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MUD_BRAVER  作者: 笑藁
四章 -廃棄区画調査-
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違和感の正体

 ミラン・クライストは、協会の魔術師三人のうち金髪の男に攻撃を集中していた。この技は同時に動かせる触手の数が少ないため、三人を攻撃するより一人に集中した方が良い。これは彼自身の固有能力に枷を嵌めたものだが、並の魔術師に負けるような技ではない。問題があるとすれば、力の制御が利きづらいため、周囲を傷つけてしまうことか。


「くそ! 男の触手プレイ何ざ誰得だよ!」


 薙刀の男は三本の触手をどうにか凌いでいるが、徐々に対応が遅れてきている。もう少し追い詰めれば、捕らえられるだろう。

 残り二人にはそれぞれ一本ずつの触手で対応し、弓使いはこれで封じられる。懸念があるとすれば斧使いの男だが、彼の攻撃は隙がある。踏み込まれても回避は充分可能だ。


「……」


 この闘いの中で、ミランは少し前のことを思い出していた。



 *



「ミランか……相変わらず、主とやらに祈りを捧げているのか」


新世界への引き鉄ネルフフェリカ・ドゥルガー』による日本への移動及び調査任務。その出撃直前、ミラン・クライストが森で主へと祈りを捧げていた時、その男は現れた。

『セルゲイ・コールドマン』。正直に言えば、あまり会いたくない人物だった。


「ご無沙汰ですね、セルゲイ様。貴方がこんな場所までおいでになるとは思いませんでしたよ」

「俺とて好きで来たわけではない。ここは命が多すぎる、率直に言って不快だ」


 完全に色素が抜けきった白髪と左の蟀谷から輪郭まで縦に走った痛々しい傷跡。漆黒の瞳には一切の光を湛えておらず、さながらブラックホール。深い皺を刻まれた顔は還暦手前と言われても信じられる程に老けていた。これでまだ三十代前半だというのだから、彼の『同僚』とは逆の意味で驚きだ。

 紫煙を燻らせながら露骨に眉を顰める彼を見て、『こういう男だった』ことを思い出す。


「まあ良い。お前に贈り物だ、エルシアからな」

「エルシア様から……ですか?」

「そうだ、失敗作の試作兵器。失敗と言ってもコストの割りに使えんというだけだ。バグや欠陥がある訳じゃないから後は使いようだ。受け取れ」


 セルゲイから投げ渡されたそれは、尖兵ザリオンを呼び出すためのビーコン。これを起動することで指定座標へと指定されたタイプの尖兵ザリオンが転送される。

 が、そのビーコンに書かれていた文字を見た時、ミランは思わず声を漏らした。


「『Snake』……これってまさか」

「そうだ。試作兵器ってのは尖兵ザリオンの新型、蛇を模したものだ」

「……邪推をさせて頂きますと、エルシア様にこれを私に送ることを進言したのは貴方ですね?」

「だったらどうした」


 流石のミランも、セルゲイを睨みつける他無かった。

 セルゲイ・コールドマン。彼はエルシアの手足と呼ぶべき最強の私兵『四世王フェイル・ディストールス』の一人だ。彼の持つ『圧殺者』という異名は、残りの三人『女王蜂』『死上最幸』『純正英雄』と共に伝わっている。

 新参の部類であるミランは彼らの強さが実際どれ程かは知らないが、漂う尋常ならざる殺気は体が危険信号を発する程に強大だ。

 しかし、その性格は悪辣にして外道。ミランに蛇型尖兵を渡したのも、彼が敬虔なキリスト教徒であると知った上での『嫌がらせ』に過ぎないのだろう。


「申し訳ありませんが……これは――」

「躊躇うか。だろうな、己の『力』さえ受け入れられん様ではそうか」


 セルゲイが明確な嘲笑をぶつけてくる。この男にしてみれば呼吸のようなものだ、として取り合わないよう心掛けた。が、その直後に投げられた侮辱は、そういう訳にもいかなかった。


「逃げるなら逃げればいいさ、得意だろう? 『穢れた血の絶滅危惧種様』」

「……!!」


 最悪の侮辱だった。久しく感じていなかった、感情の動きによって己の体温が上がる感覚が全身に走る。挑発だと分かっている。しかし、生まれてから汚され続けてきた自身の生まれをこれ以上汚されるのは我慢出来なかった。


「分かりました……使わせて頂きますよ」

「ああ、それでいい。『期待している』」



 *



 そこまで思い出して回想を中断した。彼のことは出来れば思い出したくない。結局、蛇型尖兵ザリオンを使うことまでは決意出来たが、自身の能力自体を使う決意までは出来なかった。だからこそ、こんな『手の込んだ』真似をしているのだ。

 ミランはもう一度気合を入れなおし、戦闘中の三人には聞こえない程度の声量で何かを言った。



 *



 アキラはミランが打ち出した触手を上手く捌いていた。正直、ここまで持っているのは自分でも信じられない。

 しかし、そろそろ限界だ。二つ目の触手を捌いた際に態勢を崩し、柱の一つに激突した。耳がやられたか、コンクリートに激突したにしては何処か軽い音が聞こえた。

 三つ目の触手が迫り来る。背中を打った直後では俊敏な動きなど出来るはずもない。

 終わりを覚悟する。刺されるか、それとも絞め殺されるか。

 だが、覚悟はしても逃げる気はない。最後まで抵抗してやる、と震える体を奮い立たせる。


「クッ……オオオオ!!」


 吠えながら、左から迫る触手を叩き落とした。

 助かった。そう思ったのも束の間――左から四本目の触手に殴られた。胃の内容物を吐き出しかねない衝撃に、部屋の端から端へと吹き飛ばされた。大蛇丸を杖にしてどうにか立ったものの、痛みから結局崩れ落ちる。

