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薬草村から世界へ:お母さん、私、錬金術師になります!  作者: 鹿ノ内


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episode9 雪解けの季節



 長い冬が終わる。

 雪解けの雫が屋根から落ち、木々の枝がやわらかく色付いていく。

 ミュリアの住む小さな山村には、ようやく息を弾ませる春風が戻ってきた。


 冬の間に作り貯めた灯果の蝋燭は、元々は母だけじゃ手が回らなくて、私がいっぱい作れるようになったことで量産の体制が整い、今や村の宝物のような扱いだ。

 灯果は木々に燃え移る心配もなく、乾燥がちな季節、火事の心配もなく使えることがありがたい。

 夜道で灯す灯りとしてだけでなく、心を落ち着かせる香りのもの、安眠用、贈答用──数年かけていくつもの使い道が自然と生まれていたことも大きかった。


「今年の灯果はようできとるなぁ。去年より売れ行きええんちゃうか?」

「ミュリアちゃんの手つきが丁寧やからよ。いつもありがとうねえ」


 村人たちが笑うその横で、ミュリアは首を横に振る。


 前世で何も救えなかった自分とは違う。

 今度はちゃんと手が伸ばせているのかな。


 そして──次に彼女が思いついたのは、温石入れの改良だった。

 

 きっかけは小さな井戸端会議中だった。


「ねえミュリちゃん、この袋、すぐに他の人のやつと分からなくなっちゃってなあ、」

「そうよねえ、自分たちで使うものにわざわざ刺繍してもねえ」

「糸も高いしなあ」


「う〜ん、確かに…」


 教会からの帰り道、近くでお話ししているお母さん方に挨拶していたら話が弾んで仲間に入れてもらった。

 手には冬に活躍するカイロの代わりとなるーー温石を手で転がしていた。

 温石を入れる生成りの小袋だ。この時代にマッキーなど名前を書くような便利なペンなどはないし、アイロンで簡単にくっつけられるワッペンもない…。

 色の付いた糸はそもそも高いし…。


「こんな感じの編み物なら空いてる時間に作れて、まとめて作ればいつでも縫い付けられますしどうでしょう?」


 偶々髪を縛るリボンとして使っていたレース編みの髪留めを外して見せる。こんな感じで作ります、と手を動かしながら説明してみせると、どのお母さんたちの目もきらきら輝いた。


「まあ!可愛いわ!」

「わたしもやってみたい!」


 誰かが言った小さな一言が、ぽんと芽を出す。


 すぐに井戸端仕事会が自然と形成された。

 最初は手を止めておしゃべりばかりだったが、今では口も動くが手も動いている。糸が絡まって笑い声、まるで子どもたちの遊び場みたいだった。


「こんな風に花が咲くのねぇ……不思議だわあ」

「ミュリアちゃんの手つき、見とるだけで楽しいわ」


 気づけば、ただの手伝いではなかった。村の誰かと繋がる時間。

 生死を分つ普段ならば長く息を止めて過ごす冬の時期、皆の胸にやさしい呼吸を戻す時間になっていた。



「ねえねえミュリちゃん、この花のデザイン、とっても素敵!わたしの嫁入りの時のヴェールに使ってもいい?」

「お、お嫁入り!?」


 村の風習で家庭に入る子女は冬の間目一杯時間をかけて刺繍をした布をヴェールとし、それを纏い嫁入りをする習慣が根付いていた。

 それの綺麗さ、丁寧さ、デザインによってどれだけ私はこれだけ頑張りますよろしくお願いします、の意味合いになると言われている。


「だってね、端切れの糸が連なってこんなに綺麗になるならまるで福が宿るみたいで……縁起がええやろ?」


 ミュリアは思わず笑ってしまった。

 最初はただの可愛い工夫だったのに、

 誰かの心のお守りになっている。


 (ああ……こういう広がり方、すごく好き)


