第一話「悪役やってれば両親からの着信に出づらいものだ」
悪役とは平凡な価値観とは程遠い思考回路を持っている。
悲しい過去があって人生の考え方が変わったりとか、または生まれつきの性格であったりする。
とにかく基本的に善側の主人公と対比しているので、他のキャラからは忌み嫌われ、名前という根本的な設定は自然と覚えられるものだ。
悪役とはその魅力に応じて読者からのヘイトも集めている。
どれだけ長い名前だろうが、また画数が多い漢字が使われようが一語一句いえるほどだ。
しかし、今世の僕”■■■■”は悪役にも関わらず名前がないキャラクターだった。
何を言っているのかと思うが、今しがた自分の名前を言ってみても感触というものがない。
つまりそういうことだ。
郷に入れば郷に従えというし、新しい世界ならばそれに応じた法則があるのである。
■■■■が出演するのは『旅路のプく』というRPGゲームだ。
巷ではオープンワールドとも呼ばれるものであり、プレイヤーは主人公の『プく』を操作して広大な世界を冒険していく。
またオープンワールドというだけあって探索範囲は広い。
広大な平原を駆けるのもよし、冒険者になってダンジョンを巡るのもよし、勉学に励んで学園の教授になったりもできる。
無論、主人公がいればヒロインもいる。
和国や西洋の服装や文化が入り混じり、はたまた、その美貌を求めて争いがおこるほどだ。
そんな魅力的なヒロインと結婚したりとか、またまた子供を作ったりもできる。
ただし、それは生きるのに余裕のある主人公だけである。
悪役である僕には関係のないことだ。
また本作はメインストーリーやサブストーリーが各地に展開されていた。
マルチエンディング方式ながら、奥が深く難易度も高い。
そこで絡んでくるのが『名前のない悪役』である。
平均的な身長ながら狐の如き糸目はなんとも胡散臭い。
現に学園でヒロインと恋仲になろうものなら横やりを入れ、ダンジョンに潜れば出られないように罠を仕掛けてくる。
それでいてステータスはこの世界で三番目に高いのだ。
また奴は主人公のライバルポジションなのだろうかと思わせる台詞も残したりする。
今作のテーマが旅なので主人公が無双をするという設定なぞないのだ。
まずゲームで戦うことがあれば勝ち目なんてなかった。
奴はストーリーでもやりたい放題である。
世界でも希少な魔眼保有者であり、特別な鎖を生まれながらも手にした圧倒的強者。
彼の前では人間なんて雑草と同じ価値であり、この世界なんて自分の箱庭としか思っていなかった。
もう勘のいい人にはお分かりだろう。
悪役とは物語の重要ポジションであり、あっさり死ぬのが鉄則である。
それは彼とて例外ではなく、ストーリーの中盤にて知らぬ間にラスボスに殺されていたのだ。
いや殺されるだけでは飽き足らず、彼の保有する特別な力をごっそりと持っていかれる。
そんなラスボスの育成素材である彼だが、今世の自分でもあった。
また彼に名前のない理由だがもちろん、適当な設定ではない。
その詳細はまた今度にするとして、名前のない悪役は作中でもトップクラスの実力者なのは確かだった。
さてどうしようと考える。
あたふたしていたら時間なんて過ぎていくのだ。
………………というかまず、彼と同じことができるのだろうか。
いやできないなんてことはない。
公式設定の通り、名前のない悪役は捨て子なのだ。
さきほど泣いても両親の陰すらなかった。
要するにこのボロ屋がスタートラインであり、彼はこのドン底から上り詰めたのである。
それは幼児期からでも生きていける力があったということの裏返し。
空腹でお腹が悲鳴を上げようが、とにかく小屋から外に出る。
幼児の体ということだけあって紆余曲折あったが、ふさふさの草むらへと腰を下ろせた。
ここなら下手なことをしても問題はあるまい。
今日を全力で生きているこの世界の住民にとって、夜更かしという選択肢はない。
今は真夜中であり月明りや星々だけが視界に存在している。
「…………だっ!!」
原作において、彼は生まれながらに鎖を持っているという証言があった。
ならば出せるはずだ。いや頼むからださせろ。
流石に原作知識あろうとも、無力な幼児一人では即座にゲームオーバーである。
「でよ、でよ、でよ!!」
呂律の回らない舌で『出ろ!』と口にするも周囲に変化はない。
ただ、その声に寄せられてきたのだろう。
近くで草むらを踏む音がした。
…………冷汗が背筋をべったりと濡らす。
現代日本で過ごしていた癖が取り切れてなかった。ここは魔物が蔓延るファンタジー世界である。当然、夜中に叫べば察知されるだろう。
…………待ったは効かない。
一歩。
また一歩と近づいてくる黒い影。
「あ…………」
次第に大きくなってくる足音に体が硬直してしまう。
…………ごくりと唾を飲む。
そもそも振り返ることすらできない。動けば終わると肌でわかる。
だが絶対に何かきているのだ。振り返りたくもなる。
その矛盾が、一番怖かった。
またそれが目を血走らせ、涎を口から垂れ流した狼だと気づいた頃には。
「――――――」
「ッ!!」
かつてないほどに心の中で叫んでいた。
出ろ!!!
