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飛脚転生 〜箱根駅伝の5区(山登り)の神、江戸の街道を現代走法で無双する〜  作者: 霧島 陣九郎
第三章 西国動乱『大坂〜萩 三十区間天下最速勝負』編

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第50話(第三章最終話):最速の証明と、新しき世へ

【一】勝者の雄叫びと、告げられた決意

萩の着到場を包む、息の詰まるような静寂。

大の字に倒れた宗吉と、すぐ隣で荒い息を吐く黒羽屋のエース・霧生。

「判定が出たぞ! 勝者は……八坂屋ぁぁぁッ!!」

判定係のダミ声が響き渡った瞬間、群衆から割れんばかりの大歓声が巻き起こった。阿武川の断崖を跳び越えた宗吉の気迫の踏み込みが、ほんの紙一重、極薄の草鞋で滑り込んできた霧生の鼻先を削り取っていたのだ。

「やった……勝ったぞ! 勝ったんだ……ッ!」

駆け寄ってきた千鶴が、泥と汗にまみれた宗吉の体を強く抱きしめる。横では勝小吉が豪快に笑い声を上げ、宗吉の肩を力任せに叩いた。

「ハハハ! 見事だ宗吉! 八坂屋の走りが天下最速だってことを、見事に見せつけてやったな!」

歓喜に沸く二人に対し、勝は周囲の気配を伺いながら、ふと表情を引き締めて声を潜めた。

「だが宗吉、浮かれている暇はねえぞ。……明日、長州藩の佐幕派重臣の屋敷を訪問する。水野の旦那から預かった『あの密書』を渡し、長州の腹を決めさせなきゃならんからな」

「……ああ、分かってます、勝様。本当の決着は明日だ」

宗吉は力強く頷き、胸元の密書を確かめるのだった。


【二】早駕籠の到着と、解き放たれた真実

翌朝。萩の八坂屋宿舎に、ガタガタと激しい音を立てて一台の早駕籠が滑り込んだ。

「はぁ……っ……はぁ……っ……!」

中から倒れ込むように現れたのは、痛痛しく布を巻いた血まみれの傷口を押さえるお初だった。千鶴と宗吉、勝がすぐさま抱きかかえ、奥の部屋へと担ぎ込む。

千鶴は即座に緊急の手当てを施し、傷口を処置していった。激痛に耐えながら息を取り戻したお初は、青白い唇を震わせながら、息を詰める一同を見つめた。

「宗吉殿……千鶴殿……勝様……聞いてください。私の一族は、かつて真田に仕えた忍びの末裔……。私は、徳川の世から隠され続けてきた豊臣の血を引くお方……紫乃様しのさまという姫をお護りするための『足』として育てられました」

「豊臣の血脈……! 姫がいる……!?」

勝が息を呑む。お初は苦しげに言葉を続けた。

「はい……。ですが、黒羽屋の成三は、紫乃様を政治的象徴として担ぎ出し、長州藩の過激な倒幕派や薩摩藩と結託して、西国全体を巨大な戦火に巻き込もうとしているのです……! 成三と紫乃様は今、倒幕派志士が集う黒羽屋の萩屋敷におられます……!」

お初の口から語られた衝撃の陰謀と宿命。宗吉と勝は意を決し、すぐさま佐幕派重臣の屋敷へと向かった。

屋敷に足を踏み入れた二人は、幕府大目付・水野伊豆守景時から託されていた極秘の密書を佐幕派重臣へ手渡す。密書には黒羽屋と長州藩倒幕派、薩摩藩が結託する陰謀の全貌が暴かれており、宗吉と勝は藩内の倒幕派過激分子を排除するよう強く訴えた。密書を確認した佐幕派重臣は顔色を変え、直ちに藩士を動員して黒羽屋の屋敷を完全包囲する決断を下した。


