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薬草村から世界へ:お母さん、私、錬金術師になります!  作者: 鹿ノ内


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episode13 神様の加護



 日が沈み、空の端に藍が落ち始めたころ、

 私たちは村を外れて十何キロか進んだ辺りの草地に荷馬車を停めた。

 大木の木陰に寄り添うように2人で並ぶ。

 焚き火を囲んで、ゆっくりと湯気の立つスープをすすりながら、セオドールが唐突に言った。


「……それでさ、そろそろ、ミュリアちゃんについて説明しておきたいことがあってね」


 私は背筋を伸ばす。昼間の神殿での出来事がまだ胸の奥で温かく燻っていたが、その言葉に意識を持っていかれ、ハテナを頭に浮かべた。


「イレリウス様もミリアさんからも、王都に入る前にちゃんと説明するようにことづかっていて、まずは灯果の蝋燭の扱いについてなんだけど」


 神父さまと母の名前が出た事でこれは真剣な話だろうと食べる手を止めて向き合った。


「灯果の実はね、まずセメティア様のご加護がないと見つけることすらできないものなんだ」


 ゆっくり噛みしめるみたいな声だった。図鑑でその記載を読んでいた私も小さく頷く。


「ミリアさんも同じ加護を持っていたみたいだね。前から扱ってはいたんでしょ?」

「はい、灯りを失ってしまわないように、すぐ加工しないといけないからひとりのときはあまり採ってなかったみたいですが」


 そこまで言うと、セオドールは満足そうに目を細めた。


「そう。そしてね、加工するためには、もうひとつの加護――炉と守火の精、イステリア様の加護も必要だね」


 ぽたり、と心に何かが落ちる音がした。


 イステリア様。炉・家庭・守火の神様。

 それは、いつも台所に立つお母さんたちの領域そのものの神様の名前だ。


「ミュリアちゃんが蝋を溶かす手つき、あれは精霊の手引きがないとできない。だからね――君は精霊に深く愛されてるんだ」


 それは、何度か言われた言葉。

 でも今になって初めて、それがなんとなく特別なことなんだろうなと理解できてきた。


「普通の人は、違うんですか?」


「違うよ。」とセオドールは、焚き火をつつきながら答えた。


「ミュリアちゃんの村にも、さっきの村にも――イレリウス様を除けば、魔法を扱える人間は一人もいないんだ。そして魔法は加護の力の運用であるとされいる。だから、魔法を使えるということは精霊と繋がってるってこととイコールなんだよ」


 私はまだちゃんと理解できてなくて言葉は詰まる。


「、平民にも魔力はあるって本に」

「生命活動に必要なくらいはね。」と優しく遮る。


「でもね、仕事にできるほど強い魔力を持つ子は、大体は長く生きられない。体が負荷がかかるんだ」


 ――精霊に愛されすぎる者は短命


 胸の奥がぞわりと震える。


「じゃあ私は……」


「生きてる。そして蝋燭を作り続けている。それが真実だね」


 セオは焚き火の光で金の瞳をきらりとさせた。


「イレリウス様の見立てだと――ミュリアちゃんはもう加護の中にいるらしい。」


 冗談めかす声色なのに、言葉だけはひどく重かった。


「灯果の蝋燭はね、君が思ってるよりずっと神前に供える格の品なんだ」


 私は言葉を失う。

 自分がやっていたことは――ただの家事の延長、お手伝いのつもりだった。


 当たり前に摘み、当たり前に加工し、当たり前に灯していた。

 なのに。それは奇跡だったと言われている。


 胸の奥がむずむずして、くすぐったいような、苦しいような気持ちになる。


 火の粉が夜空にひとつ舞い上がる。

 ふと見上げると、星が冷たく澄みきっていた。


 ──── その瞬間、

 高い空のさらに奥から、透明な何かがすうっと胸に触れた気がした。


(……歓迎されてる?)


