偽装の理想
「……は?」
目の前で起こった事態を、アキラの脳はすぐに処理出来なかった。
つい先程まで、明らかにこちらが優勢だった。飛来する刃鱗を封じ、純と東条という、東京支部パワー最強コンビによる挟撃を決めた。東条の壊力と純の杭。この二つを同時に受けて耐えられる魔術師はいない。
その筈だった。だが現実にはーーレイノルズは平然と立っていて、攻撃した筈の純と東条が、逆に倒されている。挙句、刃鱗で三船までやられた。
レイノルズが純と東条の攻撃を受けて無事な理由。それは、エリアルド・ハートレイの刃鱗鎧の奥の手にある。
「危ねぇ危ねぇ……『爆砕鱗』を写せてなかったら、今ので死んでましたよ」
爆砕鱗。刃鱗装着中、刃鱗で受けきれない強い衝撃を受けると『自動で』発動する技。
その性質は、『近距離に対する自動カウンター』。
衝撃を受けると、表面の刃鱗が爆発し、ダメージを軽減する。同時に爆ぜた刃鱗は無数の刃となって爆風に乗り、攻撃された方向へ飛んでいく。結果、攻撃した側は渾身の一撃を放ったその身を、細かい刃で切り刻まれる事となる。
余談だが、この技は『新世界への引き金』隊長バーン・ストレリアが、自身の体に巻きつけた爆弾で防御をしていたのを参考に、エリアルドが開発したという経緯がある。
つまり純と東条は、この自動カウンターにより、逆に倒されたという事だ。
「……これで終わりですかい? 流石に今の東京支部に、エリアルドの旦那から写すのはやり過ぎでしたかねぇ……っと」
愉快げに頭を掻くレイノルズに、アキラは薙刀を突きつける。呼吸は乱れ、手足は震え、不恰好極まりない。
それでも武器を下さないアキラに、レイノルズは怪しげに笑った。
「来ますかい? あっしとしちゃあ、なるべく手荒な事はしたくないんですが……」
「うるせぇ……」
協会で、今動ける四人が自分を除いて全滅した。なら、自分がやるしかない。
何しろ今のアキラには、どうあっても退くという選択が出来なかった。
「お前、さっき自分の目的を話さなかったよな? けどよ……オレたちには見当がついてんだよ」
「へぇ……?」
「俺たち東京支部にいた海城建設の令嬢……維月姉だろ」
レイノルズは暫くアキラをじっと見つめた後ーー肩を竦めて、ヘラヘラと笑った。
「そうだと言ったら?」
アキラの体内で、激しく熱が燃え盛る。彼は考える間もなく、レイノルズに向かって行った。
「殺す!!!!」
しかし、純たちの攻撃を凌いだ男を、アキラ一人で対処出来る筈もなく。
飛翔鱗によって近づく事を阻まれる。レイノルズまでの道を阻むような動きに、『お前一人ぐらいいつでも処理出来る』、暗にそう言われているようだった。
刃鱗鎧の一部が欠け、私服が露出していた。そこは純と東条が攻撃した部位だ。
「……何だろうな。やっぱりアンタ……どうもあっしと似たような感じがありますね」
「……はぁ?」
レイノルズは、全ての刃鱗を再び身に纏うと、アキラに向けて話し始めた。
「そういや、アンタたちと会うのは二度目ですね。覚えてます、あっしのこと?」
「まさか……廃棄区画で柱に隠れてたヤツか?」
「正解。あの時とは、『写してる』モノが違いますが」
レイノルズとアキラは、東条三船共々、廃棄区画で遭遇している。あの時彼が使っていた能力は、『自分と指定した一人以外の他人が見えなくなる』というものだった。
固有魔法は一人につき一つが常識。簡単なものなら再現出来る可能性はあるが、刃鱗鎧という見るからに複雑な魔法を再現出来るとは考えづらい。
そして彼の言った『写す』という言葉。そこでアキラは、レイノルズの固有魔法に行き着く。
「コピーかよ」
「ご明答。尤も、オリジナル通りとはいきませんがね。そこはまぁ、あっしの器の限界でして……」
偽装の理想。アルバート・レイノルズの固有魔法は、他者の固有魔法をコピーし、自分のものとして扱うというもの。コピー出来る対象は常に一つであるうえ、コピー元からの許可と実際に使用している場面を見る必要がある。そしてコピーの領域はレイノルズ自身のセンスと魔力に左右されるため、物によっては劣化コピーになる事もある。
