想いの質/滝本純VS劉紅花
ほんの僅かな接触。それだけで、互いが互いを脅威と見なしあうには充分だった。彼女が繰りだしたのは紛れもない全力の一突き、並の魔術師なら動くことさえままならず心臓を破壊されている。それを籠手で受け止めるどころか受け流しさえした純に対し、ホンファは武者震いをした。
事前に悠から純の情報を軽く聞いていたホンファは、彼の『手』にばかり意識を向けていたが、それだけでは無かった。あの反射神経と冷静な判断力、それに『掴まれれば終わり』の必殺がある。リーチにおいて圧倒的なまでの有利があってもなお油断できぬ相手。故に、下手に勝負を急げば足元をすくわれる。
「やるじゃん、アンタ」
心の底から沸き上がった、純粋な賞賛を投げかけた。
滝本純は、強い。
だが、勝つのは私だ。何故なら――。
*
一度距離を置き、構えなおした二人の内、最初に仕掛けたのはホンファだった。彼女は槍を両手から右手だけに持ち帰ると、それを純に向かって投擲した。純は身体を微妙に左に倒し、首を動揺に左に傾けてそれを避ける。
軌道こそ真っ直ぐだったが、然程力のこもっていない単調な投げ。何が狙いかと疑問に思った瞬間、眼前に丸腰になったホンファが接近し、純に身体をぶつける。胴に大きな衝撃が走ると同時、彼女は右手を手繰り寄せるように動かしながら純の右上を超えるように跳躍する。すると、投げられていた槍が彼女の手元に戻り、それを上から純へ突き下ろした。
「くっ!!」
純は反射的に右の籠手で彼女の槍を防いだ。強烈な振動に襲われた――杭打ち籠手使用時には及ばないが――が、槍は籠手を貫通することなく停止していた。
「……硬い」
ホンファは舌打ちしてから槍を滑りこませつつ純の後方へ転がるようにして回り込んだ。その時、槍に引っかかれ、手首の付け根と肘の間に鮮血代わりの演出として光が滴る。
純に原理は分からないが、この戦闘訓練場では攻撃を受けても本人自体は無傷のまま、しかし現実に攻撃を受けた時と同様の効果――今回の場合、皮膚を割かれ血が流れるというもの――が再現される。聞いた話では室内に入った瞬間魔導ギアの魔術師モードが訓練用のモードに切り替わる、というものらしい。
しかし、傷自体は浅く、戦闘には一切支障がない程度。だが、純はこの時、ホンファの狙いがわからずにいた。
「『付けた』わヨ……」
ホンファがそんなことを呟きながら純から離れる。純が右足を軸に身体を百八十度旋回させ、ホンファに向かって駆ける準備をしたその時、ホンファの槍が形状を変え、短く、白い槍に変貌した。
純が悠から事前に聞いていたホンファの特性。三形態に変化するという槍『四神幻槍』。悠が見たことのあったものはそのうち基本の型と『強襲特化』の型。ということは恐らく現在ホンファが持っているのは、悠が未見の三つ目の型。彼女の構えと形状から推察するに、『投擲特化』。
ならばやることは、回避してから急速接近。そして杭で終わりにする。槍に何かしら特殊能力がついている可能性もあるが、それを警戒して動かない訳にもいかない。有効距離において決定的な差がある以上、武器を手放した状態を狙わない手はない。
先の行動を決めたことで、ホンファの手を離れた純白の槍は、一筋の閃光となって純に迫る。
彼はそれを、投擲の直前から既に動くことで躱した。無論完全には避け切れず、右脚の肉を僅かに削がれる。だが、回避したのは確かだ。ホンファへ向かって飛び出すべく、身体を前に倒して右手を『後ろに』構えた。
いざ飛び込もうとした、まさにその時異変が起こった。
投擲特化の『追白虎月』。その効果は、『刃に浴びた血の持ち主を、貫くまで追跡する』。
「なっ……!?」
純の右脚、その太腿に風穴が一つ開き、激痛が走る。
