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奴隷商人とエルフさま  作者: 遊命月
第3章 誰かの愛と、旅立ちと
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第39話 ライライライ

「ラインフォード……え、オマエが? うわ、マジじゃねーか」


 僕の奴隷の証をマジマジと眺めるクニーガ。

 緊張する。だけどクニーガなら大丈夫だと思える。


「めっちゃ坊ちゃんだったんだなオマエ」

「奴隷だけどね」

「ふつーの奴隷のオレに言っても説得力ねーよ」

「確かにね」


 自然と笑ってしまった。

 安心したんだ、やっぱりクニーガは変わらないって。


「ずっとラインフォードで育ってきたんならそりゃ歪むわな」

「僕にはこれが普通だって」

「ふつーの奴隷が美術品知ってたり文字の読み書きなんてできねーよ、ばーか」

「クニーガだってヴァルコさんのお店で読み書きしてるでしょ」

「あーあー、どっかの坊ちゃんのせいでふつーの奴隷じゃなくなっちまったからなー」


 読み書きを覚えたいと言ってきたのはクニーガからだ。

 以前に僕が本を読むのが好きな事を知ったクニーガが、もっとヴァルコさんたちの力になりたいから教えろと部屋に乗り込んできた。

 クニーガは僕と違って、最初から奴隷じゃないから元々ある程度の教養はあった。

 元々住んでいた場所との言葉の違いで多少苦戦はしていたし愚痴や文句は言っていたけど、決して投げ出さなかった。

 今では読み書きもできるようになり、僕が気に入っている本をクニーガも好きになってくれた。


「ラインフォードの奴隷っていつも何してんだ?」

「勉強ばっかりしてたよ。いつ誰に買われても恥ずかしくないように教育されていたんだ。まぁ、売られるのはラインフォードでの試験を合格した子だけだけど」

「自分が売られる為に勉強ってやべーな! ライラもそれやってたんだろ? あー! オレじゃ絶対無理!!」

「ううん、僕は所有物だったから。屋敷の掃除や頑張ってる奴隷の子たちのお世話をしてたよ」

「あん? それって……ラインフォードの人間って事か!?」

「最初からそう言ってるんだけど……」

「わかんねーよ!」


 ややこしかったようで、怒られた。


「え、じゃあ何でオマエ奴隷やってんの?」

「知らないよ。物心ついた時からラインフォードにいたから」

「生まれたてのオマエをラインフォードが買ったって事か?」

「多分ね。僕が何歳で買われたかはわからないけど」

「ん? じゃあ名前、もう一つあんのか?」

「あるみたいだよ」

「みたいってなんだよ」

「消えちゃってるんだよね、家名」

「ああん?」


 奴隷の証の腕輪には所有者の家名が刻まれている。

 その名がある限り、新しい所有者に買われても永遠に残り続ける。

 奴隷は今までの名に恥じぬよう主に尽くさなければならない。

 

 『お前たちは商品。奴隷である前に私たちラインフォードの名を背負っている。それを忘れるな』


 毎日聞かされていた言葉だ。

 懐かしいな。


「名前って消せんの? マジで? おれも消そ」

「消せないよ」


 自分の腕輪に刻まれた、前の所有者の家名を消そうとしてクニーガが指で一生懸命に擦っている。


「なんだよそれ、ずりーな。じゃあ何でオマエの消えてんだ?」

「さあ? ずっとあるからわからないや。ラインフォードでも教えてもらえなかったし」

「オマエみたいにずっと奴隷やってるなら成長に合わせて新しくしたりしねーの? それこそボンボンの奴隷商の家だろ? 名前書いてないならいらねーじゃん」

「ううん。家名が書かれていなくても、僕がその家にいた事実を消してはいけないって言われてるから」

「顔も名前も知らねー、どっかの家の奴なんて気にしなきゃいーじゃん」

「そうは言っても、僕を買ってくれた事は事実だから」

「買ってくれた、ねぇ」


 組んだ足の上に肘を立てて、手のひらの上に顎を乗せたクニーガが噴水をジッと見つめた。

 顔の向きはそのままに、視線だけで僕を一瞥する。


「オレ達って一生奴隷だもんな」

「どうしたの急に」

「たまに思っちまう。捕まって奴隷にならなかったらオレ、何してたのかなーって」

「それは……ごめん、わからない」

「そりゃそーだろ。オレだってオマエの話聞くまでラインフォードだって知らなかったし……ん、ちょっと待てよ? 今がライオックで前の飼い主がラインフォード。で、ライラ。ライラ・ライオック・ラインフォード・ナントカ。なあ、ライばっかりだからライライライって呼んでもいーか?」

「嫌だよ」


 重たい話を始めたと思ったらすぐに違う事に興味が移ってしまったみたいだ。

 ライライライって何さ? 呼びにくいだけでしょ。


「えー、今だけかもしれねーのにケチだなオマエ」

「人の名前を何だと思ってるのクニーガ」

「だって次にオマエが買われちまったら間に別の名前が入るだろ?」

「え……?」


 何気ないクニーガの一言が、僕の心に突き刺さった。

 奴隷には当然の、ありふれた可能性の一つ。

 これまでが忙しく、幸せで、考えもしなかった事だ。


「……クニーガは、また売られても良いの?」


 僕は卑怯だ。

 可能性の話でも、考えたくなくて、自分がされて嫌な質問をクニーガにぶつけてしまった。


「嫌に決まってんだろ。オッチャンもネーチャン達もずっと一緒にいてーよ」

「……だよね。ごめん、僕もだよ」

「ん……なんか、わりーな。オレも変な事言ったわ。オマエが買われてどっか行っちまうのも、嫌だわ」

「クニーガ……ありがとう」

「謝ったのオレなのに、礼なんてすんじゃねーよ」


 完全にそっぽを向かれてしまった。

 静寂を、噴水の音が包み込む。


「……奴隷って、奴隷を買えんのかな?」

「え、何言ってるの?」

「ラインフォードならそれぐらい知ってんだろ? 超有名な奴隷商なら」

「……僕が知る限りだといないよ。奴隷を買うのだって両者合意の上で、それこそよっぽどお金に困ってないと売らないだろうし、仮に奴隷が大金を用意できてもその奴隷だって誰かの家の所有物なんだから、難しい問題だと思うよ」

「じゃー、飼い主が認めてれば金さえあればなんとかなるのか」

「金さえあればって……」


 クニーガがなんだかおかしな事を言いだしてしまった。

 金さえあれば。三年前に、金ならあるって言い切ったエルフに会ったなぁ。

 元気かな、アールヴさん。


「なー、ライラ」

「今度は何?」

「オレ、オマエが欲しいわ」

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