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MUD_BRAVER  作者: 笑藁
二章-孤立魔術師救出作戦-
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救出戦①

 魔導協会からおよそ数キロ離れたエリアに、一台のタクシーが走っていた。その車内では、年配の運転手が燃えるような赤い髪の女性と雑談をしている。


「そういえばお客さん、『アーシェラ』ってご存知ですか?」

「ええ、アタシの地元でも起こったことあるワ。あの時はホントビックリしたわヨ」

「そうなんですか! 近頃は物騒で敵いませんね」


 女性はやや片言だが、なかなかに流暢な日本語で話す。


「しかしお客さん、どこからお越しになったんですか?」

「上海からヨ。仕事で向こうに行ってたんだけど、今日からまたこっちで仕事するノ」

「それはそれは。『魔導協会東京支部』でしたよね、行き先」

「ええ。それでーー」


「合ってるわ」と言おうとした瞬間、女性のポケットでスマートフォンが鳴る。


「失礼。もしもし? あら、久しぶりネ! えっ、それどころじゃないっテ?……ちょっと待っテ。それマジ?」


 初めは久々に聞いた友人の声に喜びを露わにしたものの、電話の向こうから聞こえる声を聞く度、女性の表情は陰に包まれていく。


「……わかったワ。直ぐに向かウ」

「お客さん? 目的地の変更ですか?」

「ええ。この近くに沼地があったはずヨ。そこに向かっテ」

「沼地……ですか? いやまあ、確かにありますけど、そこで何を?」

「いいからお願イ! 大至急デ!!」

「は、はい!」


 真っ直ぐ進んでいたタクシーが右に曲がり、元々郊外だった前の目的地から、更に都会から遠ざかる所へ向かう。

 女性は窓に映る景色を見ながら、小さな溜息を吐いた。


「予定より二週間も早く呼び戻されたと思ったら、こんなことになるなんて。まったく、何が起こってるの……。……でも」


 憂鬱な表情をしたかと思えば、一転して彼女は口角を吊り上げ、爽やかとは程遠い含みのある笑いを窓に映した。


「帰って来て早々に『あいつら』をブッ潰せるなら……悪くないかもね」


『奴らを自らの手で殲滅する』。

 かつて立てた誓いを胸に秘めた彼女を乗せ、黒のタクシーは薄暗い戦場へと進んでいくのであった。



 *



 四人が沼地に辿り着いた時には、(ゲート)を確認して既に五分が経過していた。昼間から魔術師(ウィザード)として表で活動するのは市民から目撃される危険が高過ぎたため、魔導協会が所有する車両での移動を余儀なくされたからだ。


「クソッ、わざわざ車になんざ乗らなけりゃあと一分は早く着けたぜ」

「仕方ありませんよ。アーシェラの目的は市民ではなく我々ですから。それなら、衆目に晒されるリスクは避けないと」


 恨めし気にぼやくアキラを悠が宥める。東条は周辺の状況確認のために単身沼地へ入っていった。

 純は残った二人の横で、協会と連絡を取っていた。彼の連絡に応じたオペレーターは(やなぎ)といい、東京支部で一番のベテランオペレーターであるということ以外、純はあまり良く知らない。


「確認した(ゲート)の数は幾つですか?」

『二つです。共にほぼ同じ座標で確認されました』

「二つ……ですか。それで、訓練中だった四人は?」

『それが……発信機の反応が、門の消失から数秒で途絶えてしまい……四人の安否は、確認出来ません』

「発信機が!? そんなことが……」


 魔導協会指定の戦闘用スーツには発信機が搭載されており、生存確認をも可能な最新鋭の機器だ。ベルトの左側に備え付けられており、並みの転倒でぶつける程度では壊れない耐久力も備えている。それの反応が途絶える、それも四つ。ここから考えられることは、一つしか思いつかない。


「『意図的に』破壊されたって、ことですか」

『恐らくは。時間稼ぎ、でしょうか」

「今それを考えている暇は有りません。四人の反応が最後にあったのは、どのエリアですか?」

『ナビゲートします。二人は通信機を開いてますか?』

「おうよ」

「はい、大丈夫です」


 オペレーターの確認に、アキラは不機嫌そうに、悠はいつもの如く落ち着いた様子で返事をする。


『では、ナビゲートを開始します。まずはそこからーー』

『おぉい!! 滝本、霧島、白峰ェ! 少し厄介なことになっているぞ!! 来てくれィ!!』


 物静かな柳の声を上書きする形で、緊急回線で割り込んだ東条の声が三人の鼓膜を揺らした。その声は普段のそれより更に大きく、純は思わずビクリと身体を一度大きく震えさせる。


