らないことがある。
そんな本音から、ふとそんな声が漏れてしまっただけだ。
「…………………………ファルシュ」
「あ?」
さっきまで下を向いて黙っていた長髪の男が立ち上がった。
帰ってきたのは低い声である。
単なる声だけで冒険者たちの食指が止まり、長髪の男の動かす足はぎこちない。
…………これはまずい状況ではなかろうか。
「お前、たしか、名前、名前、ああノールだ!! なんだいノール。君も参加したいとか?」
「………………ふざけんな。お前の趣味を見せびらかされるのはうんざりだ」
「ええーー!!? なんで!!?」
「飯が不味くなんだよ」
「いやいやいやいや、そうじゃなくてさァー」
ファルシュと呼ばれた男は優先事項が変わったのだろう。
ただそれしかわからない。
ずっとニコニコしているけれど、僕から進路を外して歩いていく。
店の奥で構えた受付嬢ですら瞳を硬直させたままだ。
……………………どのギルドにも、ギルドマスターという実力者がいるハズなのだが今はいないのか。
とにかく、ここの管理人である受付嬢ですら介入できないのだろう。
…………数秒ほど硬い足音だけが響く。
ふと耳鳴りがした。
前世、聴力検査でよく聞いた金高い音。
そんな中で剣を抜く音がした。
聞き間違いではない。
室内だろうが関係なく、青髪の男は剣を抜きながら肩を震わせていたのだ。
「ここはー、俺のサーカスなんだよ。お前らは観客。俺はピエロ。それでいいだろう?」
自分がどこに立っているのか忘れるようだ。長髪の男は拳をぎゅっと握り締めているが、足は一向に動く素振りすら見せなかった。
「…………」
「だっ……から………よく。ないっての」
「聞こえないな。もう一度、言ってみて。さあ、ごぉ、よぉん」
さきほどCランク冒険者と豪語していた限り、自分の実力に自信があるのだろう。
それに周囲の反応から一目瞭然である。
青髪の男が秒数を刻むたび、立ち上がった長髪の男の震えは大きくなっていた。
「さんッ、にー」
やはり僕の一言が逆鱗をなぞってしまったのか、青髪の男はぎりぎりと剣の柄を握り締める。
ならばこれは僕の問題だろう。
明らかに、立ち上がってくれた男が僕の身代わりになる必要はない。ここの歴史なんて知らない。ただ怒っていたのは長髪の男も同様だった。
「いち!! ゼロッ!!!」
「お前の趣味は最低だ!!! 餓鬼をいたぶるな!!!」
「そうかそうか!!!」
その怒号が両者から吐かれた瞬間、男の鞘から炎が爆ぜた。
一気に目が覚める。
皮膚を焼くほどの熱量が伝わってくる。
つい瞬きをしてしまうほどの眩い青光を前に、僕は思いっきり膝を曲げた。
……………………一発殴って、逃げるくらいならできるだろう。
だが相手は死線を潜り抜けてきたCランク冒険者。
突進するだけではカウンターをくらわさられるに決まっている。
故に、素人ではない技量が必要なのは明白。
八本の鎖を床から生み出すと、しゃがみこんだ体の節々に巻き付ける。
そんな一連の動作すら一秒にも満たなかったのか、まだ青髪の男は花火の剣を振り上げていた。
「じゃあ死ねよオ!!」
「…………!」
周りの反応に反して、僕はほっと息をつく。
そんな場合ではないのは百も承知。
だが殺す瞬間に死ねというのは、あまりにも三流が過ぎる気がする。狼だって殺す瞬間に叫んだりはしない。
踏み込む余裕も生まれてくるのだ。
………………思いっきりしゃがんだまま『僕がイメージしたとおりに動け』と鎖に命令する。
その瞬間、ヒヨコの頭を触れるような力で床を蹴った。
しゃがんだ姿勢のまま体の制御を鎖に明け渡す。
ギルド内では全力など出せない。