【三】萩屋敷の凍てつく空気と、魂のぶつかり合い

佐幕派の藩士たちが秘密裏に動く中、手当てを終えたお初、宗吉、千鶴の三人は、成三たちが潜む黒羽屋の萩屋敷へと向かった。

「お初……よくぞ戻った。そして八坂屋の者たちもな」

お初たちの訪問に対し、成三はお初と宗吉を自分たちの陣営に取り込もうと目論み、奥の間で紫乃との面会をセットしたのだった。

踏み込んだ最奥の座敷。お初の荒い息遣いの中、その少女だけが動かぬ彫像のように静座していた。

豪華な小袖を纏った紫乃。彼女がそっと長い睫毛を上げ、氷のように澄み切った瞳を向けた瞬間、座敷を支配していた空気が一瞬で凍りついた。宗吉と千鶴は背筋が微かに震えた。言葉による威圧ではない。そこに存在するだけで周囲の呼吸すら奪い去る、圧倒的な美しさと畏怖そのものが紫乃だった。

お初は膝をつき、絞り出すような声で訴えかけた。

「紫乃様! 目を覚ましてください! 豊臣と徳川が争い、再びこの国を戦火で包むことなど無益です! 互いに手を取り合い、新しい日本の平和を守ることこそが真の道なのです!」

しかし、紫乃の表情は一つも崩れない。冷たい鈴の音のような声が、静寂を切り裂いた。

「……融和など、敗者の詭弁です」

紫乃の目奥に、宿命の炎が燃え上がる。

「徳川の傘下で甘んじる偽りの平和など、豊臣の血が、討ち死にしていった者たちの無念が許しはしない! 」

紫乃の声は低く、しかし座敷全体の空気を一瞬で凍りつかせるような圧倒的な威圧感を帯びていた。

「見なさい、今の徳川の世を。門閥に胡座をかき、腐敗しきった幕臣どもが天下を貪り、日ノ本の力は底をついている! 今や清国は欧米列強に食い荒らされ、次にその牙が向けられるのはこの日ノ本なのですよ! 徳川のこの生ぬるい泰平に浸かったままでは、諸国が割れ、日ノ本は遠からず欧米の餌食となって滅び去る……! なぜそれが分からぬのですか!」

冷酷な仮面の奥から、日ノ本を憂う紫乃の苛烈な魂が解き放たれる。紫乃は宗吉に向かって、圧倒的なカリスマ性を放ちながら凛として手を差し伸べた。

「滅びを待つ徳川の世など、もはや潰すしか道はないのです。わたくしは豊臣の血を受け継ぐ者として、この命を賭して立ち上がります。薩摩・長州の全面支援のもとで尊皇攘夷を断行し、徳川から大政奉還を必ずや勝ち取ってみせます。……宗吉。日ノ本を滅亡から救い、新たなる維新の世を創るため、我が仲間となりなさい」


その圧巻のカリスマ性に対し、千鶴が前へ進み出た。恩師・緒方洪庵から授かった言葉を胸に、一歩も引かず凛とした声で諭す。

「違います、紫乃様! 徳川も豊臣も、もはや関係ありません! 大事なのは、日本が最新の技術や文化を貪欲に取り入れ、清や欧米列強と対等に渡り合える国づくりを進めることです! 過去の怨念にとらわれた戦など、国を滅ぼす道でしかありません!」