何故貫かれた。確かに避けたはず。追白虎月の特性を知らない以上、そのような疑問が脳内を埋め尽くすのも無理はない。だが、今純はホンファに接近する最中。前のめりだった身体はそのまま前方に倒れ、ホンファの手元に槍が戻る。
「何だ、意外とあっけなかったわネ。まあ、それはそうカ。だってアタシとアンタじゃ――」
『四神幻槍』が再び形を変える。それは馬上で騎士が振るうそれより更に重厚な槍。これは『突撃特化』の型。それが地響きを起こす程の膨大な出力を生み出し、彼女は真っ直ぐ純へと駆けていた。
「『想い』の質が違うのヨ」
明らかな勝利宣言。当然である。ホンファのここまでの攻撃は、全て先月撃破したアーシェラ『サイト・オブ・サイ・キック』との戦闘時と完全に一致しているのだ。しかもそいつも純と同じ無手使い。つまり、彼女は現在無手使いに対する必勝パターンを持っている。
ただでさえ相性の良い相手に必勝の攻撃手順まで決まっている以上、彼女の勝利は順当なものだろう。
「想いの質……ねえ……」
純はそう呟くと、右腕を地面に水平に突き出し、手を開いた。
確かにこのまま行けば、劉紅花の勝利は確実。だが、純は一つサイ・キックには無いものを持っている。
「『杭』」
直後、純は左へ吹っ飛びホンファの突撃コースから外れた。もっとも、不安定な態勢から杭射出時の強大な反動を受けたために彼の身体は回転し、かつ地面に何度もバウンドしながら吹き飛び、壁に激突して停止するという一見攻撃を受けたようにしか見えない飛び方だったが。
しかし、ホンファの凶刃から逃れることには成功し、彼女との距離も再び離される。
「痛ってえ……」
全身を強打した純は、貫通された痛みを訴える右脚を無理やり動かして立つ。まだ立ち上がれることに安堵しつつ、槍を基本の型に戻したホンファに視線を向ける。
彼我の距離は現在、四メートル程度。難こそ逃れたものの、決して状況は有利ではない。脚を穿たれた以上、機動力は確実に削がれている上、今も傷から光が漏れている。この位置なら、彼女はおそらくもう一度アレを投げてくる。もしそうなれば、自分は負ける。
「……ん?」
そこまで考えた時、純の中に一つの疑問が浮かぶ。
悠から彼女のことは聞いていた。アーシェラに全てを奪われたという過去も知っている。故に不可解な事だ。
思案を凝らしていると、ホンファが挑発するように声を出した。
「避けてみなサイ」
予測通り、彼女の次の手は『追白虎月』の投擲。純は投擲を確認した瞬間、『部屋の隅』に向かって走り出した。その彼を追って純白の閃光は軌道を変える。そして、身体を槍の方向に向けてその位置、高さを確認すると、壁沿いに移動するようにステップ。そして右手を自身の腹の前にかざすように構えた。
刹那、軌道を壁沿いに変えた追白虎月は――。
「……ドンピシャだ」
純の右手に、捕まっていた。
ホンファの驚愕した声が聞こえる。
「なっ!?!?」
純の抱いた疑問、それは『何故脚がやられたか』である。
投擲特化の『追白虎月』。純はこの特性を追尾と考えていたが、だからこそ、そこが解せなかった。そのまま狙った箇所に戻ってくる場合、あれは首に直撃して純は負けていた。そうでなくともあれほどの初見殺しの技なら、何処かしら急所を撃ち抜いてしまえばいい。『敵討ち』を至上の目的とするならば尚更だ。
そこで彼が立てた仮説はこうだ。『追白虎月は、追尾時に何処を撃ち抜くかまでは指定出来ない』。つまり、必殺性に欠けるのだ。
しかしそれは今重要ではなく、むしろ何処に飛んでくるかわからない以上予測を立てづらいため、むしろ厄介な点だった。
故に、純はまず壁沿いに移動することで槍の軌道を制限して読み易くした。位置と速度さえ確認出来れば、対処は可能。とはいえ、流石に掴み取るとなると一種の賭けに近かったが。
