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薬草村から世界へ:お母さん、私、錬金術師になります!  作者: 鹿ノ内


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episode35 甘味の在り方



 聖庇舎の子どもたちと作った黄金色をした焼き菓子――マドレーヌ。

 それを前にして、小さな身体たちが目を輝かせた光景は、ミュリアの胸をやさしく満たしていた。


 だからこそ、ミュリアは思ったのだ。

 この笑顔を守るためにこの子たちの働ける、自分で生み出す環境をつくりたい と。


 聖庇舎は保護施設であると同時に、簡単な雑務や薬草選別など、子どもたちに働き方や学び方を教える場でもある。

 だが財政は常にギリギリだ。ましてや、すぐに儚くなってしまう成人前の子供に割ける財産はほとんどない。そのため、神殿からの予算は決して十分ではなく、寄付も年々減っているらしい。



 あの子たちが、もっと自分の力で未来を選べたら。



 そんな想いのまま、ミュリアは翌朝、ラシェルに頭を下げた。


 「……聖庇舎の子どもたちに内職の仕事を斡旋できないでしょうか。売上を聖庇舎の運営費に回す形で」


 言い終わった瞬間、ラシェルは眉を寄せた。

 驚き、困惑、そしてほんの少しの評価が混ざったような複雑な表情。


 「……君は、またとんでもないことを言い出しますね」


 淡々とした声音のまま、書類に目を落としたまま続ける。


 「まず、大前提として――商売自体は禁じられていません。商業は十二神メルカエルの守護の下にある正当な行いです。ただし」


 視線がミュリアへ上がる。


 「神殿内で私的な営利活動を行うとなれば話は別です。時間管理、材料調達、収支報告、販売許可。最低限それらを明示した事業計画書の元、神官長の精査と認可が必要です」


 ミュリアは息を呑んだ。

 村では感覚で数字を管理していた。

 公式な文を作るとなると、初めての作業ばかりだ。


 さらにラシェルは、帳面を閉じて続けた。


 「……そして何より――神殿には変化を嫌う者も多い。特に保守派の神官は、清貧こそ美徳と信じていますから」


 清貧。

 ミュリアもこの数週間で痛いほど聞いた言葉だ。


 「君が最近、お菓子を作って子どもたちに振る舞った、という噂もすでに流れています。『砂糖を軽々しく使う新人がいる』とね」


 胸の奥がひやりとした。


 「……す、すみませんでした……」


 「責めているわけではありません。むしろ私は、君の提案は理にかなっていると思いますよ。聖庇舎が収入をつくるという視点は誰も持っていなかった、否やろうとも思わなかったでしょう」


 ラシェルの声に、ミュリアは顔を上げた。


 「やる気があるなら――動きなさい。ただし、やる以上は誰からも指摘されないだけの準備をすること。神殿内で動くというのは、そういうことです」



 言葉は厳しい。

 けれど、そこに突き放す気配はなかった。


 ──認めようとしてくれている。


 ミュリアは胸の奥でそっと拳を握る。


 「はい。……やってみます。必ず、形にします」


 ラシェルは息をつき、手をひらりと振って言った。


 「君のやる気を信じています。


  ……だからこそ、余計に心配なんですよ」


 


◆ 翌日


 話し合いが終わった翌日。

 あの温かい決意とは裏腹に、ミュリアは妙な空気を感じ始めていた。


 廊下を歩けば、すれ違いざまに声が小さくなる。


 「……あの子でしょ?」「甘味の……?」「清貧に反する……」


 遠巻きの視線、ひそひそ声、近づけば散るように消える会話。


 ミュリアにとって思わぬ初めての壁だった。


 数日前まで、同じ仕事をする仲間として普通に言葉を交わしてくれていた神官たちが、

 どこか距離を置くような態度を取る。


 (……あれ、私、何か間違えちゃった?)


