発見
『よし、お前ら。ちゃんと目的地に着いたみたいだな』
調査メンバー全員の通信機から宮村の声が響く。
時刻は午後七時半。真夏とはいえ既に日は落ち、周囲は暗闇に支配されている。空は厚い雲に覆われているようで、月明かりさえ差さない。
六人は車から降りると事前に指定されていた編成に分かれた。
「こちらα。問題ありません」
「こちらβ。こちらもいつでもいけます」
『オーケーオーケー。言っていた通り、αはAのビルを、βはBのビルの調査に向かえ。調査は一室ごとに三人ずつでだ。何かあったら絶対に連絡しろよ』
「了解しました」
*
αチーム――悠、純、ホンファの三名――はビルの一階、エントランスに立ち入る。そこは埃っぽさこそあるものの、一般的なビルのそれと差異は見受けられなかった。どうやら複数の企業がオフィスを階ごとに構えるのではなく、一つの企業が丸ごと扱うために建てられたらしく、受付カウンターの後部にはボロボロになった何かのロゴらしきものが見られる。悠は持ち込んでいたカメラで写真を撮ると、すぐに本部へ転送した。
「一階部分、特に異常は見当たりません。あるのは、先ほど転送したロゴぐらいです」
『写真を確認した。ふむ……このボロさじゃあ何の企業かはわからんな。まあいい、後で一応調べておく。αは二階の調査へ移れ。β、そっちは?』
『こちらβ、こちらも異常は見当たりません。ロゴのようなものも、今のところは確認出来ず』
『わかった。そっちも二階の調査を始めろ』
一階、両チーム共に異常なし。しかし、一階はエントランスがあるのみで、探索は二階以降が本番だ。
「階段にも何かあるかもしれません。警戒しておきましょう」
「ああ」
悠たちはライトで周囲を見回しながら、ゆっくりと階段を上っていく。埃っぽい階段の隅に蛾や羽虫の死骸が横たわり、廃墟特有の不気味さを引き立てている。
「うわぁ……」
踊り場で、つい先月激戦を繰り広げた黒い虫の死骸が横たわっていた。単なる有機物の塊でしかない以上動きはしないとわかっていても、眉間に皺が寄ってしまう。
「何、滝本。アンタ虫嫌い?」
「まあな。部屋をなるべく綺麗に保つようにしているのも、虫が湧いたら嫌ってのもある」
「なっさけないわネェ〜〜。アタシの故郷じゃ虫なんて同居人みたいなモンだったワ。ゴキブリなんて裸足で踏める程度ヨ」
「やめてくれ……想像するだけで寒気がする」
農村生まれゆえの強さを見せてケラケラ笑うホンファと露骨に引いている純。ここだけ見ると純が情けなく見えるが、通信を共有しているために彼らの会話を聞いているβチームの面々もーー東条以外ーー眉をひそめていた。
「ったく、そんなんであの娘を本当に守れるワケ?」
「愛花の前では流石に頑張るよ。俺もそこまでヘタレじゃない」
「カワイイ子の前では元気ってことネ、男だワ」
「むしろ出来ない方が男としてマズいからな」
「カワイイ、は否定しないのね」
「……否定する必要があるか? 愛花は可愛いだろう」
「はいはい、ご馳走サマ。振ったアタシもアタシだけど、ここまで言い切られちゃたまんないワ。ねぇ白峰」
「仲が良いのは良いことですので、僕は今の彼のままでいて欲しいです。それより、私語は控えましょうよ」
「ハイハイ。ハァ〜〜、アーシェラ絡みなら良かったんだケドネ」
ホンファは気怠そうに周囲を見渡している。彼女はあくまでアーシェラへの復讐のために魔術師となった以上、今回の仕事は乗り気じゃないのだろう。その態度は何事も真摯にこなす悠のそれとは対照的だ。
一方のβチームもリーダーが絵に描いたような優等生である三船だからか、平時はうるさい二人が大人しく、彼の指示以外の言葉は聞こえてこない。
『あの、滝本さん。少し宜しいでしょうか』