たった、二文字。
しかしそれがトリガーとなったのか、じゃりじゃりと鎖が引きずられる音がした。
「………………うぇ?」
思わず閉じた目を開けば、狼の体は止まっている。
荒々しかった呼吸も落ちついてくる。
いつの間にか地表から噴出していた八本の鎖は、いとも容易く狼の体を頭部からつま先まで貫いていたのだ。
魔物は死ねば、元となる魔素となって空気に霧散する。
周囲には黒い灰が舞い、全長で二メートルほどのある巨体すら一瞬で消えていった。
「………………っぷは、はあ。はあ、はあ」
硬直していた力が一気に解ける。
な、なるほど。
落ち着け。
今しがたおこったことを整理するに、心の中での詠唱が引き金となるのだろうか。早くしないと恐らく第二弾がくる。いや、こないことを祈ってはいるが。
…………とにかく目を閉じよう。
こうも意識が乱れていてはろくな仕事もできない。
夜の空をぐっと見上げて、出ろ、と心の中で叫ぶのだ。
またしばしの無音が辺りを支配する。
…………鎖が出ている気配なんてない。もしかして、鎖の出る条件があるのだろうか。
そんなことを思って瞼を開ければ、夜の空に一本の光が伸びていた。
…………いや、光ではなく鎖である。
背後を振り返れば、後ろの地面から一本の鎖が際限なく噴出していたのだ。
あまりにも高くまで伸びているので正確に視認できなかったのである。
「…………」
…………近くに足音はない。
それについては朗報だが、雑念など今しがたの興奮で忘れてしまった。
お腹が空いて力尽きるなんて未来も、ここが山の中で魔物がわんさかいることだって頭から消えていく。
僕はただ肩を下ろして夜の空を飛んでいく鎖を眺める。
右、左、もっと速くと好奇心のままに心で唱えるのだ。
あの鎖が心の声を受信しているのは確かなようで、そんな命令にも答えるように空へと伸びていく。
「………………」
魔法なんてものが使えれば、正直あまりの歓喜に飛び跳ねると思っていた。
もはや圧巻としか言いようがない。
大きく目が見開けば自然と笑みが弾けてしまう。
体中から力が抜けて、数十分は鎖の操作に夢中になっていた。
おかげ様で鎖の詳細はつかめたが、あまりにも背中が重くなって倒れてしまう。
「………………はふ。は、きゃ、きゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!」
興奮した余韻が消えてからは、周りのことなんか気にせず笑ってしまう。
これが魔法だ。魔法なのだ。
また原作において鎖の使用には魔力の消費はなかった。
だがお腹の音がするまで、きっと永遠にそうしていたのではなかろうか。
「…………」
…………一度、大きく深呼吸をする。
そう、ここは旅路のプくの世界なのだ。
今ので更に実感が強くなった。
この世界には、鎖だけではなく使える魔法は山のようにあるのだ。
バリアを張れたり、炎を生み出したり、魔法で雨を降らせることだってできる。
死ねば灰になる生物や、行くところまで行けばドラゴンだっている。
できることは数えきれないほどある。
この世の何処かにいる召喚獣と契約を結ぶこともできれば、いつか空を飛ぶことだって夢ではない。
虹を鉱床にした天空の城や、神都と呼ばれる大迷宮もある。
僕はそこに行けるのだ。いつかそこで旅をして、原作メンバーとも関わりになれるのだ。
「きレい」
見上げた夜の星々は地上すら光源に変えるほど美しい。
…………もっと、この世界を堪能したいと思う。
しかし今世の自分は悪役である。
堪能する前に死ぬのがオチなのだ。
