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帰還日八日め

声が残る。


『夏月…なの…か…?』


耳を塞ぐ。でも声は頭を巡るばかり。

春雪…兄さんは眠っている。

俺は病室に一人残って、兄さんを見ていた。


停まっている記憶を思い出しすぎて、体に負荷がかかりすぎたらしい。詳しい事はよく理解できない。

急激に記憶が動きだしてしまうと、ショックが大きいらしかった。


「柱さん…センター長さんの話だと、目覚めるか否かは五分五分だそうだ」


父さんは俺の肩を抱きながら、話してくれた。


「春雪は戦ってるんだ、十年分の時間の差と。

いずれこうなるはずだった。

だから……

夏月のせいじゃないんだよ」


そう、強く俺の肩を抱いてから、廊下で泣いている母さんの所に行く父さん。

今は一人、病室でパイプ椅子に座っていた。


「……兄さん」


呼び掛けても、閉じたまぶたは動かない。

胸元が微かに動いていることに安心する。

改めて見ると、本当に兄さんは変わっていなかった。残された写真から、抜け出てきたみたいに。


「兄さん」


ぽたぽたと涙が膝に落ちる。


…俺のせいだ。


あんなの兄さんの体をした異性人だと冷たい目で見ていた。俺を忘れたあんな奴なんて、兄さんだと認めたくなかった。

苦しいから、悲しいから、兄さんから背を向けていた。


明らかにあの時…俺は兄さんを追い詰めようとしていて、その通りに兄さんは倒れた。


俺のせいだ。


後悔の刃が俺を貫いている。


足音。扉を開けて、センター長の柱という男が入ってきた。

俺は慌てて涙を拭う。


「泣いてたのか?」


表情一つ変えずに言う、柱。

兄さんの点滴の様子などをメモになにやら書き留めている。俺は黙って顔を背けた。


「君は気に入らないことや認めたくないことがあると、目を背ける傾向があるね。

現代の子供らしいが…往々にしてそれは君の兄さん、つまり春雪も同じ反応を取るようだ」


点滴を変えながら、ぶつぶつと俺に言っているのか独白なのかよく分からない調子で続ける。

黙っていると、俺を見て柱は笑った。


「春雪は君と似ているって意味さ」


柱は春雪に視線を戻す。


「地球の時間と春雪が体感していた時間には差があった。

春雪は地球と自分の記憶に十年もの差があると認めたくなかったんだよ。

現実認識による脳への負荷も多少影響あるが、ここから目覚めるかどうかは、科学の力ではどうにもできない」


柱は話しながら、点滴を付け替え、またメモを取っていた。


「故に、君の罪悪は君だけの物だ」


言われて、慰められているのだとようやく気付く。回りくどい奴。


「兄さんが目覚めなかったら…どうなるんだ?」


「どう、とは?」


「兄さんの体とか…保護をやめるとか」


柱はベッド脇のもう一つのパイプ椅子に座る。


「肉体への影響は我々の想像を超えている。まだ研究を止める段階ではない。

故に外界からの隔離保護は継続する。

…被験者に対する責任くらい、我々も持っているよ」


では、と椅子から腰を浮かすと、部屋を出て行こうとする。


ふと、


どうして兄さんがこの実験に参加したのか、


と疑問が浮かんだ。


「なぁ、」


柱は足を止め、振り返る。


「兄さんは、なんでこの実験に参加したんだ?」



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