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MUD_BRAVER  作者: 笑藁
三章- 一時の平穏-
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大和撫子と宇宙的ヘタレ

 それはまさに、『大和撫子』と呼ぶ他無かった。風に揺られる艶やかな黒髪。凛々しくも優しい、夜空の如き黒の瞳。綺麗に弧を描いて笑う桜色の唇。タイツに覆われた脚はスラリと長く、その長身を支えている。

 その姿を瞬間、純と愛花は即座に理解した。彼女が、海城維月だと。


「維月さん!!」


 最初に行動を起こしたのは愛花だった。維月へ向かって駆け出し、その勢いのままに彼女に抱き着いた。維月は愛花を一歩後ろに下がりながら抱きとめると、彼女と目を合わせながら驚きの声を上げた。


「お前、愛花か!? まさかこんな美少女になっていたとは驚いたぞ!」

「いえそんな、維月さんには全然届いてないですから……! それに最近、ちょっと自信が無くなるような人に会ったものですから……」

「何を言うんだ。お前のような可愛い娘は、それこそ芸能界にだってそうそういないぞ」


 愛花と維月は、出会うなり姉妹のような睦まじい会話を繰り広げた。

 純が思い返すと、二人は年齢も生まれも異なるが、昔からかなり馬が合った。愛花が社交性を身に着けるきっかけになったのは、山崎家の面々だけでなく、維月の存在も大きかっただろう。

 そんなことを思っていた矢先、二人が純へ視線を向ける。


「それより愛花、一応聞くが……あれが純なんだよな?」

「え? あ、わかりにくいと思いますけど、そうですよ」

「お久しぶりです、維月さん」

「あ、ああ……正直言うと、車の窓からお前を見た時、『誰だ、あの筋骨隆々な男は』と思ったぞ」

「まあ、仕方ないですよ。それより、元気そうで良かったです」


 維月は純に近づくと、彼の左腕を掴んでグッと力を入れ、数秒ほどそれを続けた後に感嘆の声と共に離した。


「凄いな、まるで鎧じゃないか。よくここまで鍛え上げたものだ」

「まあ、九年間積みましたから」

「ふむ、それはもしや……」


 維月が純に近づき、囁くように尋ねる。


「愛花のためか」

「……そうですね」


 彼女が耳元で囁いた言葉に、二拍ほど置いて答えた。それを聞いた維月はニッコリ笑うと、純の肩をポンポン叩いた。


「その反応で確信したよ。ああ、間違いなくお前は純だ」

「今まで確定はしてなかったんですね……」


 維月は笑顔を維持したままアキラへ向き直ると、彼へ向かって手を差し出した。


「久しいな、アキラ。随分大人しいが、どうした? そんなに驚かれればサプライズの甲斐があったというものだが――」


 アキラは先ほどから直立不動で押し黙っている。純の予想としては歓喜の余り絶叫の一つでもするかと思っていたし、実際過去に何度もそのようなことはあった。そのアキラが停止していることに、純はもとより維月も不審に思っているようだった。

 純がアキラの身体を軽く揺さぶってみると、余りにも抵抗が無いことに気が付いた。それはまるで、意識がないかの如く。顔を見ると、その眼からも生気が抜け落ちていることが察せられた。


「……おい。まさかお前……」


 純は彼の両肩を掴み、軽く揺さぶってみる。そこではっきり理解した。意識がないよう、ではない。アキラは現在、『本当に』意識がないのだ。


「おい! 起きろ!! 維月さんだぞ!! おい!!!」


 今度は強く揺さぶってみたが、やはり覚醒する気配がない。

 結局、アキラは一分ほど呼びかけた末に目を覚ました。


「あれ、俺何してた?」

「気を失ってたんだよ。ったく、ビックリしたぞ」

「ああ、悪い。いきなり維月姉ぇを見て、それでビックリしてな……」

「いやそれにしたってどれだけだよ……」



 *



「それにしても維月さん、どうしてここに?」

「それが私にもよく分からなくてな……」


 愛花の問いに維月は苦い顔で答えた。彼女自身にも魔導協会に行かされた事情がわからないらしく、父にいきなり命令されたらしい。とはいえ、懐かしい人と思いがけず再会出来たのは、三人にとって嬉しいことに違いはなかった。

