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ジャッキール王都居留記 —シャルル=ダ・フール異聞—  作者: 渡来亜輝彦
秋の王都の掌編

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すくいをもとめて


 砂漠の国ザファルバーンにも四季はあり、秋が訪れる。

 灼熱の太陽に苦しめられた夏とかわって、涼しさの中にもののうつろいに少しの物悲しさも感じる季節だ。


 異邦人の俺としても秋はいろいろと思いを馳せる季節でもある。

 気温の下がってきた高い空の下、喫茶店で茶を飲みながら読書をしているだけでも、ふいに感傷的になる季節だ。

 とはいえ、秋というものは、収穫の季節でもあって。

 結局、そんな風流を気取ってみたところで、結局、食欲も湧く季節でもある。

 思えば、俺はそもそもは、さほど食にうるさい方でもなく、誤解を恐れぬように言えば特に意地汚くはなかったと思うのだが、年々、甘いものには目がなくなるし、美味な食物にも興味を示すようになってしまった。

 そもそも、俺はそれなりに長く傭兵として放浪の身ではあり、美食が云々など、そんな贅沢を言える立場でもなかったのではあるが、この王都に越してからというもの、すっかり所帯じみてしまった。となると、俺の貧しい舌も肥えようというものらしい。

 まあ、それはまんざら悪いことでもないのだが。

 特にこの王都に住み着いて、なにかと自炊の回数が増えてからは、近所のご婦人方に教えられたりして、旬の食材などを買い求めては、調理するのが少し楽しみになってきたりしている。

 そんな中の秋の到来。

 俺も密やかに楽しみにしていることは、今更隠しようがない。隠すつもりもないが。

 しかし。

 その前に、近頃俺の頭を悩ませることが一つ。



「なにやってんだい? ジャッキールの旦那」

 俺が台所で唸っていると、ひょいっと後ろからやってきたのは、近頃、俺の家に入り浸りな、住所不定無職の青年、シャー=ルギィズだ。

 くるくるした髪の毛を高くまとめて、印象的な三白眼で手元を覗き込んでくる。こういうところは、伸び上がった猫に似ている。

「なにお玉杓子抱えて唸ってんのさ。金属と向かい合うなら剣士ならせめて剣であれよ」

 やつはじっとりと俺を睨んだ。

「ったく、狂犬と言われた傭兵隊長のアンタも、ここまで尾羽打ち枯らしちまうとはなあ」

 ムッとして俺は、

「何を言うか。俺は切実な問題と向かい合っている!」

 俺が向かい合っているのは、金属のお玉杓子。

 そうお玉杓子。つまりレードルの問題だ。

 ひよこ豆とマントウのスープを作っていた俺は、いつも使っている適当に揃えた調理道具のレードルが、意外にうまくものをすくえないことを最近痛感しつつある。

 几帳面と言われる俺は、多少は四角四面なところは確かにあって、どうせなら屋台街の料理人のように一発でザバッと一人分をきっちりすくって碗に入れて、ほんのりとドヤ顔をしたいものだが、そうはうまくはいかないのである。

「ふーむ、調理道具にはこだわりなく選んでしまっていたからな」

「包丁はこだわってなかったっけ」

「もちろんだ。そこはこだわる!」

 そう、包丁にはこだわりがある。

 俺も剣士の端くれ。

 刃物には二束三文の適当なものを選ぶ気にはなれない。ということで、憧れのるつぼ鋼の包丁を持っている。

 そもそも、俺が故郷に居られなくなり流浪に身を任せた時、わざわざここに南下したのは、このるつぼ鋼などの特異な技術や最先端の文化に憧れたことも理由の一部なのだ。

 俺はそばにある包丁をさししめしつつ、三白眼にいった。

「見ろ。我ながら、この刃の木目のようでありつつも、薔薇のような模様、美しい。素晴らしいだろう!」

「あー、はいはい。ダンナの講釈はありがたくきいてるよ」

 三白眼は適当に返事をして、

「なによ。お玉杓子にも、そんなこだわりを?」

「思えば、へらや玉杓子などの調理用具には気を回さなかった。鍋は最近良いものを手に入れたが」

 凝り性は俺のダメなところだが、だんだん手慣れてきたことだ。そろそろ、少し良い物を買っても良いのではないかと思い始めていた矢先。

 良い機会なのではないか。高級で使いやすいレードルを手に入れる頃合いでは!