出したところで足場を壊して、体制を崩すだけだ。
なにより僕には武術の心得なんてない。
だが、人の殴り方や体の使い方を見たことはある。
ならばマニュアルで全身を動かすのではなく、あらかじめ入力しておいた一連の動作を出力すればいいだけのこと。
まさに達人級の体術のイメージを八本の鎖に送り込んだのだ。
しかし動きだけでは制圧などできない。
僕がする最善手は人骨を折るほどの力を込めること。
「は?」
初手は男の背面から足元をすくい、そのまま横に半回転する男だ。
この男の体格と僕の体格を比べると二倍近く差がある。
今に決めねば後はない。
逃げようとすればワンチャンスあるのだろうが、相手はCランク冒険者だ。下手に加減なんてすれば最悪、僕はこの男に殺される。
だから狙うは脳震盪。
ゴキリ、という顎先の骨をえぐる感触が残る。
ここで反撃をかますのかと思ったのだが、相手は何もしてこない。
迷うことなく体制を変えて男の腹を蹴り抜いた。
変な感覚だ。これが死線というものなのだろうか、全神経が戦いに費やされ、一挙手一投足が鮮明に意識を駆け巡るよう。
実際に人を傷つけているというのに罪悪感はない。
ただ加速していく。
更に敵の上胸を蹴り、ジャブ感覚で六回ほど殴る。
男の顔を掴んだ後は僕の膝角と激突させた。
ゴキリ、という鈍い音は2秒間で八回ほど。
燃え盛る剣と青髪の男は綿毛のように空中に止まっている。
容赦などしない。する余裕もない。
僕の肩を槍のように突き出して男の背骨を折るのだ。
数か所ほど折った骨が表面の肉を貫通しているのか、男の全身からは血があふれ出していた。
また男の腕を掴んで地面に叩きつける。
ふらっと空中にバウンドしてきた男を、遠心力で威力を増したひじで吹き飛ばすのだ。
トマトを潰すような感じだ。
追うように空中に跳んだあとは、男を馬乗りにして殴り続けた。
ギルドが燃えては困るので花火の剣は鎖でキャッチ。
僕は男の腹をやや強くけると、よく跳ねる男の体に飛び後ろ蹴りを放ってフィニッシュだ。
羽を蹴ったような感触と共に木の壁が粉々になる音がした。
思わず、男の行方を見向きもせずに鎖から剣を手に取る。
「…………あえェ??」
「…………は?」
あの青い炎の剣の原理は『エンチャント』と呼ばれる魔法だろう。
物体と本体が触れ合うことが前提の高度な魔法だ。
壁に背中からめり込んだCランク冒険者は一歩も動かないし、本体との接続が切れたことで剣の炎は消えている。
「あ」
…………だがひゅっと息が詰まって、つい瞬きもできなくなる。
いや冷静になればここまでする必要はあっただろうか。
全身の四肢が変な方向に曲がった男は、血のついた顎をぷるぷると震わせている。
恐らく、生存本能という奴だろう。
火事場の馬鹿力。
脳みそはいつでもリミッターをかけているも、いざという時は打開策を講じるためにそれを外す。
僕の場合は、この体の制御だったのかもしれない。
ならばこそあの男には僕を殺せる手札があったとみて違いない。
しかしゾンビのような男は、腰を地面につけて指先すら動かさないのだ。
足を床につけば顎の力が外れる僕である。
「あ………………………ッ~~~~~~~~~!!」
声にならない悲鳴とはまさにこのことである。
というか、あれは死にかけてないだろうか!? 一応、脈は測るもどくどくと指から振動が伝わってくる。
なんというか僕の接近に気づかないほど、男は朦朧としているだけだ。
いや全身のところどろこから折れた骨が肉を貫通しており、痛くて動けないだけのようだった。
冒険者という一種のプロの集まりでも油断をすればこうもなるのか。
Cランク冒険者は原作にもわりと少なかったと思う。