 それは“貧しいから仕方なく繕うのではなく、大切な布を、大切な形で生き直させるための縫い方。


 意匠は、想いに触れて文化になる。始まりは、本当にただの小さな愚痴からだった。


 編みかけのレースを手に、日差しの差す軒下で並んで座る女性たち。子どもたちは周りで転げ回って遊び、湯気の立つ薬草茶の香りが辺りにふんわりと広がった。


「細かい作業は苦手なんだけど、ここに座ってるだけで落ち着くのよねぇ」

「わかる~。畑仕事の合間にこういう手仕事があると、なんか心に余裕ができる気する」


 ようやく訪れつつある穏やかな春の陽気に、村全体が緩やかにほどけていく。


 そこへ、ぽつりと声があがった。


「ねえミュリちゃん……春になって行商人の方が来たら正式に買い取ってもらいまさょう?」

「えっ」


 もともとは冗談半分のはずだった。ただのお揃いのキーホルダーみたいな、貧しくても出来るおしゃれや趣味の意味合いが強かった。

 けれど、意外にも周囲の反応は真剣だ。


「あら、灯果の蝋燭みたいにね?」

「それなら冬にお仕事できんくなる人にも、続けてもらえるわ」


 続けるという言葉で、場の空気が変わった。


 ──続ける理由、出来ることがあるということが生活になる。


 気づけば参加者は増えていた。

 最初は若い夫婦やその奥方、次に妊婦のお母さん、そして畑仕事を早めに引退したおばあちゃん。


「座ってできる仕事はありがたいなあ。足腰が弱なって」

「外に出にくい妊婦さんでも、ここなら気兼ねなく混ざれるわね」


 村は小さい。

 一人が肩を落とせば、空気が沈む。

 だからこそ

 一人ずつ笑顔が増えると、春が濃くなる気がした。


 ある日そこにアニーのお母さんも顔を出した。


「この子が冬にお世話になってばかりで……わたしも何か、お返しを」


 アニーは私と一緒によくこの井戸端会議に出席していたが、アニー母が来るのは初めてだった。真っ直ぐすぎるお礼は逆に恐縮させるほどで、ミュリアたちは笑って首を振るしかなかった。


 それでもアニーの母は遠慮がちに参加して縫いはじめ、やがて花を咲かせられたとき――


「あの子も元気になって、今こうして一緒にいられるのも……ほんとに…。わたしもまだまだ元気に生きているうちはくよくよしとらんと、人様のために何かしてあげなくちゃいけないわ。そうする事でわたしもしゃんと立っていられる」


 その声に、ミュリアの手が止まる。


 そして合間合間の手仕事はもう、ただの趣味ではなかった。

 居場所になっていく。


 

 ミュリアは無意識に文化を作っていたのだが、本人だけがまだそれに気づいていなかった。


 ただ嬉しい。

 一緒に作るのが楽しい。

 誰かの役に立てるのが嬉しい。

 世界を変える根は、あたたかさだった。


 ある日、出来上がった小袋を肩に下げたおばあちゃんが、ぽそりと呟いた。


「これ、となり村の娘さんが譲ってほしいって言うてねぇ。こんなに……銀貨を置いていったよ」


 それを見た途端、井戸端の空気がふわりと揺れた。


「ほんとに?」「銀貨!?」「そんな値打つくの?」


 ざわめきながらも、皆の頬に花が咲く。


「売れる……ってこと?」


 その言葉は突拍子でもなく、しかし不自然でもなかった。ありがとうの延長線に、自然と価値が乗っただけ。


 ミュリアは少し唖然とした。

 まさか、ほんとうに仕事になるなんて……。


 けれど、胸の奥が跳ねた。


(……誰かの暮らしを支えられるなら、もっと作れる……!)



「じゃあ、売れた分は最後に集計してレースを納品した分だけきっかり分担しよう」


 こういう時に家計を預かる主婦は強い。


「ミュリちゃんが糸とか針は全部みんな分用意してくれてるでしょう?それの配分を先に決めておきましょう」



 誰かが自然に言ったその仕組みが、そのまま“制度”になった。売り上げの6割が収入として、3割が材料として、残りの1割はこの集会所の維持費やお茶代に当て、余剰金があればそのまま会の維持費として積み立てられていくことになった。制度らしい会議もなかった。しかし、村の暮らしは会話の延長で回っていた。


 輪は育つ時、争わない。できる人が、できる形で支えていた。


「ねえ、これ……座ってできるなら、おばあちゃんにもええなぁ」

「旦那が怪我して畑しばらく無理やから、縫い方教えてくれん?」

「出産待ちの間の小遣い稼ぎできるの、ありがたいな」


 いつの間にか、それは女の手仕事ではなくなりはじめていた。


 冬に狩りを控えた男たちも並び始め、力のある人はミュリアが用意してた糸は繭から紡いで用意していたそれの収穫を手伝ってくれたり、大柄ながら指が繊細に動く人は花を咲かせる。


「村のみんなで作ったものやねぇ」

「なんか……ちょっと誇らしいなあ」


 それは収入でもあったが、同時に少なくなっていたコミュニケーションの不足を補い、仕事がないというマイナスムーブメントを補い、役割分担する事で自分を支える機会でもあった。