この世には安全な法律がない以上、誰にも邪魔されないほどの力がいるだろう。
「………………」
ふと思ったのだが、魔眼はどうやって使うのだろうか。
原作での彼が糸目だったのは常時魔眼を発動しないための処置である。
ならば目をひらけば、使えると思っていたのだが。
「あーう…………」
やはり、魔眼の方にもちゃんとした手順があるようだ。
まあなんにせよ悪役として生まれ落ちた以上、強さは必要だろう。
どこにいこうが魔物も闊歩しているし、旅路のプくには【厄災】と呼ばれる者たちがいた。
判りやすく理不尽を冠するキャラである。
世界線を行き来する歯車の勇者や、時空を操る白亜の魔王もいる。
都を覆いつくすほどの巨体を持った大クジラもいれば、月に封印された魔女だっているのだ。
むしろなんで世界が滅んでないのかというほどである。
いや、下手に放っておけば本当に滅びるのだが。
メインストーリーではおおよそ彼ら【厄災】に関するものばかりであるが、僕自身がストーリーに介入しないように立ち回ることもできる。
だがそうした場合、世界はどの方向に向かっていくのだろう。
思わず目を閉じたまま真っ暗な世界で考えてみる。
たしかに主人公サイドのキャラたちも規格外である。
【厄災】を冠する存在達がたいていヒロインなのだ。
…………とにかく自分に降りかかる死亡フラグはもちろんのこと、下手をすれば主人公やヒロインが死にかねないのでは?
なにせ原作にはバッドエンドルートが三十通りほどあった。
前世はこのゲームのオタクであり、主人公やヒロインの大ファンだったのだ。
彼らが死ぬのは我慢ならない。
それにこの世界を探求したいという思いも嘘ではない。
…………ならば、やはり必要となるのは力だろう。
何者をも寄せ付けぬ力。
例えば、未来で僕を殺しにやってくるラスボスとか、そんな奴をコテンパンにできるほどの力がいる。
すなわち、最強にならなくてはならない。
「…………」
ここまできて割と重い言葉だと思ってしまう。
まだ直接は見ていない世界で、一番を取ることができるのか。
無論、できる可能性はある。
ラスボスが追い求めた力の本流、それが僕の瞳に宿っているのだ。
魔眼の使い方はこれから確かめていけばいい。
あの鎖だってただ飛ばすだけではないし、この体のポテンシャルは原作でチート性能を誇るキャラたちにも劣らないだろう。
また彼らがどれだけ代償を経ても知り得ない知識もあるのだ。
より効率よく強くなるための手っ取り早い方法や、この世界では誰も知らない隠しダンジョンの場所だってわかる。
ならばできない話でもないだろう。
……………なんだかわくわくしてきた。
すると冷静な自分が『これでいいのか』と最終確認のように息を吸って、閉じていた両目を開くのだ。
自分が今、どんな顔をしているのかわからない。
だが視界は星の光で眩んでいる。
僕はこの世界で最強となり、主人公たちをハッピーエンドに導くのだ。
ああ、後悔しないと誓える。
誰かの為であり、自分の為でもある生き方は素晴らしいものだと思う。
この世界を今からリアルで探求できるからか、それとも、推しだった主人公たちを実際に見ることができるからか。
もし主人公たちがピンチなら陰ながら助け、彼らとお付き合いできるのならばしてみたい。
そして、世界を果てまで探求するのだ。
この世界での悪役だろうが関係ない。
立ち塞がる死亡フラグもなんだろうと根こそぎねじ伏せるのだ。
本作を読んでいただきありがとうございます。
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