故にこうなったのは「ありがとう、おじさん。僕を助けてくれて」きっと立ち上がってくれた長髪の男がいたからこそなのだ。
初手で体制を崩せたからこうなれたわけで、隙がなければ不意打ちもできなかった。
僕は床にめり込んだ男の懐からカードを取り出した後、長髪の男に向けてお礼を告げる。
でも長髪の男は口を少し開けたまま、瞬きを繰り返すだけだった。
「………………………………」
「…………プッ」
また何がおかしいのか、誰かの吹き出す音をトリガーに突如として笑いが巻き起こるのだ。
「ふははははははははははは!!」「だあっははははははははは!!」「はははははは、なんだツええなあ坊主!」「おいまだ生きてるか!?」「ありゃ死ぬだろ!! なんだどっかの体術か!?」「長耳もねえ。まじで人間のガキなのによく動く」「あの鎖とかすげえよなあ、俺にもくんねえかなー」「お前じゃ絡まるだけだろ!!」
あまりの騒がしい空気に、僕は息を止めてまず長髪の男に向き合う。
……………………何をどうすれば、こんなことになるのだろうか。
この場の全員が彼に恨みを抱いていた場合、こうなる可能性はある。
しかし前世では人間が満身創痍にされれば、まず加害者に蔑みと畏怖の目を向けるか、とにかく離れようとするものだ。
「あの、なにが……」
「餓鬼にでもわかるように言うとな。俺たちゃ野蛮人だ。冒険に血はつきもの。死体の数も覚えちゃいねえし、倫理なんざその辺の石より軽い」
…………それは、原作では知り得なかった冒険者たちの本性だった。
他のざわめきより長髪の男の一言一句が響くのだ。
僕はきっと、この話にくぎ付けになっている。
「でもな。不思議なもんでよ。未知には胸が躍るし、誰かに褒められればちょいとマシな生き物になった気もする。そこがまあ質が悪い」
長髪の男は屈託のない笑顔でそんなことを言った。
…………そんな普通の人、みたいに。
僕の場合は、きっとああしなければ殺されていたからやっただけだ。いや、だとしても傷つけた事実は変わらない。
多分、僕はこの人たちと同じになりたいくないからそう思うのだ。
「あとな美味い飯が好きだ」
長髪の男は笑って、手元の酒を揺らす。宝石でも見つめるような輝いた目だった。
「――――アイツの趣味は最低だった。餓鬼を八人、ここで蹴って、泣かせて、飽きたらまた蹴る」
「…………」
「あれ達はどうでもいい。どうせ腐ってる。だが餓鬼は違う。あれは”これから”がある。俺たちにとって、一番の未知なんだよ」
長髪の男は巨人みたいな鼻息で笑うと、瞳孔を大きくした。
「だがな。冒険者は同族殺しご法度だ。止めようとした奴は、ギルド内で斬られて…………気づけば治療院行き。そっから先は、誰も知らねえ」
あの男のすることだ。誘拐なんて単語は出てこない。被害者は町から逃げ出したのか、あるいは。
「…………」
「空気は最悪だ。笑うやつも減った。飯も、驚くほど不味くなる」
だが男は酒を勢いよく煽ると、姿勢を低くしてこちらを見る。
「――――――くく! だが、お前がぶっ壊した」
「…………」
まずい。この一瞬が記憶に残ってしまいそうだ。
あんな風に、将来はお酒を飲みたいと思ってしまった。それほどに、男は幸せそうな顔でくしゃっと顔を歪ませるのだ。
つい、大人になるのが待ちきれないと胸がうずく。
「ありがとよ。久々に、まともな味がした。お前のことはなんて呼べばいい?」
「……………好きにどうぞ?」
「? なんで疑問形なんだよ」
…………貴方が思う、僕の印象を読んでほしいと思ったから。
そんなことを言おうとした口は塞がってしまう。