 また、案内役に三人を頼んだのも維月本人であり、彼女としては驚かせるつもりだったのだが、アキラ相手には想像の遥か上の効き方をしてしまったため、維月自身も困惑していた。


「ところでアキラ」

「ッ!!」


 維月に名前を呼ばれると同時に、アキラは純の身体の後ろに隠れた。純はその余りのヘタレさに対して心底呆れながら彼の身体を維月の方へ押した。


「お、おい!! やめろよ純!!」

「やめろよじゃない。少しは度胸の一つでも見せてみろ宇宙的ヘタレめ」


 維月の前へ駆り出されたアキラは、維月の瞳をジッと見つめた。維月もそれに対して彼を見つめることで対抗した。そのまま不動で数秒見つめあった末に――。

 アキラが再び気を失った。今度は立ったままでなく、地面にしっかりと倒れて。


「ア、アキラ!? 何故だ、何故なんだ!?」

「……とりあえず維月さん、暫くはアキラとガッツリ関わろうとしない方が良いと思いますよ。仕方ないんで、行きましょうか」


 純は気絶したアキラを抱えてエントランスの自動ドアを通り抜けた。



 *



 魔術師ウィザード用訓練室の一室では、一人の魔術師が槍を振り回している。

 細い女性の身体には似つかわしくない豪快な槍さばきは、技術的にはまだ少し粗削りだが鬼気迫るものがあった。特に今日の彼女――劉紅花リュウ・ホンファ――のそれは平時より遥かに強く、一般人の眼前でパフォーマンスとして行おうものなら恐怖で逃げ出しかねない程の気迫に満ちている。

 一通りやることを終えた彼女は一息吐くと、顔を顰めた。


「……遅い」


 来ない。今日闘う予定の人物がかれこれ二時間経っても来ないのだ。ただでさえ今日退院したばかりで、それまでベッドから動くことさえ出来なかったためにフラストレーションが溜まっていた。

 約束をしたのはおよそひと月前。強さは保証されていて、悠の見立てによればその戦闘力は自分とほぼ互角。楽しみでしょうがなかった。

 彼女の槍はあくまでも『敵討ち』のためのもの。だが、それはそれとして全力をぶつけ合う戦いは好きだった。特に悠から教えられた『戦いを通して相手を理解する』こと。その意味がわかってからというものの、彼女は初対面の魔術師ウィザードとはとりあえず一戦交えることにしているのだ。

 だからこそ、待つのがより長く感じる。幾ら仕事だと言っても長い。案内だけでここまで長くなるものだろうか。既に動作の確認は終わった。流石に多少身体がなまっていたが、二時間も調整すれば最早問題は無くなった。怪我も完治しており、どれだけ動いても痛む箇所は無い。後は彼次第だ。

 待ちくたびれて欠伸をした彼女の後ろから扉が開く音がした。


「遅いわヨ!」


 余りに待たされたために、語調が強くなる。部屋に入ってきた人物は、ホンファがまさに待っていた人物だった。

 既に戦闘用のスーツを身に纏った純は、少し申し訳なさそうに口を開いた。

 維月を支部長の元へ連れて行ったあと、一通り施設を回っていたらかなりの時間が経過してしまったのだ。


「ごめん。ちょっと話し込んでしまってな……待たせたな。少し準備運動するから、もうちょっと待っててくれ」

「はいはい。で、お客様は今どうしてんの?」

「ああ、維月さんなら――」


 純は天井の隅にあるカメラに指を指した。



 *



「ここで訓練をしている訳か……で、今から純が闘う訳か」

「つーか維月姉ぇ、本当に見て大丈夫か? 血とかそんなんはモニターじゃ再現されねぇけど気持ちの良いもんじゃねぇはずだぜ」

「なに、私は大丈夫だ。グロテスクとは言っても、ここならスプラッター映画のようなものだろう。むしろ私より、彼女じゃないのか? 心配なのは」


 維月たちは訓練エリアの一室、モニタールームにいた。複数のモニターが設置されたその部屋で、維月の隣には愛花がいた。彼女はこの一月、一度もこの部屋に来たことがない。あれから暫くして復活し、どうにか気絶耐性を得たアキラが述べた様に、魔術師ウィザード同士の戦闘は凄惨なものであり、何の耐性も無い人間が見られるものではない。事実、アキラも最初は何度も辞職しようかと思った。

