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ブラッディ・トリガー  作者: ホッシー@VTuber
第二章 ~真夜中の仮面舞踏会~
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第101話

 私を先頭に第一体育館方面へ廊下を走る。曲がり角まで残り50m弱。普通に走れば10秒経たずにたどり着ける距離であり、吸血鬼の身体能力を全力で発揮すれば5秒すらかからないだろう。

 しかし、そうすれば後ろを走っている長谷川さんを置いて行ってしまい、作戦が成り立たなくなる。それに加え、曲がり角から次々とヤツラが現れ、こちらに向かって突進してきていた。

「残り3分!」

 後ろからカラン、と何かが落ちる乾いた音が2回。そして、幻影(ファントム)さんが最速で到着するまでの時間を言いながら長谷川さんが前方に迫るヤツラへ銃弾の雨を浴びせる。おそらく先ほどの乾いた音は走りながらリロードを行い、空になった弾倉を捨てた音だったのだろう。

 だが、襲ってくるヤツラの数が多い。2丁の拳銃で撃ち続けても処理しきれず、先頭を走っていた羊の頭にゴリラのような巨体を持つヤツラが私の目の前に迫る。

 目的地にたどり着くまで長谷川さんの拳銃の腕を頼ったのは事実。彼女がいなければヤツラの波に飲まれ、一瞬で殺されていただろう。

 でも、だからといって彼女に全てを任せるつもりは毛頭なかった。

(私、だってッ!)

 思考を加速。体の速度はそのまま。

 動きが遅くなったヤツラの懐へ潜り込み、右手を握る。

「ッ――」

 息を短く吐き、腕を引いた後、全力で前へ突き出す。

 私の拳を胴体に受けたヤツラは体をくの字に曲げ、後方へと吹き飛んでいく。その途中、後ろを走っていたヤツラを巻き込み、曲がり角の壁に激突する前にその体を塵に変えた。私が殴ったヤツラになぎ倒されたヤツラはさすがに死ななかったが、体を起こす前に長谷川さんにトドメを刺される。

 前方に敵はなし。私たちは息を吐く間もなく、曲がり角を目指して前に進む。後ろからヤツラが私たちを追いかける音が聞こえるからだ。

(それに加え……)

 後ろを気にしながら東棟の廊下へ視線を向ける。その窓の奥ではこちらに向かってくる影がいくつも見えた。このままだと曲がり角の先で鉢合わせるだろう。

(それでも!)

 そう、それでも前に進まなければならない。ここで立ち止まったら西棟、東棟から挟み撃ちにされて捌ききれなくなり、私たちは死ぬ。それだけは避けなければならないのだから。

「来るよ!」

 長谷川さんに声をかけると同時に私は曲がり角を曲がった。もちろん、東棟からこちらに向かってきたヤツラも反対側の曲がり角から顔を覗かせる。

「掃討します!」

 それを視認した長谷川さんは走りながら拳銃を構えて連射。走っている分、銃口がぶれるはずなのに彼女の銃弾は的確にヤツラの脳天を撃ち抜いていく。一体、どれだけ鍛錬を積めばこれほどの正確な射撃ができるのだろう。

 もちろん、脳天を撃ち抜いても死なないヤツラもいるが、そういう相手には数発の弾丸を撃ち込むことで対応している。彼女のゴーグルが情報を伝え、必要弾数を瞬時に判断しているのだろう。

「リロードします!」

 彼女のおかげでヤツラが消え、私たちは曲がり角を曲がって東棟へと到着する。後ろで長谷川さんがリロードする音を聞きながら視線を動かし、ヤツラの姿を探した。

 まず、後方。西棟にいたヤツラが私たちを追いかけてきている。その数は30を超えており、お互いの体を押しのけ合いながら前に進んでいる。まともに相手をするには骨がいる数だ。

 次に前方。東棟の廊下には数えられるほどのヤツラしかおらず、駆け抜けるなら今だろう。

 そして、問題の中庭。パッと見ただけでもヤツラが出現する前兆である紫色の靄がいたるところで発生しており、数秒後にはあそこからおぞましい咆哮が轟くだろう。

(でも、予想以上に数が少ない)

 これまで私たちの前に立ちはだかったヤツラの数は20程度。明らかに西棟よりも数が少ないのだ。もしかしたらグラウンドで暴れている音峰先輩の方に吸い寄せられているのかもしれない。