宗吉も千鶴の隣に並び、胸のタスキを力強く掴んだ。

「そうだ! 新しい世の中を作るために必要なのは戦じゃねえ!最速の情報網を全国に確立し、欧米列強の陰謀や介入を未然に排除することだ!」

千鶴と宗吉の語る新時代の理と揺るぎないビジョン。その熱量に触れた瞬間、紫乃の冷徹な瞳が一瞬だけ激しく揺らぎ、胸の奥でせめぎ合う激しい葛藤がその美しい眉を歪めた。

横でそれを見ていた成三が、焦りを隠すように高笑いを響かせる。

「ハハハハ! 戯言を! 我らが歩む道こそが天下の覇道よ!」


【四】漆黒の旋風と、明日への誓い

その高笑いを切り裂くように、闇の中から影が躍り出た。黒疾風の頭領・霧生だ。

「成三殿、紫乃様! お急ぎを! 屋敷が佐幕派の長州藩士どもに包囲されました! 勝小吉と武装した藩士どもが門を破って乱入してまいります!」

「なに……ッ!?」

成三が叫ぶと同時に、踏み込んできた長州藩士たちが刀を抜いて襲いかかった。あともう一歩のところで成三と紫乃を捕縛できる絶好の機会であった。

しかし、霧生は懐から抜き放った短刀の一閃で最前列の藩士たちを一瞬で叩き伏せると、仕込んでいたからくりを即座に動かした。

ポンッ! バンッ! と激しい音とともに目も眩むような爆炎と濃厚な煙幕が座敷全体を覆い尽くす。

「ぐわっ!? 目が……前が見えん!」「仕掛けだ! 探せッ!」

混乱する藩士たちの怒号と白煙の中、霧生は成三と紫乃の手を取ると、床の間の掛け軸の裏に隠されていたからくりの隠し扉を突き開けた。そのまま手慣れた身のこなしで闇の中へ続く地下道へと飛び込み、あっという間に追手の手を逃れて屋敷の外へと脱出・逃亡していったのだった。


静けさを取り戻した座敷。

紫乃を救い出せなかったお初は、畳の上に膝をつき、両手で顔を覆ってボロボロと涙をこぼした。

「紫乃様……っ……申し訳ありません……っ! 私が不甲斐ないばかりに……!」

かつて正体を隠し、冷酷な忍びとして八坂屋に潜入していたお初。その孤独な影はもうどこにもなかった。

宗吉と千鶴はそっとお初の隣に膝をつき、その痛々しい肩に優しく手を置いた。

「お初さん、自分を責めるな。逃げられたって、俺たちの手はまだ届く。黒羽屋の陰謀が京や西国へ広がろうと関係ねえ」

千鶴も柔らかな笑みを浮かべ、涙に濡れるお初の顔を覗き込む。

「ええ、お初さん。あなたの脚と、私の医学、そして宗吉の走法があれば、どんな試練だって乗り越えられます。一緒に紫乃様を闇から救い出しましょう」

二人の温かな温度と、偽りのない絆。

お初は溢れ出る涙を力強く袖で拭うと、忍びの仮面を完全に脱ぎ捨て、一人の人間として、晴れやかな強い眼差しで顔を上げた。

「……はい! 宗吉殿、千鶴殿! 私の足は……もう影ではありません。八坂屋の走者として、お二人の隣で未来へ走ります! 紫乃様を救い出し、新しい世の中を作るために……どこまでも一緒にお供させてください!」

手を握りしめる宗吉、千鶴、お初。

箱根の山を登り切り、中山道、西国街道を駆け抜けた雑草たちの走りは、いまや一国の未来を照らす風となった。

戦ではなく、科学と技術、そして人と人との絆で時代を繋ぐために——。

八坂屋の韋駄天たちは、朝日に輝く街道の先へ向けて、さらなる未来へと爆発的な一歩を踏み出すのだった。

(第三章・完/第四章へ続く)

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!

第三章 西国動乱『大坂〜萩 三十区間天下最速勝負』編堂々完結です!

新時代の光を見据え、タスキを繋いで走り続ける八坂屋の物語は、次なる舞台(第四章)へ——!

「面白い!」「第四章も楽しみにしている!」と思っていただけましたら、ぜひページ下部の【ブックマーク登録】と【★★★★★評価】で応援していただけると最高に嬉しいです!

皆様の応援が何よりの執筆の原動力になります。

次回、第四章の開幕もどうぞお楽しみに!

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