今回、レイノルズはエリアルド・ハートレイの『刃鱗鎧』をコピーしていた。エリアルドが扱う技そのものは概ねコピー出来たが、それでもオリジナルより劣化した部分も多い。
しかしこれでも、今の東京支部を相手取るには充分過ぎた。
「こんな能力なもんで、あっしは便利屋的に扱われるのが多いんでさぁ。前回はあくまで支援に徹しましたが……今回はバリバリ前線って感じで。特別強いのを貰ったって感じで」
「劣化コピーでこの強さかよ……」
「ああ、一つ誤解のないように言っときますが……三人とも死んでませんし、何なら比較的軽症ですぜ。爆砕鱗を受けた二人は、衝撃で気絶はしてますが、傷自体は浅い。飛翔鱗で切った弓の人は、急所を避けてます。協会の技術なら、一、二週間で完治するでしょ。後遺症も残らない」
アキラは通信機に指を当て、瀬良からの応答を待つ。
『三人ともバイタルサインは点いています。命に別状はありません。しかしーー』
「っ!? 瀬良さん!?」
ノイズと共に、瀬良との通信が切れた。レイノルズの方を見ると、彼はニヤケ面で肩を竦めた。
「協会の通信網は随分脆弱みたいで。軽く妨害したらすぐに切れる」
「クソッ……」
「そんな顔しなくても、直接攻撃なんかはしてませんって。でもアンタ……ククッ、やっぱりそうだ」
「……何がおかしい」
「いやね、昔の自分を見てるみたいで懐かしくなってね……」
レイノルズは何処か遠い目をしていた。目線はアキラの方に向いているが、その遥か後ろを見ているような目だった。
「分かりますぜ。アンタは鏡の向こうを見ている側だ。不相応な事は分かってるが、じっとしていられない。諦めるだけの分別もつけられない以上、理想を映した鏡の前で苦しみ続けるんだ」
「何言ってるか分かんねぇーーっ!!」
レイノルズが再び飛翔鱗を展開し、アキラへと飛ばす。地面に転がって間一髪避けたアキラは、頭の中で燻り続ける違和感と再び向き合う。
有り得ない。最初に飛翔鱗を見た時、アキラはそう思った。
レイノルズの操作で飛行する刃鱗は、最大で百以上。全てを自分の意志で操作するなど、不可能な筈。
これは、同じ『刃の遠隔操作』という能力を持つアキラだからこその思考だった。物体を手を使わず動かす事は、新人魔術師の訓練事項にもある。だがそれは、ただ真っ直ぐ飛ばすだけ、浮かせるだけであり、自由に飛ばすなどというのは、単純な魔導因子の性能だけでなく、空間認識能力を始めとした多くのセンスが要求される。
一つだけでも脳のリソースを途轍もなく使うことを、百以上同時。自分が弱い事を棚に上げずとも、『不可能』と断言できた。
問題は、その不可能をどうやって実現しているか。或いは実現していると『見せかけて』いるか。
「あっしの能力は劣化コピーだって、さっき言いましたよね? あっしは何かと器用だが、裏を返せば理想の境地に辿り着ける物が無い。器用貧乏ってやつさ。理想を写す鏡にはなれない、ただの『硝子』……でしょう?」
「テメェと一緒にすんじゃねぇ! オレは維月姉を……」
「アンタとその人がどういう関係かは聞かねぇよ。けどよ……最初からアンタに守れる力があったんなら……」
レイノルズの手が動く。すると飛翔鱗たちが身を翻し、再びアキラに向かって行った。今度は避けきれず、左腕に幾つもの裂傷が刻まれる。
それを見たレイノルズは、口角を吊り上げた。
「周りで倒れてる連中も、こうはなってないでしょうよ」
刃鱗が再び、レイノルズの鎧の一部と戻っていく。まず一つの刃鱗が先んじて所定の位置につき、続いて他の刃鱗が次々と、最初の鱗を中心に収まっていく。
その様子を見たアキラは、明確な違和感を覚えた。その違和感は、維月の安全が掛かった彼の頭に一つの確信を抱かせてくれた。
「……そうだな。何も言い返せねェよ」
レイノルズの嘲笑を、アキラは努めて冷静に返した。
ヒートアップしていた頭を冷やしたのは、理性ではない。
「けどな、とっくにテメェの技の種は分かってんだ」