「リロード完了しました! 弾倉、残り4!」

「くっ」

 長谷川さんの拳銃はそれぞれ10発の弾が装填できる。屋上からここに来るまでリロードした回数は2回。最初の弾倉を含めれば6個――60発を使い切ったことになる。おそらく弾切れの危険を考慮して多少、弾倉に弾が残っていても取り換えていたはずだ。

 残り弾数は60発。東棟にたどり着くだけで半分の弾を使ったことになる。これ以上の消費は望ましくない。私が考えた作戦が成功してもヤツラを処理するため、長谷川さんの拳銃が必要であり、使い切ってしまっては意味がないのだ。

「ッ! 階段からヤツラが出てきたよ!」

 しかし、そんな事情などヤツラには関係ない。戦闘音を聞きつけたヤツラが階段から姿を現した。

使う(・・)? ううん、まだ!)

「長谷川さん、半分くらいお願い!」

「はい!」

 走りながら叫ぶとすぐに銃弾が飛んでいき、こちらへ向かおうとしていたヤツラが倒れていく。

 だが、階段から次から次へとヤツラが降りてきてすぐに私たちの方へと向かってきた。それに加え、渡り廊下から中庭や西棟にいたヤツラが顔を覗かせる。

 長谷川さんの銃弾は有限だ。ここで使い切るわけにはいかない。

「影野様!」

 その時、後ろを走っていた長谷川さんが私の名前を呼びながら一発だけ発砲する。その弾丸はヤツラには当たらず、前方の天井へと刺さって小さな穴を開けた。




装填(セット)!」




 それを見た私は迷わず、左腕を前に突き出して『コマンド』を口にする。そして、私の左腕に沿うように青白い矢が出現した。狙いは真正面。照準を合わせる必要はない。

射出(シュート)!!」

 その『コマンド』と共に左腕の矢が射出された。矢の行く末を見守るため、意識を集中させて思考を加速させる。

 まず、青白い矢は真正面にいたヤツラ全員を貫いた。また、矢の勢いが凄まじく、直接当たっていない個体も余波で吹き飛び、その体を塵にされる。最終的に矢は廊下の壁へ着弾し、第二体育館と同じようにガラガラと音を立てながら崩れた。

 なにより、恐ろしいのがこれほどの威力があるのに放った私に反動が一切ないこと。そのおかげで態勢を崩すことなく、廊下を走り続けることができた。

「前へ!」

 前方にヤツラの姿はなし。数秒後には階段や渡り廊下から補充されるだろうがチャンスは今しかない。私は速度を落として長谷川さんを前に行かせる。ついでに後ろの様子を確かめるためにチラリと振り返った。

(足を止めてる?)

 どうやら、幻影(ファントム)さんの矢に驚いているようで後ろから追いかけてきたヤツラは足を止めている。それなら好都合だ。私も立ち止まり、ヤツラの動向をうかがう。

 そんな私を見て正気に戻ったのか、ヤツラは再び動こうとした。

装填(セット)!」

 すかさず、『コマンド』を口にしてヤツラに向かって左腕を向ける。先ほどの惨劇のせいか、またヤツラの動きが止まった。

「影野様、お願いします!」

 少し離れたところから長谷川さんの声が聞こえる。それと同時に数発の発砲音が鳴った。

 稼いだ時間は数秒。でも、そのおかげで全ての条件が整った。

「――ッ」

 思考を加速させて体を翻す。後ろのヤツラが動き出す気配がしたが、構わず前を見据えた。

 視線の先では渡り廊下正面よりも奥まで移動した長谷川さんが片膝を付いて階段と渡り廊下から顔を出したヤツラを撃ち抜いている。

 さぁ、ここだ。この一瞬で全てが決まる。気張れ、私。

 私以外の動きが遅くなった世界で走りながら左腕を前に突き出した。そのまま吸血鬼の身体能力を全開にして跳躍する。

 そのあまりの脚力にリノリウムの床が爆ぜ、私の体は地面を掠るように前へ突き進む。更に体を横に回転させて真上を見た。廊下の天井が滑っていく中、左腕を伸ばしてその時が来るのを待つ。




 そして、先ほど長谷川さんの銃弾によって天井に空いた穴が見えた。




射出(シュート)!!」

 その穴に向かって私は青白い矢を放ち――矢は天井に直撃した。

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