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0‐AXIA  作者: 和和和和
恋詠カレンダー
3/30

白銀の闇






「あ~今日も疲れた」


 一日の授業を終えた恋詠は、帰宅の準備を整え学校の玄関を出る。

 夕日に照らされる学校の敷地を校門へ向かって歩いていると、そこから見える校庭では陸上部が練習を行っていた。


「恋詠、今帰り?」


 その場に立ち尽くして陸上部の練習を見ていた恋詠は、あらぬ方向からかけられた親友の声に振り向くとそこには体操着に身を包み、肩にタオルをかけて手に水の入ったペットボトルを持つ麻衣が立っていた。


「びっくりした。今休憩中なの?」

 突然声をかけられて驚いた恋詠が尋ねると、麻衣は「そうだよ」と笑い、手に持っていたペットボトルから水を一口飲む。


「さっきまで校庭を何周も走ってたんだ」

「大変だね。運動部は」

 恋詠の言葉に、麻衣は少し考え込むようにしてから困ったように笑みを浮かべる。


「まあ、大変と言えば大変だけどさ……頑張って自分の力が伸びていくのはすごく嬉しいんだよ。『ああ、自分はこんなに成長したんだな』って。――恋詠も何かやってみたら? 運動じゃなくてもいいから」

「う~ん。私はいいよ。そういうのに執着ないし」

 麻衣の言葉に、恋詠は言葉を濁しながら答える。


 恋詠はお世辞にも運動が得意では無い。決して運動音痴というわけでは無く、平均的な身体能力なのだが運動そのものが好きになれなかった。


「まあ、そういうのは個人の好みだからね。恋詠は自分のやりたいことを見つけてやればいいよ」

 そんな恋詠に肩を竦めて苦笑した麻衣は、優しい声で応じる。


「さて。そろそろ行きますか」

 恋詠の傍から離れ、部活に戻ろうとした麻衣は数歩踏み出して脚を止める。


「――? 麻衣、どうしたの?」


 麻衣が脚を止めたことに気づき、疑問を覚えた恋詠が振り向くと、そこには異様な光景が広がっていた。


「え?」


「な、何? これ――」


 人が消えていた。


 今まで確かにいた筈の部活動をする生徒達や先生が誰一人として消え、不気味な静寂が周囲を包んでいる。


「なんで? さっきまで、あんなに人がいたのに……」


 目に映る光景に変わったところは何も無い。

 いつも通りの景色。いつも通りの風景。見慣れたはずの生活感のある学校から忽然と人が消え異様な空間に、恋詠と麻衣は本能的な恐怖を覚え、全身から体温が抜け落ちたような冷たさを感じる。


「一体何が起きてるの?」


 突然起きた異様な状況を呑みこめない恋詠と麻衣は身を寄せ合い、自分達の身に起きていること懸命に整理しようとする。


 しかし、それが無意味であることも恋詠と麻衣は心のどこかで分かっていた。

 今現在自分達の身に起きていることは、明らかにこの世の常識を外れた現象だと、第六感ともいえる感覚が理解していたのだ。


『違うな。いなくなったのは君達のほうだ』


 しかし次の瞬間、恋詠と麻衣の疑問に答える声が、空間を満たすようにどこからとも無く響く。


「なっ、何、この声?」

 周囲を見回し、誰もいないのを確かめた恋詠は、どこかから聞こえるその声に恐怖に震えた声を発する。

 まるで精神の均衡を保とうとするかのように言う恋詠に倣うように、麻衣は震える自分の手で怯える恋詠の手を握り、体温を確かめ合う。


 一秒が一分にも感じられ、自分達の鼓動が大きく聞こえる静寂の中、誰もいない校庭に黒い円が無数に出現する。

 その中から現れたのは、全身が真っ黒に塗り潰された人型の存在だった。


「な、何!?」


 突如現れた十数体ほどの人型を見止めた恋詠は、思わず引き攣ったような声を発する。


 それは形こそ人型をしているが全身が黒一色で顔は白い仮面のようになっていてそこに円形にくりぬかれた眼や口らしきものがあるだけで表情や感情を感じ取る事はできず左右に小刻みに揺れながらゆっくりと距離をつめてくる。


「恋詠」

「麻衣」

 その姿に恐怖を覚え、手にしていたペットボトルを落とした麻衣だったが、それでも最後の勇気を振り絞るように恋詠を庇う。


「逃げるよ」

「う、うん!」


『逃がすと思うのか?』


 アスリートだからか、恐怖に駆られていながらも、混乱してはいない麻衣は、どこか冷静な部分で周囲に視線を配る。

 そんな麻衣の抵抗を嘲笑うように、どこからともなく低い男の声が響く。


「……っ」

 それを証明するように、黒い人型の異形達は、ゆっくりと手を伸ばす。


『心配しなくてもいい。危害を加える気は無い』


 十数体の黒い人型の異形が手の延ばす先には麻衣がおり、その挙動に目を光らせているように見える。

 その様子から人型の異形たちとその声の目的が麻衣にある事は、恋詠にも麻衣にも一瞬で容易に理解することが出来た。


(何これ!? 一体何が起きてるの!?)


 しかし、それが分かっていても、恐怖に震える身体で恋詠ができる事は何も無かった。

 ただ恐怖に混乱する頭にはどうしてこの状況になったのか分からないままで、ただ「なぜ」「どうして」を反芻することしかできない。


 そんな恋詠の恐怖を煽るように、徐々に迫る黒い人型の異形の人間と同じ五本指の手が一斉に麻衣に伸びてくる。

 それを見て取った恋詠は、心臓を鷲掴みにされるような息苦しさを覚えながら、無意識に零れてきた涙で濡れる目に映る光景を拒むかのように強く瞑った。


「――!」


 しかし次の瞬間。ガラスの割れるような音とともに空が割れ、その中から一つの影が飛び込んで来たかと思うと同時に黒い人型の異形が一気に吹き飛ばされる。

「く……っ」

「きゃあっ」

 それによって生じた衝撃波の風にさらされ、恋詠と麻衣は身を寄せ合ったまま、吹き飛ばされないように踏みとどまる。


「ようやく見つけた」


 恐怖で目を閉じ、全ての景色を遮断した恋詠の耳に、その声ははっきりと聞こえた。

 それは今まで響いていた声とは違う不思議な安心感を伴った男性の声に導かれるように、恋詠は閉じていた目をゆっくりと恐る恐る開く。


「――ぁ」


 その瞬間、恋詠の口からは自然と声が零れていた。


 自分自身でも音になったかどうか分からない声を発した恋詠の視界に映るのは、夕日を反射して煌めく白銀色の髪を持った人物だった。


 その身に纏う黒い衣装の裾を翻らせて佇むその人物は、恋詠が今朝見かけた少年であり、自身が推すスマートフォンのゲームに出てくる登場キャラクター「暗城黒須」そのものの人物だった。


「黒須、君……」




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