 春を越えるころには、村の空気が目に見えて明るくなった。


 焚き火のそばで笑みが増え、家々の灯りが以前よりも遅くまで揺れていた。


 働けない人がいない。

 取り残される人がいない。


 それだけで、共同体は豊かになる。

 そして――

 そんな空気の変化を敏感に察知する男が、ひとりだけいた。


 村唯一の行商人セオドールである。


 彼は次に村へ入った瞬間、

 売り物ではなく、空気の方を先に見抜く。


「この村……金の匂いがするな?」


 それが、この産業が加速する着火点。

 春の空気がすっかり柔らかくなった頃、見慣れた商人の荷馬車が、いつもより軽やかな鈴を鳴らして村を訪れた。


「やあ、しばらくぶりだね?冬に見ない間に空気が少し変わったな」


 セオドールは馬車から降りた瞬間、眉を上げた。笑い声の質が違う。余裕の生まれた土地の匂い。


 そこにはもう、冬をやり過ごすだけの村ではなく、手を動かしながら未来を育てている人々の空気があった。


「セオさんだー!」

「セオっ!お土産あるー?」


 子どもたちが手を振り、女性たちも作業の手を止めて微笑む。


「おやおや……これはまた、にぎやかだな。またなにか始めたのか?」


 腰を下ろして袋を一つ手に取った瞬間、セオドールの目が細められた。


「……これは……」


 驚きは叫びにならない。

 声帯より先に、計算が走る。布に触れ、縫い目を指でなぞり、咲いた花の立体感を確かめる。


「――売れる。いや、売れるどころの話じゃない。」


 彼はゆっくり顔を上げ、

 広場の全員をぐるりと見渡した。


「これ、いくらで売ってる?」


「え? えっと、作り始めたばかりでちゃんと売ってはないわ。この前となり村の人が銀貨を」「銀貨一枚だけ?」


 その剣幕に目を丸くするお母さんたちにセオドールは食い気味で話しかけてくる。ミュリアは仕事が中断されていたのもあり、自分が始めた話だったので、向こうで話そうとセオドールを誘導した。


「これはミュリアちゃんが考えたのか?これは村で生産させるような実用品ではなく、確実に文化品だ。」


「正直ここでは大した価値にはならないだろうけど、王都はそうじゃない」


「か、価値……?」


「そう。そしてこれは誰でも作れる手仕事じゃない。これは、このにしか咲かない花だ。」


 そう言って彼は笑う。

 商人ではなく、一人の観測者として。


「僕は見たんだ。村の表情が変わった村は、いつか地図の側を変える。……いま、この村がまさにその分岐点にいるのだろう。」


 ⸻



「じゃあ、ちゃんと数を作る仕組みが必要ですね」


 ミュリアの口から自然と出た言葉に、セオドールは片眉を上げた。


「……仕組み、?」


「あ、えっと……冬でも仕事があると暮らしが守れるし、働けない時期がある人でも参加できるようにしたいし、正式にみんなの取り分に不公平が出ないように……」


「…ミュリアちゃんは、ずいぶんと立派になったんだね?」


 落ち着きを取り戻したセオドールはドキッとするような鋭い言葉を掛けてきた。

 それでも会話を通して私はこの村にさらなる希望を見た。


 ざわめきと笑い声。

 弾む春風。

 ほんの冗談から始まった井戸端が、気づけば共同体になっていた。


 その日を境に、井戸端会は変わった。

 笑い声はそのままに、机の上だけが真剣味を帯びていく。


「まずは形を揃えよか」

「糸の太さと締め具合は同じほうがええね」


「花の位置は?」

「デザインをいくつか固定しようか」


 教える人と教わる人が自然に決まり年齢も立場も越えて横並びになっていく。


 ミュリアは中央には座らない。

 けれど気がつくと――

 誰もが作業の区切りでミュリアに振り向く。


「ミュリちゃん、これで合っとる?」

「はいっ、お花、綺麗に咲いてますよ!」


 ミュリアも無意識にその会を自分の存在を確かめる支えとしていた。


 その後はセオドールも交え、簡単な取り決めが整う。何となく決めていた製作者の取り分、材料費、会費と称したお金の詳細。

 ただそれだけで、村の空気がさらに軽やかになった。


 商人らしくモノに興味があるセオドールはしばらく作業を眺めてから、低く笑った。


「面白いね。ここまで自然に分業の仕組みを理解している村はないと思うよ」


「わたしたち、そんなにすごいことしてます?」


「すごいとも」


 ミュリアは首を傾げた。

 セオドールは言葉を継ごうとして、あえて飲み込む。


(いま言えば、荷が重い。

 世界はまだ、知られないうちが一番自由だ)


 ⸻


 そして、外の世界で“爆発”が始まる

 セオドールが織花と称したレース編みの温石袋を束ねて荷に詰め、王都へ持ち帰ったのはそれからすぐだった。


 冬に溜め込んでいた分、こんもりあった商品だが、初日は控えめに出した。だが、翌日には二倍。灯果の蝋燭の入荷と相まって、三日目には客が並んだ。娯楽に飢えていた王都の客には大層受けた。誰かが持てば噂がすぐに広まる。最初は誰だったか。友だちとお揃いで買いたいという子女が。まだまだ温石が手放せないハウスメイドか。

 


「どこの誰が作ったの?」

「まだ在庫はある?」 


 需要は瞬く間に跳ね上がる。


 そして当然、

 王家の“あの件”にも接続されていく。


「――王妃様への白の花意匠。

 あれを仕立てた者が、この織花と同じ“手”ではないか?」


 “偶然”が線で結ばれた瞬間だった。


 ⸻

 その頃、当の本人ミュリアは―


「素敵なデザインですね!きっとお花もとっても喜んでます!」


 相変わらず軒下で笑っていた。

 村の外で文化革命が始まっていることなど知らず、ここの幸福を丁寧に育て続けている。後から振り返ればかならず宝物になるのだろう。




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