「東条さん!? 何かありましたか!? もしかしてーー」

『すまん、四人が見つかった訳じゃない。見つかったのはーー』


 三人が東条の言葉を聞き、一斉に更なる緊張感に身を硬直させる。彼から出た言葉は、三人に『アーシェラの侵攻』をより強く感じさせるものだった。


『《尖兵ザリオン)》。奴らの手駒……機械仕掛けの自律兵器だ』



 *



 時間は一度、純たち四人が沼地(せんじょう)へ到着する数分前に遡る。

 先行して踏破訓練を行っていた四人の魔術師は、協会から『門出現』の報を聞き、直ぐさま目的の地点へと向かった。彼らが到着した時、ちょうど門は開いた時であり、二つの門から二人のアーシェラが姿を現した。

 二人の男の内、一人は確実に魔術師モードになっていた。その手には巨大な両刃の剣が握られ、全身は血の様に赤い鎧と兜で守られている、不気味に光る紅蓮の瞳を持つ白人男性。

 もう一人の男は一見非武装で、アーシェラ特有の青い戦闘用スーツに身を包んでいる。身体つきは細く、どちらかと言えば頭脳派というイメージを持たせる外見だ。


「ほう……流石に展開は速いな。アル、良いか?」

「早まるな、ヴァルター。俺たちは戦闘集団ではない。今回の作戦目的、忘れた訳ではないはずだ」


 ヴァルターと呼ばれた鎧の男が剣を構えると、アルと呼ばれた男が右手で彼を制止する。どうやら外見通りの役割をそれぞれ担っているようだ。

 四人の魔術師の中で、最も実力のある三船(みふね)聖司(せいじ)が、代表して対話を試みる。


「何をしに来た? 目的はーー」

「その前に……」


 アルが右手の人差し指と親指の先を一瞬密着させると、彼の胸元で黒く、禍々しい光が生まれた。すると次の瞬間、そこから高速で『何か』が放たれ、それは彼ら四人の左腰部ーー発信機を的確に撃ち抜いた。更に発射されたものは地面を小さく、だが深々と穿ち、小規模のクレーターを完成させる。

 全く反応出来なかった。もし頭を狙われていたら、全滅していた。

 その事実に、身を震わせる三船達を前に、アルは淡々と語り始める。


「さて、これでお前たちが頼りにしているものも暫くは来ない。これで、ゆっくり話が出来るな」


 感情を一切表さない、冷徹に過ぎる蒼の瞳。先ほどの攻撃も相まって、彼らを震え上がらせるには充分過ぎるものだった。


「三船先輩……」


 三船の後輩の内一人が、彼の横で、顔面蒼白で彼を見ている。その目からは『助けて下さい』という縋りがあからさまに現れている。

 初の、それも突然の実戦でアーシェラと遭遇すれば無理もない。

 そう考えた三船は、いつものように柔和な笑みを浮かべ、彼に囁いた。


「僕に任せて。出来るだけ話を続けて時間を稼ぐから。助けが来れば、君と他の二人で逃げるんだ」

「先輩……」


 三船はアルに向き直ると、打って変わって凛々しく、敵意を多量に含んだ視線を投げかけた。


「目的は?」

「『深化の花(イグジュネイド・フレイル)』を、山崎愛花を迎えに来た」


 やはりか。

 三船は心の中で予測していた通りの答えを聞き、そこから話を少しでも長引かせるための話運びを練る。しかし、その思惑は既に見透かされていた。


「彼女は今何処にいる? 聞かせて貰おうか。そうだ、先に言っておくが『茶を濁して話を長引かせ、時間稼ぎをしよう』などはしない方がいいぞ」

「くっ……」


 アルが再び黒い光を出して脅しを掛ける。ここで下手なことを口走れば、次は間違いなく撃たれる。しかし、真実を話す訳にも行かない。故に彼は、嘘を吐く。しかし、真実を話す様に、真剣に。