「柏木さん? 何かありました?」
『いえ、その……。何かあったのは私ではなく……』
「俺何かマズイことしました?」
『ある意味では、そうですね。いいですか、滝本さん』
「はい」
気を引き締める。この状況で自分一人宛てに通信が来るというのはかなりの事態だ。
『実は今、オペレータールームに愛花さんがいまして。さっきの発言、丸聞こえでした』
「……はい?」
瀬良に言いづらいと笑いの二つが入り混じったような声で告げられると、純はフリーズした。
「……何でいるんですか?」
『今回はアーシェラ関係ではないので、愛花さんに協会の裏方の仕事を見て貰うのに丁度良い機会かと思いまして』
「今、どうしてます?」
『赤面して狼狽えています。代わりましょうか?』
「え? は、はい……」
一度通信が切れ、十数秒で再び繋がる。聞こえた声は、いつも聞く優しい声。
『……もしもし、聞こえる?』
「聞こえる」
『その……ありがと、ね。その、お褒めにあずかり光栄です……』
「ああ……」
何か微妙な空気になってしまった。考えてみれば直接かわいいといったことは少なかったので、あちらも慣れていないのだろう。はっきり言ってしまった以上弁解しても仕方がなく、それ以上の事を言えば更に変な空気になってしまう。どうするべきか考えあぐね、何も切り出せなかった純より先に愛花が口を開く。
『あ、明日の晩ご飯はハンバーグだよ! だから、気をつけてね』
「……うん。楽しみにしてるよ」
話題変更の強引さに苦笑しながら、心の何処かで彼女と話せた事で安らぎを覚えていた。
*
「こちらβ。二階を調査中。どうやらここは食堂になる予定だったみたいです」
βチームーー三船、東条、アキラーーは二階部分の調査を行なっていた。先ほどまで会話をしていたαも今は二階を調査中らしく、静かだった。
『何かあるか?』
「物自体は特に変わった物は有りません。一つ違和感があるとすればーー』
三船は調理場の一部分にサッと人差し指を走らせる。そこに付着した埃は、何年も放置されていたにしてはあまりに少なかった。
「この部屋、汚れが一階部分より少ないんです。それこそまるで最近一度清掃されたような」
『人が立ち会ったような形跡は?』
「今のところは何も。今、東条さんが手洗い場を調べていますがーー」
「三船! 霧島! こっちに来い!!」
突然に勢いよく開けられた戸と同時に、部屋に東条の大声が響く。
「東条さん!? 手洗い場に何かーー」
「いや、そっちは何も無かった。俺が見つけたのは、窓の外。とにかく、来てくれ」
三船とアキラは連れられるまま、二階廊下にある窓まで来た。東条がいつになく真剣な顔でそこを開け、階下をライトで照らす。
「支部長、こちらβ。二階廊下の窓を見下ろした所、不審物を発見。盛られた土の上に白い物があります。自分の予想が正しければ、あれは……」
『……分かった。β、直ぐに建物を降りて調査に向かえ』
三人は即座に降りてその場所へ着いた。上から見えた物の正体はーー十字架。これは、墓だ。その数は『十一』。
三船は努めて冷静であろうとしながら、心中で詫びを入れつつ墓を掘り起こした。しばらく掘り進むと、そこから腐敗しつつある人型の肉塊が発見された。
「うわっ……」
「これは……」
後方で東条とアキラの嫌悪を込めた声が聞こえた。
それは生前身につけていたであろう服と共に埋葬されたらしい。そして、その服は彼ら三人が知っている、『制服』だった。
「警官服……」
『墓の数は十一、だったな。行方不明になった大学生と警察官の数と一致する。間違いねえ』
宮村は一拍置いた後、調査隊全員に向けて発信した。
『行方不明者は全員死亡。人為的な原因で、な』




