閑話休題 ティアナの冒険
本殿は静寂に包まれていた。
成人の儀を受ける令嬢たちは皆、清浄の白衣を身にまとい、ひとりずつ名を呼ばれる順番を待っている。
祈りと緊張、祝福と不安が折り重なる、ある種、人の一生で最も静かな景色ではなかろうか。
その列の端を――小さな影が、すいすいと縫って歩いていた。
「ひ、姫様!戻って――!」
「しーっ、今は静かに、でしょ?」
怒られている最中にも、末娘ティアナはくすくす笑っている。
彼女は幼いが、なぜか祝福の場が好きだった。
人の願いと精霊のきらめきが重なる場所は彼女にとって遊び場のように暖かいのだ。
召使いの裾の白。
貴族の娘の白。
家の格式が滲む仕立ての白。
――でも、そのどれも、動かないのだ。
それが面白くてくすくすと笑いながらあっちこっちへ。
そこでティアナの足が、ぴたりと止まった。
他の白よりも、すこし息づくように揺らいで見える衣装。白いドレスの広がりの先に──そこに、咲いていた。
ほんとうに、花が。
見たこともない、聞いたこともない、触れたこともない。
なのにわかる。
素敵な花だ。
呼吸がひとつ、少女の胸で止まる。
その白は光っているのではない。
祝福に撫でられている。
ティアナはそっと手を伸ばして、揺れる花弁に触れた。精霊の羽音みたいなぬくもりが、指先にするりと流れ込む。
「すっっごく、きれい……!」
見上げられた令嬢はきょとんとする。
怒鳴り声も泣き顔もない、
ただ純度の高い“賛美”がそこにあった。
そして、満面の笑み。
その笑顔を残したまま、ティアナはくるりと身を翻し、
侍女の待つ柱の陰へ戻っていく。
「姫様、いったいどこへ……?」
「見つけたの。とーっても素敵な白。ねえ、お母様に言わなくちゃ!」
その一言で、世界が動き始めた。
「まあ……また宝物を見つけた顔ですこと。」
王妃は娘を見るだけで察した。
この子は“精霊が振り向く方向”を自然と向いてしまう稀有な資質を持つ――日輪や風が、花びらをそっと撫でていくみたいに。
「どんな宝物を?」
「お花が咲いた白よ。布そのものがふわふわ咲いていたわ」
嘘も脚色もない、子どもだけが持てる表現。
それは、言葉以上の証明になった。
王妃はゆっくりと問う。
「誰が纏っておりましたの?」
「向こうの列にいた上品な方よ。春みたいに咲いていたの」
この単語ひとつで、王妃は確信する。
それは「技巧」ではなく「祝福に値する美」だ。
「捜して参りなさい。」
王妃は侍従へ短く命じた。
「その白を仕立てた工房を。」
伝達は驚くほど速かった。
翌日には王城から正式の使いが工房へ訪れる。
「王妃殿下より通達。“白に花を咲かせた衣を、王家に献上する意思はあるか”と。」
ロランは跪き――震えながら頭を垂れた。ここまで早く届くとは思っていなかった。しかし、心はすでに決まっていた。
「この意匠を、王家に捧げられるのであれば……私は一生を賭して極めます。」
即日、工房は「王家御用達(ロイヤル工房)」の証を受けた。
だが、ロランは、この瞬間でさえまだ知らない。
この“白を咲かせた技法”を編んだのが、山奥の小村の、名もなき少女であることを。
布に宿った花が蔓と共に根付くように、それは静かに運命を繋ぎはじめていた。