「その人のことは、知らない。聞いたこともない」

「何?」

「僕は一介の魔術師、ただの兵士(ポーン)に過ぎない。そんな僕が、お前たちアーシェラが追いかけ回す程の重要事項を、教えられる筈がないだろう? 魔導協会というのは、兵士と指揮者の関係がハッキリしている組織だからね」


 アーシェラが恐らく知り得ていない、 魔導協会内部の情報を用いた法螺話。相手側は推察が出来ない以上、話者の様子でしか真偽を判別出来ない。しかし、三船は現在視線を真っ直ぐアルに向け、嘘吐き特有の迷い、後ろめたさといった感情は一切見せていない。その上で、それを後押しするように、力強く宣言してみせる。


「もし僕の言葉が信じられないと言うのなら……発信機を撃った一撃で、次は僕の脳天を撃ち抜けばいい。真実を伝えても、それがお前の中で虚構なら……今ここでは、そんな真実に意味はない」


 三船の宣告に、アルが「ほう」と短く発声した。それが感嘆なのか嘆息なのかは彼にしか分からない。

 アルは、ヴァルターに声を掛ける。三船らに聞こえるように、しっかりとした声量で。


「ヴァルター。ここからは自由行動だ。楽しんでこい」

「御意」


 命令を聞いたヴァルターは、鈍重そうな外見に似合わぬ恐るべき速さで駆け抜けていった。

 もしあれに斬りかかられたら。そんな不必要な仮定を拭い去り、彼はアルを再び睨みつけながら、両手を広げて撃ってみろと挑発する。


「どうする。撃ちたければ撃て」

「……お前は撃たん。一先ずはその言葉、信じてやる」


 アルの前にあった黒い光が消える。


「だから、お前の言う『指揮者』とやらに繋げ。そいつから直接話を聞く」

「素直に話すとでも思っているのか?」

「はっ、まさか。そんな楽観的な思考は持ち合わせていない。だから…… 」


 アルは無表情のまま、再び右手の人差し指と親指で輪を作った。

 すると、再び現れた黒い光と共に、一筋のモノが三船の右側を通り過ぎて行く。そしてそれは、彼の後輩。その内の一人、矢崎(やざき)の左脚を貫いた。


「こうするのさ。お前たちが応じなければ、俺は後ろの奴らの四肢を撃ちーー」


 被弾箇所から赤黒い液体が飛び散り、矢崎が膝から崩れ落ちる。三船はそれを、目の前で起きたことを理解した瞬間、彼は叫んだ。


「貴様ァァ!!」


 自らの魔法である『弓矢』を創り出す。機械のように精密なその動きは、最小の手間で矢をつがえ、放つ。その矢はアルに向かったが、容易く躱される。その時、アルの氷の眼差しが、その矢を見た時、少しだけ解けた様に見えた。


「やはりそう来たか。腕だけ撃ち抜いて無力化して……いや、何も知らぬと言うのなら生かしてやる必要もないか。……果てろ」


 次の瞬間、再び四人に向かって黒いモノが飛来する。その前に、三船は動いていた。三本の矢を同時に、後輩三人に向かって放つ。それらは眼前で『爆発』し、彼らは吹き飛ばされた。かなり荒っぽい方法ではあったが、アルの放ったモノが彼らの現在地からは離れた場所を通り過ぎたことから、とりあえず初撃は避けさせることが出来た。


「矢崎を連れて逃げるんだ!!」

「先輩は!」

「僕はここで……君たちの時間を稼ぐ。どの道誰かがそうしないと、あの男からは逃げられない! 急ぐんだ!!」


 歩けない矢崎をどうにか立ち上がった二人が持ち上げ、そのまま去っていく。

 彼らが充分な距離まで逃げ延び、協会が寄越した増援に保護されるまで、それまでの時間を、果たしてどれ程稼げるだろう。

 三船は脳内で様々な思考を巡らせつつ、次の矢を右手に持つ。

 眼前の脅威は、計り知れない。それでも、やるべきことをやる。誰が応援に来るかはわからないが、少しでも相手を消耗させ、後続の有利になるように働く。最低でも、敵の能力だけはある程度把握すれば、その情報は間違いなく役に立つ。


「良い覚悟だ……少し、お前に興味が湧いた」

「そうか……だったら、今は僕だけ見ていろ!!!」


 三船は弓弦と共に、戦闘開始の引き金を引いた。

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