そして白虎を捕まえた以上、やることは一つ。即座に身体を翻し、体の向きと反対に左手を突き出した。
「『杭』」
射出の寸前に地を蹴り、彼は手の中の虎に劣らぬ速度で打ち出された。握った槍を構え、瞠目するホンファに肉迫する。これを側頭部に突き刺せば、勝てる。
「くっ……!」
しかし、そこは流石に対応したか、追白虎月は霧散し姿を消す。代わりに彼女の側頭部に『盾』が現れた。
が、それを認識した純は即座に拳を握る。槍を消してその分の魔力を費やした以上、相当な強度を誇っているだろう。
が、構わなかった。
「っツ……オラァ!!!」
そのまま身体ごとぶつかる勢いを加えた拳は一瞬盾に阻まれるも、直ぐさまそれを破壊し、ホンファの側頭部を撃ち抜いた。そのまま彼女は部屋の角まで飛ばされた。
『杭』こそ使えなかったが、あの勢いのまま振り抜かれた拳は、必殺級の威力と言っても過言ではないだろう。右手の籠手は砕け、そこから光の血を流す拳が露わになっている。
一つ息を吐いてから籠手を再構成すると、ホンファがゆらゆらと立ち上がった。
「フ、フフフ……」
殴られた箇所を手で押さえ、もう片方の手に『四神幻槍』を発現させながら、彼女は『笑っていた』。
「痛い、じゃナイ……。正直死ぬかと思ったわヨ……」
上げられた顔は、光る血紛いのエフェクトに塗れながらも何処か嬉しそうだった。
「悪かったわネ、思ったほどじゃないなんて思っテ……。追白虎月がキャッチされるなんて想定外だったから、反応が遅れちゃったワ……」
「死ぬかと思った割には……元気そうじゃないか」
彼女から、何やら凄まじい気迫を感じた純は無意識的に拳を構えていた。
「殴られた時は、ネ……。でもアタシは今立っている。それでいいじゃナイ。それに……」
ホンファは槍を自身の前で何度か回してからその穂先を純に向ける。
「訓練室なら、現実で何度死ぬような目に遭っても大丈夫。つまり、死んだ数だけ強くなれるノ。強くなれた数、アタシはより多くのアーシェラを殺せる。だからアタシは此処が好き。でもだからって好き好んで死にはしないわヨ。だから……」
ホンファは最初の時の様に、全力の疾走で純は接近し、刺突を繰り出した。
「死ぬのは、アンタヨ」
その刺突を純が間一髪で躱すと、彼女は間髪入れず次の一撃を見舞う。射程外からの一方的な攻撃。槍の『長さ』という強みが活きる最高の状況だ。
「いいや、俺は死なないよ」
その明らかに不利な状況。にもかかわらず、純は笑って見せた。
「君はさっき、俺と君じゃ『想いの質が違う』って言ったよな……。ああ、そうかもしれない。君から見れば俺の理由なんて『安っぽい』だろうよ。けど一つ言っておく。男が立ち上がる理由にーー」
突き出された都合五度目の突きをしゃがんで躱した純は、下から彼女の左胸に張り手を張り、毅然と言い放った。
「『大事な女を守る』以上のモノがあるかよ!」
杭を打ち出そうとした刹那、彼女は身体を後ろに反らせ、彼に向かって頭突きをした。想定外の衝撃に身体を仰け反らせた瞬間、再び開始されたホンファの攻撃が彼の頬を掠める。
次の一撃を純が後ろに退がることで躱した結果、二人の間に再び距離が生じる。
「言ってくれるじゃナイ……良いワ、それも認めてあげる。でもーー」
「君の信念は立派だ。でも俺だって軽い気持ちで此処にいる訳じゃない。だからーー」
両者は睨み合い、そして吼えた。
「勝つのは、アタシヨ!!」
「いいや……俺だ」
互いの信念を知り、負けぬと吠えた二人の間に最早『模擬戦』という文字は消え失せていた。
相互に信念を確認し合った戦いは、終局の時が近づきつつあった。




