災厄を齎すのは
βチームが全ての墓を掘り起こし、死体の外見的特徴を照合したところ、それらは全て行方不明者の特徴と一致していた。
全員死亡。それも、埋葬されるという明らかに人の手が入った行為もあって、調査隊全員に大きな緊張が走る。
何れも身体に傷が存在し、殺害された痕跡があった。頸動脈に二つの穴を開けられたもの、額に何かが深く突き刺さったようなもの、頭部を砕かれたもの。酷いものでは何かの爆発に巻き込まれたかという程に損壊しているものもあった。
「うえぇ……」
一度調査を中断してαチームが合流し、両チームのリーダーが主導で死体を調査した。後ろでアキラが口元を押さえてうずくまっている。
「酷いですね……これは」
「殺害方法がやけに多彩だ。複数人によるものかもしれない」
「誰かがここを根城にしている、ということでしょうか」
「うん。見られちゃまずい物を隠しているとか。……ごめん、少し離れるよ」
三船は死体から離れると、厚手の軍手を脱いで口元を押さえる。先程までは平静を装っていたものの、損壊した死体に触れるような行為は刺激が強過ぎた。キャリアが長いだけあって死体には慣れているらしく、顔色一つ変えない悠に少しばかり空恐ろしさを感じる。
「何故途中で代わろうと思わない」
息を整えたところで、後ろから東条にやや責めるような口調で問われる。調査中、東条は何度か彼に代わるよう言っていたが、全て無視されていた。
「こんなこと……誰もやりたくはないでしょう。それに……」
「だからこそ分担するべきだろう。霧島は仕方ないが、俺も何度か死体を見たことはある。幾らかの耐性はある」
「向き合いたいんです」
「何?」
青い顔をしながらも、眼光だけは鋭く、東条を見据える。
「きっとこの人たちは、訳も分からないうちに、突然に命を奪われたんです。まだやりたかったこともあっただろうし、家族だっていたはずです。それなのに、突然奪われて、それを誰にも知られないなんて……そんな悲しいことは、避けたいんです」
「……だから、せめて自分が犠牲者と向き合い、その上で元凶を討ちたい、ということか。……いかにもお前らしい」
死体の中で幾つか死に際の表情を映したままのものが残っていたが、それらは殆ど『何があったかわからない』という顔をしていた。死の瞬間に大切なものを想うことさえ出来ず、理不尽に命を散らせたのだろう。
それは三船自身の自己満足であり、単なる思い込みの可能性もある。彼のやることを余計な世話だと思う死人もいるかもしれないーー死人が化けて出るような事でもあればの話だがーー。
『街ですれ違う一人一人にも物語がある』。三船聖司が人と関わる上で最も大切にしていることだ。それ故に彼は『理不尽な死』を決して許容しない。だから、死体と自らの意志で向き合う。
「どのみち、あと少しで終わりますから。では、戻ります」
『いや、それはもういい』
フラフラとした足取りで歩いていく三船の耳に宮村の声が届く。
『そればかりに時間を割くのも良くない。それより、内部調査を進めろ』
「……了解」
彼はその時、かつてかけられた言葉を思い出していた。
『誰も死なんて見たくないし、扱いたくない。でも、亡くなった人は送らなくちゃいけないし、それを手伝う人も必要だ。嫌な仕事だと思うかもしれないけど、僕はそれを自分が出来る事を嬉しく思う』
*
「……支部長」
「何だ」
通信室。建物内の調査続行を言い渡した宮村が、誰かに声を掛けられる。声の主は柳夏果だ。
「止めて下さってありがとうございます」
「気にすんな。アイツの意志を尊重したかったが……もう少し早く言うべきだったかもな」
「いえ。私も彼の意志が第一だと思いますから」
そう言っているものの、柳の瞳が少し揺れている。見かねた宮村は頭を掻きながら彼女に向かって言う。
「……お前らがどういう精神で付き合ってようと勝手だがな、思ったことは言っとけよ。少し意見が違うぐらいでへそ曲げる器じゃねえだろ、アイツは」
「はい。でも、彼を後ろで支えると決めたのは、私ですから」
こうして話す二人の姿を、愛花が後ろでじっと見つめていた。
*
「白峰、ちょっとコッチ」
「はい?」
再び調査が再開された。αチームは二階に有効な手がかりが無いことを確認し、今は三階の調査を行なっている。三階の一室はメインオフィスとなく予定だった様子で、かなり広い。