 追撃は来ない。これで無力化したと考えたのか、ミランのターゲットは残りの二人へと向いていた。姿は見えないが、必死に戦っているのが分かる。

 ここから不意打ちを仕掛けるか。いや、ただでさえアーシェラに到底及ばない自分がダメージを負った状態で挑んでも傷を付けることさえ難しいだろう。ミランの触手が、床を突いて大穴を空けていた。

 そこで、アキラは違和感を覚えた。


「あれだけの威力なら……」


 あの時のアキラは三本目の触手を捌くのに意識を持っていかれ、四本目に対しては完全に無防備だった。なら、あそこで触手に貫かれていればアキラは間違いなく死んでいただろう。だが、現実としてアキラは生きている。

 そこで、先ほどの事を思い出した。

 アキラが柱に激突した時、何か軽い音がしたのだ。まるで、『柱の中が空洞』であるかのような。


「……まさか」


 そこまで考えて、それまであった別の違和感と繋がった。

 それは、高度な事象をあれだけ連発しているにも関わらず消耗している様子が無いこと。現在、彼が行っているのは『視界から二人の人間を消す』『五つの触手を操作する』という何れも固有魔法クラスの所業。これを一人で行うなど、アーシェラの魔術師が如何に強大な魔導因子を持っていたとしても考えづらい。

 今自分の考えていることが正解だとすれば――。

 しかし、二人の音さえ聞こえない現状では声で伝えることも出来ないし、ご丁寧に通信妨害まで入っている。オペレーターに声を掛けることも出来ないだろう。

 なら、自身でやるしかない。

 現在、ミランの意識からアキラの存在は外れている。だが、完全な不意打ちだとしても本人に当てるのは難しいだろう。

 だが――。

 頭の整理が出来たところで、タイミングを見極める。

 自分には、純たちのようにアーシェラの魔術師相手に戦えるような力はない。だからこそ、より状況を精査して動かなければならない。

 現在戦場である室内には触手の移動音、蛇型尖兵ザリオンの鳴き声。そして飛来する触手が切断される際に風を切る音が聞こえた。

 今まで自分のことに精一杯で気付かなかったが、どうやら姿が消えても音が消える訳ではないらしい。心霊現象が本当にあるとしたら、このような感じなのだろうか。しかし、声は一向に聞こえない。自分もさっきこの状態になって最初に二人に声を掛けたが、一切反応が無かった辺り、それは間違いないだろう。

 では、


「よし……」


 アキラはまず、ミランに悟られないようにそっと立ち上がり、近くの柱を叩いた。そこから響く音が、先の柱のそれと違うことを確認した。

 ここまでしたところで、一匹の尖兵ザリオンがアキラに向かってきた。


「クッ……!!」


 身を捩り、間一髪で躱した。そこでミラン自身もアキラが動けることに気が付く。

 触手が殺到する。アキラは後ろに下がりながら音爆弾を生成、打ち出して自身とミランの中間の位置で炸裂させた。

 無論、大した抑止力にはならないだろう。が、少し気を引ければ充分だ。アキラは大蛇丸の刃を分離し、『先ほどの軽い音がした柱へ』と刃を飛ばした。

 行ける。そう思った。しかし、刃は柱へ接触する僅か数ミリの所で触手に阻まれた。


「マジかよ……」



 *



 かくして、霧島アキラの狙いは失敗に終わった。

 彼は柱の中にこそミランの強さの秘密があると踏み、それを暴くために考え、そして行動した。しかし、所詮は悪あがき。彼一人に出来ることなど、これが関の山だ。




 しかし、彼は『一人ではない』。

 彼が何をしたか、それは分からずとも、何をしようとしたか。それを察知し、迅速に行動したものがいた。

 三船聖司。支援を本領とする彼は、この中の誰よりも状況判断力に長けていた。触手の攻撃を幾つかのかすり傷のみで凌げていたのは、矢を番える暇さえ与えられなかったため、いっそ反撃を捨てて回避のみに専念したのが功を奏したからだ。以前、アレックス・シュレイドの苛烈な攻撃から数分逃げ切った彼にとって、自分一人に狙いを定めない程度の遠距離攻撃を凌ぐのは不可能ではない。しかし、決して隙を見計らうことを諦めた訳ではない。機会さえあればいつでも狙うと常に目を光らせていた彼は、アキラの音爆弾に気を取られたミランを吹き飛ばさんと『爆裂矢』を構えていた。

 しかし、その矢が実際に飛翔したのは三船とミランの間ではなかった。矢の向かった先は――アキラが狙っていた柱だった。

 アキラが放った大蛇丸の刃がミランを通り過ぎた時は、制御を誤ったかと思った。しかし、直後にミランが刃をわざわざ叩き落したことで『あそこに何かがある』ことを察知し、同時にアキラの狙いも理解した。それを確かめる為に三船は、柱に向かって爆裂矢を放った。

 結果、その矢はミランの妨害を受けることなく柱を射抜き、それを綺麗に破砕した。


「なんと……」


 驚愕するミランの声と共に、煙の中から、何かが見えた。そしてそれは、『動いている』。


「あーらら」


 そこから現れたのは、緑色の髪と闇夜に溶けこむであろう黒い目を持つ、薄ら笑いを浮かべた男だった。


「どうしますかい、旦那。バレちまいやしたぜ」

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