 そう思った次の瞬間には、もう何もなかった。


 気のせい。

 でも――気のせいと片づけるには、

 少しだけ、優しく、温かかった。


「……ミュリアちゃん」


 焚き火越しにセオが笑う。


「君の旅はね、本当にはじまったんだよ。」


 言葉が何も出なかった。まだ腑に落ちない、理解はしきれてないと思う。

 ただ、胸の奥がじんわりと熱くなる。

 だってこれから、その答えとなるものを自ら学びに行けるのだから。

 私は静かに目を伏せ、夜のしじまに包まれたスープを、もう一口啜った。


 焚き火のはぜる音が、夜の静けさの中に小さく跳ねた。橙の火が荷馬車の影を揺らし、ふたりの輪郭を柔らかく照らしている。


「そんなこんなでね、僕は王都の下町じゃちょっとした有名人さ。どこからか灯果の蝋燭を運んでくる奴がいるって噂されててさ」


 セオドールは胸を張り、わざと偉そうに語る。焚き火を反射した瞳が子どもみたいにきらきらしている。


「へえ……すごいですね」


 わたしが人ごとみたいに感嘆の声を漏らすと、彼は肩をすくめて笑った。それに釣られて私も何を言ってるんだと笑ってしまう。


「親にも驚かれたよ。やっと商人らしい商人になったって褒められたねぇ」


 普通の小話みたいにそう言って来て、でも照れ隠しかこちらとは目が合わなかった。軽やかに転がる声音。


 私は薪を突きながら素朴な疑問を口にした。


「……そういえばらどうしてセオさんはなんで魔物に襲われないんですか?旅は危険だって、お母さんも言ってました。逆にセオさんと一緒なら安心だ、とも」


「ああ、それはね」


 セオドールは焚き火の棒を置き、革紐のついた古びた護符を首元から引き出した。


「イレリウス様から預かったお守りがあるからさ。結界の魔法が刻まれてる。――村に顔を出すのも、最初からこの維持のためだったんだよ」


「魔物避けの、結界」


「そう。一度ね、僕は誤ってお守りを置いて旅したことがあってさ。盗賊に囲まれたと思ったら森影から魔物まで出てきてね。“あ、人生終わったな”って」


 わざと軽口に包むけれど、その手は当時の記憶を噛むように護符を擦った。


「でもなんの幸運か生き残っちゃって。それ以来、お守りを肌身離さず。だから、ミュリアちゃんが無事に王都に行けるのもイレリウス様のおかげってわけだよ」


 神父さまというありがたい存在に思わず祈りを捧げた。命綱が、こんなところにもあったなんて。


「商人っていつになったら地に足がつくと言われるものなのでしょうか?」

「さあねぇ。僕より先に道のほうから足を掴んでひっぱってくるよ。迷い道も寄り道も全部糧にされちゃう立場だから」


 焚き火の火粉がふわり浮かび上がった。

 それを目で追いながら、私は思う。


 ――吟遊詩人みたい。会ったことないけど。


 セオドールの旅の語り口はどこか詩のようで、聞いていると景色が浮かぶ。出会ってずっと“商人さん”だと思っていたのに、こうして話すと“道の語り部”そのものだ。


「セオさんって……吟遊詩人さんみたいですね」

「えっ、僕が? それは誉め言葉かな?」

「もちろんです」


「はっはっは、それなら悪くない。

 商人ってのはね、物を運ぶんじゃなくて“物語を連れて歩く”生き物でもあるからねえ」


 彼が笑ったとき、焚き火がまた一段階大きく揺れた。その明かりの下でゆらゆら漂う影を見たあと、私は空を見上げる。


 星は驚くほど近く、夏の気配は透き通っていた。


 そうして話に話を重ねているうちに、夜はどこまで引き延びたのかわからなくなった。

 気づけば焚き火は静かに熾火へと変わり、ふたりは肩を寄せるほどの距離で眠気を分け合っていた。


 そして――明日はいよいよ、王都に辿り着く。



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