ホンファは部屋の隅で何か見つけたらしく、悠を呼んだ。死体を調査した際に移った死臭が少しして、僅かに眉をひそめた。
「あのサ、これって何だと思ウ?」
「これは……」
埃を被った床に、僅かながら何かの跡が見える。それはクネクネと曲がった曲線だった。悠は写真を撮って送信すると、しばらく沈黙が続いた末に瀬良が口を開いた。
『明らかに自然に出来たものではありませんね……ここが森の中なら蛇の痕跡を疑えるのですが』
「となると、人為的な?」
『恐らくは』
「だとしても、行方不明だった人たちの誰かに因るものでしょう。然程気にするような事では無さそうですね」
「そう。で、あっちの部屋はどうなノ? 滝本があっちにいたはずだケド」
「聞いてみますか。滝本さん、そちらはどうでしょうか」
『それだけど、こっちの部屋は鍵が掛かっている。蹴り破ってよかったけど、止められた。すぐ合流して四階に行こうか』
「わかりました」
あの凄惨な死体を目にした以上、警戒するのも当然だろう。鍵の向こうに何かがいて襲われることを考慮
すると下手なことは出来ない。
「三船先輩、そちらは何かありましたか?」
『いや、こっちは特に何も。僕たちも四階へ行くつもりだよ」
*
「……待て、白峰」
四階、第一会議室の扉を開けた瞬間、純が突然悠の肩を掴んだ。
「どうしました?」
「何か匂う。これは……火薬、か?」
「火薬、ですか?」
「……言われてみれば確かニ、ちょっと焦げ臭いわネ」
ホンファも純の主張に同意する。悠には特に何も匂わないが、彼が鈍いというより二人はよく鼻が利くということである。
「慎重に行こう。確か、被害者の中には下半身が吹き飛んだようなものもあった。だから――」
純がそう言った矢先、ホンファが部屋の一角に向かって行った。
「待て、慎重に――」
「焦げてるのはここネ。で、確かに吹き飛んだみたいになってるワ。でもこの匂い、火薬だけじゃなくて――」
ホンファは部屋の端に行くと、しゃがみ込んだ。そこは壁や床が一部破壊され健在な箇所も煤けている。
「僕が行きます。滝本さんは外で警戒を」
「ああ」
悠が部屋に入ったと同時、外から周囲の匂いを嗅ぐと火薬以外にもう一つ、別の匂いがした。それは何処かで嗅いだことのある匂い。例えるならそれは――。
「『海』か……!?」
「海? この近くに海など――」
「ないワ。でも、匂いはこの下から――」
ホンファが床の破損した場所から下を覗き込もうとしゃがんだ。
その時、純は自身の視界の端に黒い塊の存在を認めた。それは突如飛来し、彼女に向かって飛んでいく。
マズい。
そう思って戸を開け放ち、飛びだそうとした矢先――。
「ホンファさん、伏せて下さい!!」
悠が刀を取り出し、峰を返して塊を打ち返す。直後、自身の前方に身長ほどの盾を発現させた。撥ね返された塊が壁にぶつかる寸前、それは強烈な光を放ち、爆音と共に爆ぜた。
*
『――こえますか!? 滝本さん! 一体何が――』
音が鳴り止むと、代わりに通信機から瀬良の声が鼓膜を揺らした。
「俺は無事だ。多分、爆弾だ。それも相当強力な」
少し開いていたとはいえ、爆心地から扉一枚を隔てた先にいた純は全力で後方に跳躍したため、壁に少し背をぶつけた以外の事は無かった。
それより問題は扉の向こうが確認出来ないことだった。部屋は完全に吹き飛んでいるようで、崩落した天井や壁に阻まれて二人の様子が分からない。しかし、この様子では無傷ではいられないだろう。
「白峰、ホンファ! 生きているなら何か言ってくれ!」
『……ちゃんと聞こえてるワ、アタシは大丈夫ヨ』
『白峰です。僕も……くっ、問題ありません』
通信機から、二人の声が伝えられる。しかし、悠の様子がおかしい。爆弾に最も近かった彼の場合何かしら傷を負っていてもおかしくはない。
『問題ないヤツの声色じゃあないんだケド? 待ってなさい、今下の部屋に落ちたんだケド、すぐ上がって――』
『いえ、このまま散開しましょう。滝本さん、貴方は三船さん達の方へ行って下さい』
「あっちにか? 何故――」
そこまで聞いた瞬間、背後に気配を感じ、振り向く。そこにいたのは――。
『尖兵を、確認しました』
「結局……【お前ら】かよ」
数体の種類の異なる機械兵器。それは紛れもなく『アーシェラ』の尖兵だった。
『災厄をもたらすのは、結局ソレってワケ』
ホンファの憎悪を内包した声を聞きながら、純は尖兵へと駆け出した。




