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MUD_BRAVER  作者: 笑藁
四章 -廃棄区画調査-
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閃玄砕牙

 ホンファは閃玄砕牙を展開する際、通信機を起動していた。


「通信室、聞こえル? 一つ聞きたいことがあるんだケド」

『はいはい、聞こえてるッスよ。どうしました?』


 応答したのは、星野だ。彼女の声には心なしか普段より張り詰めた雰囲気を感じる。探索者全員がそれぞれアーシェラとぶつかった現在、誰か一人ぐらい死人が出てもおかしくはない。他の者達が無事かどうかも気になるが、今はそれより確認するべきことがある。


「今、アタシが向いてる方角。仮にそこから真っ直ぐ突っ切ったら、何があるカシラ?」

『真っ直ぐッスか? えっと……外装だけ完成した状態で放棄された建物がありますね』

「オーケー。それが聞けて良かったワ」


 ホンファは安堵しながら閃玄砕牙を構えた。正直、乗り気がしない任務だったが、念のため区画の構造を覚えていて正解だった。

 彼女が構えたことで、マリーンが嘲るように笑う。


「お姉さん、もしかして学習能力ない? それ、さっきマリーンに止められたよね? また派手に転びたいの? マリーン的には面白いから良いけど」

「今のうちに吠えてなさい、メスガキ。申し訳ないけど、この子供部屋からは取り壊し決定よ」


 そう言ってホンファは、槍の柄から左手を離し、右足を後ろに退げた。

 マリーンが訝しんだのも当然。何故ならこれは、明らかに『槍投げ』の構え。


「グッ……」


 槍を動かすと、右腕を筆頭に全身に異常な圧力がかかった。これは本来投擲するようなものではない。部屋に穴を開けるなら追白虎月でも可能だが、それでは心許ない。彼女の狙いは、部屋からの『脱出』なのだ。


「そういえば……」


 彼女は思い出した。まだ自分が魔術師になったばかりの頃、閃玄砕牙(これ)は使いこなすどころか武器とすることさえ不可能だった。



 *



『そういえば、ホンファさんの固有魔法ですが……その槍だけでしょうか?』

「いえ、バカデカい槍に変形出来るわ。クソの役にも立たないけどね」


 当時、ホンファは日本語が分からず悠とは通訳のスタッフを通して会話していた。それにも慣れてきた頃、悠は突然そんな話をした。


『一度見せて貰って良いですか?』

「まあ、いいけど? ……ほら」


 変形させるや否や、彼女はそれを地面に置いた。重過ぎてとても持てないからだ。

 幾ら魔術師が身体的に強化されるとはいえ、推定重量一tもの塊を扱うのは当時十二歳だったホンファには到底不可能。それを持ち上げて下ろした悠も、その重さに驚いている。


『成る程……これは確かに扱いづらいですね』

「そういうこと。アンタみたいに使える固有魔法(モン)持ってるやつが羨ましいわ」

『いえ、これは放置しておくには惜しいと思いますが』

「ハァ?」


 それから、悠はホンファにこの巨大な槍についての推察を述べた。

 曰く、固有魔法はその人の願いや性質を映す。だから願いを忘れたり封じている人は特殊な力を持たないまま発現し、その想いが余りに強大な人は『そのままでは扱いづらい固有魔法が発現する』事がある。自分は後者であり、裏を返せば使いこなせる様になれば心強い味方になってくれる可能性を秘めている、と。


「そうは言うけど、じゃあどうしろって言うのよ?」

『そうですね……そうだ、僕が《空絶》で用いる技術を教えますよ。時間は掛かるかもしれませんが、上手くいけばアーシェラの守りなど容易く打ち砕く矛になれるはずです』


 それからは、魔力をジェットのように噴き出すことで推進力を得て加速し、突撃することを目標にトレーニングを重ねた。彼女が魔力の扱いに慣れていなかった事もあって、習得には一年の時間を要したが、やがて彼女は自身に必殺の威力を与えるその槍を、『閃玄砕牙』と名付けた。



 *



「グッ……ガァ……」


 全身の関節が軋み、悲鳴を上げる。しかし、まだ本番ではない。全力で行っていた身体強化を一部解除し、推進力として魔力を扱わなければならない。尋常ならざる過負荷に耐えつつ、そのイメージを練り上げる。