こんな時にでも自分のことを言うのが恥ずかしいのか、しかしこれだけは人間関係の第一歩だ。これだけは譲渡させて頂くしかない。
「その方が素敵だ。貴方が思う僕を名前にしてもらう。これは、きっと忘れない一瞬になる」
「は、そうかよ」
男は少しだけ上を向いて、目線を合わせてきた。
「さっきの動き、一瞬だが見えたぜ。人間の間合いじゃねえ。その鎖もなんかあんな。魔物みてえな理不尽さ、しかも餓鬼」
また一拍。
「――――――魔鬼。安直でいいだろ?」
「はい。では、貴方にはそう呼んでいただきたい」
「おーい!俺たちもいるぞー!!」
「うははは!」
目の前に出された肉で道を塞がれる。
…………長髪の男はノールとたしか言われていたっけか。
眉を上げて肩をすかせれば、何気ない素振りで骨付き肉を差し出してきたのだ。
「ほら。くそ野郎をぶっ飛ばせば腹も減るだろ?」
「え、い。いえ。僕は」
ただこの体はエネルギーの消耗が激しい。
時間がないので、と言い切る前にお腹は鳴ってしまった。それはもう雷鳴の如く、冒険者ギルドの外まで大きくだ。
すると、ギルド内の男たちは待ってましたと言わんばかりに酒を仰いだ。
「うっしゃあああああああ!!」
「よおおし!!飲めえええええええ!!!」
「乾杯ィ!!!」
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
…………………これが冒険者というものなのだろうか。
事実、あの青髪の男は放置したままだ。
前世なら悲鳴を上げるべき場面で、男たちは酒を飲み干し、肉汁が爆ぜるような骨付き肉に齧りついていくのだ。
思わず鎖を地面に戻した。何を隠そうお腹の空きが半端じゃなくなってきたのだ。
「アイツにゃ苦労してたんだ。なんせギルドマスターは病床について、まともな運営もできてなかったからな。Cランクの独壇場よ」
「な、なるほど。しょれは、なんひょも」
僕の口から涎が滝みたいに流れていく。うまく喋れることなんて出来ないのだ。
「は、やっぱ腹すかせてんじゃねえか。あんなかの誰かに食費おっかぶせようぜ。たらふく食っちまえ」
「ッ!!! ッ~~~~~~!!で、でも」
するとカウンターから歩いてきたのか、受付嬢のお姉さんがカードを持っていくのだ。
つい流れるような所作に「あ!!」声を荒げてしまう。
「少年は強いけど、人間の汚さには慣れないとね。…………本当はカードを届けられても破棄する決まりだけど、今回は例外。ちゃんと届けるわね♡」
「は、破棄…………!!」
「人間関係をよく築くことね。情報の鳥は大海原に渡らせておくのをお勧めするわ」
「りょ、了解です!!」
そうして僕は男から渡された肉を眺めると、…………………………奥歯まで深く齧りついたのだ。
肉汁が口の中で弾けて、塩が効いた表面はパリパリ。
日本のスーパーでは売られないような巨大な肉が、受付嬢さんの手でテーブルに並べられていく。
「どうぞ、ゆっくりね。喉には詰まらせないように」
可愛らしいフリルのスカートを流して、そんなことを言ってくるお姉さんだ。
肉に齧りつきながら席に座って、とにかく頷く。
…………胸の中には何かの違和感。
でも、そんな感覚的な杞憂はおそらくライオットさん関連だ。大丈夫。きっと時間はあるのだ。ならばここで腹ごしらえするのも許されるのだ。
「あははははははははっはは!!!」
ギルド内の全員が目を閉じて笑っている間、周囲に木片が飛び散っていた。
木っ端微塵になった机が天井にまで飛んでいく。
足で軽く触れただけのそれは定位置に戻り、けたたましい着地音は冒険者たちの笑い声で消えていた。
…………………………………………あれぇ?




