第6話 焼き魚
魚の方は片面を焼いた後、トングでひっくり返して裏も焼く。最初に網に油を塗っていたので、網にくっついたのはほんのわずかだった。このひと手間が魚を焼くときには大切だ。裏側も焼けるまでの間、俺は丁度いい小枝を手に取って、ナイフで削って細い串状に加工した。しばらくして裏側も焼けたところでトングで魚を抑えながら、作った串を魚の尾から頭の方へと突き通す。
「最初から刺すと、焚火で燃えちゃうからね」
そうして刺し終わった魚を取りあえず一匹オベリスクに渡した。オベリスクはクンクンと焼きあがった魚の匂いを嗅いだあと、背中の方からガブリとかみついた。そうしてまた口元から放して焼き魚を眺める。
「お主先ほど塩を振っていたな。魚というのは焼いて塩をかけるだけでこんなにもうまいものなのか? これは驚いた」
俺は笑いながらケトルをチェーンの先のフックから取り外すと、紅茶を朝オベリスクが使ったシェラカップに注いで手渡した。
「うむ、有難う」
そう言ってからオベリスクは、魚を食べては紅茶を飲むという事を繰り返した。俺も一緒に魚を食べる。確かにうまい。しかしよく考えると、ここはどこなのかもよく分からない異世界だ。魔族だというオベリスクはともかく、こんなに不用心に魚を食べてよかったんだろうかという疑問も沸いた。いや、うまいんだから大丈夫だろうと、よく分からない理屈で自分を納得させた。
二匹目の魚に差し掛かったところで、オベリスクが咀嚼しながらこう言った。
「そう言えばこの椅子なんだが、余が座っていていいものなのか? つくりは随分と貧弱に見えるが、座り心地が素晴らしい。もしかすると魔王城にある魔王の椅子よりも上かもしれんぞ」
「ああ、その椅子はね、フレームはアルミと言う金属でできていて軽いんだけど、少しだけ弾力があるんだ。座面と背もたれも化学繊維……布で出来ていてとても柔らかい。だから座り心地がいいんだよ。荷物にはなるんだけど、俺の山での必需品なんだ」
それを聞いてオベリスクはすぐに立ち上がった。但し魚の串は手から離さず、もぐもぐと口を動かしながらだ。
「すまん、朝方から当然の様に余が座ってしまっていた。主には大切なものなんだろうな? 魔王の椅子に他者が座れば殺されても文句は言えないからな」
朝初めて会った時から、当然の様に彼女は椅子に座っていたし、実年齢はともかく見た目が小さな少女なので、至極当然にその座は譲っていた。自分は地べたに座るための、小さな折り畳み式のマットを敷いていたので、それほどきつくもない。
「いいよ、それは君が座っておいて、体は小さいんだから丁度視線は俺と同じくらいになるだろう? 大体俺の世界ではレディーファーストと言って、女性に男は席を譲るもんなんだ」
「そうなのか? ではお言葉に甘えるとしよう」
そう言ってオベリスクはまた椅子に腰かけた。『お言葉に甘える』とはなかなかに難しい言い回しを使う物だなと俺は感心した。しかし話している言葉の音は改めて考えると、やはり意味不明なので、俺が頭の中でそう翻訳しているだけなのだろう。
「ところでちょっと聞きたいんだけど、俺が異世界からの転移者だとして、どうしてこんな風に君と会話ができるんだい? 多分お互いに違う言葉を話しているよね?」
「まぁそれはスキルという奴だ。魔族にも色々な種族が居て言葉も色々だからな。意思疎通ができるように魔王の血族は、言語伝達のスキルを持っている」
「じゃあ、俺は君以外とは言葉が通じないって事?」
「相手が余と同じ様に言語伝達のスキルを持っていなければそうなるだろうな」
なるほど、俺は例えばアマゾンのジャングル、それも奥地でキャンプをしている様なものなのだろう。仮にどこかで誰かにあったとしても、ブラジルで話されている言葉……ポルトガル語なんかは皆目分からないし、原住民族なんかと出会ってももちろん意思疎通は敵わない。むしろここでオベリスクと出会ったのはラッキーだったのかもしれない。いくらキャンパーとは言っても、何年も誰ともコミュニケーションをとれなければ相当にキツイ。これは彼女とは離れない方がいいような気がしてきた。
そう思ってオベリスクの方を見ると、俺が手渡す前に既に三匹目の魚に手をつけていた。俺もまた次の一匹を手に取った後、空になった網の上に又同じように生魚を並べる。そうして薪も入れ足した。
「それでオベリスクは魔王城に行かなきゃいけないんだよね?」
「まぁそう言う事になっているな」
オベリスクはそう言いながらも、魚を食べる手は休めない。
「……しかし朝も言った通り、あまり積極的に魔王になりたいとは思っていないのだ。結界の外には魔物もいるから戻るのも面倒だしな。しばらくはこの辺りでゆっくりしていてもいいなと思っている。キャンプというのはよく分からんが、主といると何かと退屈し無さそうだ」
網でBBQをする時は事前に油を塗っておくとくっつかなくていいです。肉ならまぁいいんですが、魚は網にくっつくとかなり悲惨な事になります。