 一瞬でも気を抜けば、自身の槍の重さに圧し潰される。


「お姉さん、もしかして……」


 マリーンが、こちらの狙いに気が付いたらしい。しかし、気にしていられない。

 余計なことは考えるな。ただ、閃玄砕牙(コイツ)を飛ばすことだけに意識を割く。

 右肘が先ほどからビキビキと嫌な音を鳴らしている。だが、それがどうした。


「イッ……」


 漸く槍に推進力が着いた。時間にして数秒程度だろうが、永遠にも感じられた。だが、これで――。


「……ッケェ!!」


 肺の空気を全て押し出す程の声と共に、閃玄砕牙が飛翔する。轟音と共に正面の壁が粉砕されたのを確認する。


「ちょっ、ヤバッ」


 マリーンは阻止しようとしていたらしく、錨を振りかぶっていた。あと一瞬でも遅れていれば、逆にここでやられていたかもしれない。

 焦る彼女を横目に見ながら、ホンファは無茶な扱いに音を上げる身体を無理やり動かし、壁のあった場所に向かって疾走、そこから跳躍し、向かいのブルーシートに覆われた建物の屋上に着地する。

 息を切らしながらも立ち上がって辺りを見渡すと、屋上さえ突き破った穿たれた穴の下に屋上さえ突き破って横たえた愛槍があった。


「……アンタのおかげで助かったわ、愛してるわよ」


 かつて役立たず扱いした相棒に感謝を述べつつ手に取り、形状を戻す。

 それと同時に、マリーンが降り立つ。その表情の裏にあるのは、焦燥か怒りか、あるいは両方か。


「やってくれたね……お姉さん」

「何だ、ちゃんと追ってくるのね。てっきり引き籠るかと思ってたわ」

「放っておいても良かったけどね。だってお姉さん大分疲れてるみたいだし、コルやミランのとこ行ったって何も出来無さそうじゃん」

「さっき『ヤバッ』っとか言ってなかったかしら? 分かってんでしょ? あの部屋じゃないと勝ち目無いって」

「あの部屋はただの趣味だもん。本気でここならマリーンに勝てると思ってるなら、お笑いだねぇ」

「勝てるわよ。だって――」


 マリーンと会話を交わしながら、ホンファは正面を向いたまま滅青龍槍を自身の右斜め前に向かって振った。すると、金属同士の接触音と共にマリーンの錨が弾かれた。


「アンタ、アーシェラの中じゃ弱い方でしょ」


 相手を怒らせるための挑発ではなく、ホンファはそれに確信を持っていた。

 そもそも、何処から攻撃が来るか分からないあの部屋で『見てから対処出来る』程度の攻撃速度しか無い時点で察しがつく。先の一撃から見ても、あの錨は伸縮自在で柔軟な動きが出来る高性能なものだろうが、使用者がこれでは宝の持ち腐れだろう。

 外見や精神から見ても、恐らく自分より二、三歳は歳下。加入から大した時間も経っていないだろう。

 結論、勝算は十二分にある相手だ。


「マリーンが……弱いって?」

「そう言ったでしょ? 相手じゃないのよ、雑魚」


 マリーンが顔を赤くしながら再度錨を振り下ろして来る。しかし、攻撃の起点が見えているなら対処は容易。最小限の動きだけで躱すと、手元に錨が帰る前に駆け出した。閃玄砕牙の投擲という無理を働いた身体だが、未熟なメスガキ一人殺す分には問題ない。

 距離を詰めて今出せる全力の一撃を繰り出す。


「ひぃ!?」


 先ほどまでとは百八十度違う、恐怖の形相を浮かべながら上に跳躍するマリーン。屋上に逃げるつもりだろうが、ただで行かせる気はない。彼女の右足、脛を狙って突き出した一撃は上手く狙い通りの箇所を貫き、槍を引いてから追って跳び上がる。その途中で槍を追白虎月へと変化、着地の後、後方へと跳躍して膝を着くマリーンへ投擲。左肩を穿たれ、マリーンが痛みに叫び声を上げる。

 最早、彼女にはこちらを小馬鹿にするような気力は残っていない。今度は、こちらの番だ。

 貫かれた肩を右腕で押さえながらフラフラと立ち上がる彼女に止めを刺すべく、閃玄砕牙を構えた。

 すっかり萎れ、怯えるマリーン。たとえ子供だろうと、彼女の復讐心は微塵も薄まらない。この武骨で巨大な突撃槍は、彼女の殺意の象徴。それをもって、奴等(アーシェラ)は全て潰す。

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