 胸が少しだけ痛くなる。


 噂の中心は――

 「聖庇舎で贅沢なお菓子を作った新人がいるらしい」

 というものだった。


 砂糖を扱うことそのものは禁じられていない。

 それでも、神殿で働く以上、慎ましさは美徳と捉えられる。


 ミュリアは知らなかったのだ。

 “清貧”という信仰の文化が、人々の心の奥底に根を張っていることを。


 遠くに見えるエルモアが心配そうに手を振る。

 けれど、その背後で別の神官が囁く声が聞こえた。


 「聖庇舎の子どもに甘味なんて……甘やかしすぎでは?」


 「理術院の新人だろ? あの子、なにもわかってないんじゃ……」


 ミュリアはぎゅっと胸元を押さえた。

 痛いわけじゃない。

 ただ、胸の奥がざわざわして落ち着かない。


 (……でも、あの子たちの笑顔は、間違いじゃない)


 ふるふると頭を振る。


 ラシェルも言っていた。

 「準備を積めば、道は開ける」と。


 信じよう。

 自分が見たものを。

 子どもたちの笑顔を。

 未来のために動きたいと思った自分の灯りを。


 ミュリアは深呼吸し、足元を見つめなおした。始まりはこういうものだ。


 胸の奥に小さなざらつきを抱えたまま、ミュリアは理術院の執務室へ向かった。


 今日もシリルの業務補佐だ。

 扉を軽く叩くと、中からいつもの気の抜けた声が返ってくる。


 「おはよ〜。あ、ミュリアちゃん、入っていいよ」


 その気安い調子に少しだけ救われる。

 ミュリアは部屋に入り、胸の前で指を揃えて小さく礼をした。


 「おはようございます。本日もよろしくお願いします」

 「よろしく〜。え、なんか顔暗くない?寝不足?」


 シリルの何気ない一言に、ミュリアは小さく息を吸う。ごまかしてしまってもよかった。でも誰かに聞きたかった。


 「シリルさん……あの、少し、お伺いしてもいいですか?」

 「ん?どうぞ〜?俺でよければ」


 筆を回しながら気軽に答える様子に、ミュリアは意を決して言葉を続けた。


 「最近噂になっていること、耳にされましたか?聖庇舎で、子どもたちと甘いお菓子を作ったこと、」


 シリルは筆を止めず、しかし目線だけをミュリアに寄越した。


 「まあ神殿って言っても結局は人の集まりで、みんな噂好きだもんねえ。聞こえなくもなかったかな」


 ミュリアは唇を噛む。

 胸に溜まっていたものがこぼれ出す。


 「……子どもが成人するまで人として扱われないこと。甘いものを贅沢とする考え。そして、私の行為は神への冒涜になるのでしょうか」


 ようやく口にした不安。それに対し、シリルは筆を置くでも怒るでもなく、ただ肩をぽりぽり掻きながら言った。


 「ん〜〜……人間の考えって結局は人間が都合の良いように決めたものだからね。どれが正しいとかどれが間違ってるとか神様はそんな線引きしてないと思うよ?」


 ミュリアは瞬きをする。


 「……分かりづらいです」


 「でしょ〜。俺も分かんないもん」


 シリルは笑った。

 けれどその声の奥には、柔らかな芯があった。


 「ただ、人がずっと抱えてきた当たり前とか清貧の美徳とそういう潜在意識は、ひと晩で消えるもんじゃない。悪いとか良いとかじゃなくて、長い長い歴史があるからねぇ」


 机の上で指をトントンと叩きながら、続ける。


 「だからって俺がミュリアちゃんは悪くないよ!って簡単に味方できるわけでもなくてね。俺は一応、神官だから。神様と人の間に立つ橋渡しで、ミュリアちゃんと人の間に立つわけじゃないから」


 そこでようやくシリルはミュリアを正面から見た。


 「でもさ

  神様がいいって言えば、いいんじゃない?

  俺はそう思うよ」


 その言葉は軽いようでいて、重かった。神はどこまでを見て、どこまでを許すのか。ミュリアにはまだ分からない。


 だがシリルは続ける。


 「ラシェル様が言ってたでしょ?普段の業務をちゃんとすること。それがまず第一歩。ね、今日もがんばろっか」


 飄々としていて捉えどころのないのに、

 なぜか心に風が通るような言葉だった。


 ミュリアは胸に手を当て、小さくうなずく。


 「……はい。まずは、目の前の仕事をきちんとやります」


 「そうそう。悩むのは悪いことじゃないよ〜。でも、滞らないようにね」


 シリルはにやりと笑い、書類をミュリアの方に押しやった。


 「じゃ、今日の分、よろしくね。

  ミュリアちゃん、細かい数字見るの向いてるし」


 その何気ない自分を見てくれていると分かる一言が噂のざわめきより何倍も心に染みた。


 ミュリアは深く息を吸い、

 机の上の書類へ向かうために椅子を引いた。


 そうだ。

 私は、私の仕事をしよう。

 胸を張って、間違わないように。



 頭の奥で、シリルの言葉が淡く揺れ続けていた。


 ──神様が許すなら、いい。



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