 愛花は維月の言葉に毅然とした態度で答えた。


「確かに怖いです。けど……決めたんです。純が『私のために』ってやっていることをちゃんと知って、私自身でちゃんとそのことを考えようって。だから……今日は絶対に、目を逸らしません」


 愛花の眼は真剣そのもので、強い意志が宿っていた。それには維月も押され、頷くしかなかった。


「あ、ああ……そうか」


 長きに渡って会っていなかった以上仕方ないことだが、維月は愛花の想いを少々見誤っていたようだった。アキラとしてはむしろもう少し早く決心するかと思っていたが、彼女が今の考えに至る事は予期していた。

 やっぱ、女ってのは強ぇや。

 アキラがそう思ったところで、純とホンファが向き合った。


「始まるみたいだぜ……」


 アキラがそう言うと、二人もモニターにジッと目を凝らした。



 *



『それじゃあ、うちが合図するんで、それと同時に始めて下さいっす!』


 スピーカーから星野の声が響く。既に魔術師ウィザードモードに入っている純とホンファは自身の得物を出す態勢を取り、その時を待つ。数秒後、スピーカーから模擬選開始の合図であるブザーが鳴り響くと同時に、純は籠手ガントレットを、ホンファは愛槍『滅青龍槍』を発現した。


「まずは……」


 ホンファが純に向かって真っすぐ、故に恐るべき疾さで駆け出した。先ずは様子見に徹する予定だった純だが、いきなり直線的に攻めてきたこと、その単純に過ぎる行動が有効であるに充分過ぎるスピードに瞠目した。

 想定外の行動に不意を突かれた純は、下手に避けるのは却って良くないと直感的に判断し、攻撃を『受け流す』ことで対処する。

 ホンファが槍を構え、刺突を繰りだした。それもまた、疾走と同じく驚異的な速度。しかし、純は確実にその眼で穂先の目的地が自身の『左胸』であることを見切り、左手をその軌跡の同一線上に置いた。そして甲高い音が部屋中に響き渡り、手に強い膂力を感じると同時に、手首を四十五度ほど回して軌道を自身の左側へ逸らした。ホンファの眼に動揺の念が宿る。

 好機と見た純は、右手をホンファのぐらついた身体に向かって突き出した。が、それが彼女の頭部に触れる直前に、右腕が横から飛来したものに殴られた。純が自身の腕を殴ったものが先ほど弾いた『槍』であることを確認した瞬間、ホンファは後方に跳び、純の距離から離脱した。

 逃がした、という惜しむ心はあるが、それ以上に目の前の相手の強さを今の一瞬の攻防で思い知った。魔術師ウィザードモードとはいえ、あの華奢な身体からは信じられないような高速移動。崩されても瞬時に態勢を立て直せるボディーバランス。

 白峰の言った通りだった。劉紅花リュウ・ホンファは、強い。


「今ので終わる奴も多いんだけどネ……」


 ホンファが口を開いた。その声色は悔しさを少し帯びているものの、気のせいか『嬉しそう』だった。


「やるじゃん、アンタ」


 今度は、口元に笑みを湛えながら純を賞賛した。気のせいではなく、彼女は純の強さを感じて確かに喜んでいた。まるで、『良い友達を見つけた』かのように。

 そんな彼女の姿を見て、純もつられてほんの少しだけ頬を緩ませて応えた。


「君の方こそな」


 両者は一メートルほど離れた場所で、同時に構え直した。

 これは模擬戦。しかし、二人にとって『模擬』の文字は必要ではなく、命を賭さないこと以外は正しく『いくさ』である。

 片や、家族の敵討ちのため。片や、愛するひとの笑顔のため。

 貫くべき『想い』を背負った二人の戦が、ここに幕を開けた。

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