「また妙なこだわりをしているな」

 と声が聞こえた。

 後ろで布団を被せた机に頬杖をついてこちらをみているのは、隣人の蛇王へびおだった。こいつは、迷惑な隣人である、元々は宿敵であるはずのザハーク、通称蛇王は、俺の長屋の隣の部屋の角部屋で住んでいるが、何かと理由をつけて溜まりに来る。

「旦那なんか思い詰めて頭おかしくなってる? 大丈夫かい?」

 となりでひょこんと顔を覗かせたのは、不良御曹司のゼダ。他の二人に比べて明らかに小柄なのやナッツを食っている様をみると、やはりネズミに似ている。

「何故そうなる! 一撃で好きなように具をすくえる玉杓子が欲しいと言っているのだ。東方ではこれで炒め物するのにも使うだろう。俺も自由自在になるものが欲しくなってだな」

「凝り性なやつめ。大体そういうのは、道具より日常の修練が大事だぞ」

 ズバッと正論を言ってくる蛇王。

「といっても、ダンナは道具からも入りたい男だもん。カッコつけだから」

 失礼なことを言う三白眼。

「あー、でも、その気持ちわかるぜ。よっし、なんなら、俺の実家の店で取り扱ってるの、融通しようか。でも、職人が作ったのって結構高いぜ?」

 意外にも、不良になる前には良い子だった片鱗を見せるネズミ。

「ここは、蛇王さんにとりあえず作ってもらったらどうだよ? 調整してくれるし、良いんじゃね?」

 ネズミはそう言って蛇王に水を向ける。

「確かに、俺が作ってやってもいいが、貴様、角度を細かく調整しろだの言われそうで、面倒だからな」

「あー、それ、わかるー。でも、蛇王さんが作ってあげるのが穏当だよねえ。蛇王さん、器用だからやろうと思ったら金物のだって作れるでしょ」

 三白眼が、蛇王のとなりに座って言う。

「ダンナの精神的衛生のために一つ協力してやってよー」

「仕方があるまいな」

 くるっと蛇王が俺に向き直る。

「ただし報酬はもらうぞ。しかし、他ならぬ恐るべき腐れ縁のある貴様の頼み、かわいそうだから、お友達価格にしておいてやろう」

 勝手に話をまとめられた!

「好き勝手言ってくれるな、貴様らは。俺の意見を何も聞いていないが?」

「ダンナの意見聞いても、悩んでる時間のが長いじゃん。どーでもいいことで悩むの、健康に悪いから、オレたちがきめてやってんのー」

 三白眼がにんまりと笑う。

「それよか、ご飯できてるんでしょー。早く出してよ」

「そうだぞ。先ほどから待っているのに」

「ダンナ、今日のごはん、マントウのスープだっけ? アンタも、この辺りの郷土料理、うまくなったよねー」

「お前ら……」

 俺は呆れ果ててしまい、文句も出てこないで、ため息をつき、諦めて配膳の準備をすることにした。

 まったく、なぜにこのようなことになったのか。

 やつらは、俺の事を一体何だと思ってるのだろうか。

 そもそも、今でこそ、何故か俺の部屋に溜まっているが、俺とこいつらとは元々は敵対していたのだ。

 特にこんな関係になるはずではなかったのに、いつのまにか、挙句の果てに飯を作らされる始末。

 やれやれと俺はため息をつく。本当に、お前たちは好き勝手言うものだ。

 しかしここにくるまでのあまたの放浪で、時には心身ともに病んでいた俺にとっては、ここでのこのような生活は、手に入れるはずもなかった夢のような出来事なのだ。

 こうした、この連中とのなんでもない語らいが、ほんの少し救いになっていることは確かなのである。

 かと言ってそれを悟られて、やつらに得意げな顔をされるのも嫌だ。

 俺はなるべくそのことを顔に出さないようにして、手に入れるべき道具のあるべき形をとりあえず思い浮かべながら、マントウが浮かぶあたたかなスープを椀にすくってやるのだった。                   

                  終  


「ぬーん、具がやはり一撃ですくえないなスパッと綺麗にすくいたいのに、残りがうまく……」

「ダンナ、一撃で決めようとかいうカッコつけがダメなんじゃねえ?」

「というか、別に一撃ですくう必要ないよな」

「修練不足だろう。技量を磨けば、問題ない話」



 




 



こちらは、ネプリ企画のペーパーウェル15(テーマ:すくう)に参加作品に加筆修正したものです。

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