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引きこもり令嬢はやり直しの人生で騎士を目指す  作者: 天瀬 澪


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番外編6.始まり場所、これから先の道

最後の番外編です。


 その爆弾は、突然投下された。



「なぁ、お姫さまといつ結婚すんの?」



 団長室にいたエルヴィスは、今まさに判子を押そうとしていた手を止める。

 じろりと声の主を睨めば、ロイは両手を頭の後ろで組み、ソファにだらけて座っていた。



「そんな目で睨んだって誤魔化せませーん」


「………」


「沈黙はズルいと思いまーす」



 エルヴィスは止めていた手を動かし判子を押すと、書類を処理済みの箱へバサリと投げた。



「……それをお前が知ってどうするんだ?」


「え〜、だって気になるじゃんか。でもそう言うってことは、予定にはあるんだな?」


「それは当たり前だろ。婚約してるんだから」



 アイラと婚約してから、早くも三年が過ぎた。

 騎士団では公認の仲で、エルヴィスとアイラが婚約していると知らない者はいない。城の中でも浸透しているように思える。


 それでも、一歩城の外へ出れば、まだまだ認められているとは言い難いのが現状だった。特に、貴族の間では。



「……考えてはいるが、アイラが副団長に就任してまだ一年だ。まだ仕事にも慣れないだろうし、“女神作戦”の影響で頑張りすぎているところもある」


「ああ〜…確かになぁ。大成功通り過ぎてちょっと怖いもんな。信者とか現れてるみたいだし」


「信者…城の中は平気だろうな?」


「今んとこ平気そうだぜ?婚約者のお前がいるし、お姫さまの周りには守護者がいっぱいいるし」



 ロイの言葉を聞いて、エルヴィスはそっと息を吐く。

 せっかくアイラの印象を良くしたのに、そのせいでまた騒動に巻き込まれるのは避けたかった。



 副団長となり、第四騎士団を率いることになったアイラ。

 お互い忙しく、まとまった恋人同士の時間はあまり取れていないのが現状だ。


 それでも、時間が少しでも空けばエルヴィスはアイラに会いに行ったし、アイラも会いに来てくれた。

 この団長室の一角にあるエルヴィスの部屋で、一晩を明かしたこともあった。



 今のままでも、じゅうぶん幸せだと思ってしまう自分がいることに、エルヴィスは気付いている。

 けれど、“婚約者”という肩書は、絶対的なものではないことも分かっていた。



「まーたお前は、いらんこと考えてるんだろ。少しは直感と本能に従ってみろよ」


「……それに従って、断られたらどうする?」


「はあ?」



 ロイが思い切り眉を寄せて、エルヴィスを見る。



「なんだお前、ビビってんのか?エルヴィス」


「…………違う」


「なるほど、そういうことな」



 何がなるほどなのか、と問い掛けようとしたところで、扉が叩かれる。

 事前に訪問に来ることが分かっていた相手のため、エルヴィスはすぐに「入ってくれ」と声を掛けた。



「失礼します。……あれ、ロイさん?」


「よっ!久しぶりだなクライド」



 訪ねて来たのは、アイラの兄のクライドだった。あの最後の戦いの日に会って以来、ロイとクライドは何度か顔を合わせている。

 それはアイラも同じだった。だいぶロイに気を許しているようで、エルヴィスとしてはあまり面白くないのだが。


 エルヴィスはクライドに、ロイの向かいのソファに座るよう促した。



「……今日はどうした?トリシア関連か?」


「そ…そうなんですけど、いきなり本題に入るんですか?」


「あいにく、ロイのせいで今は優しさを持ち合わせてないからな」



 ロイが「ええ〜?」と不満げな声を上げている。クライドは深呼吸してから口を開いた。



「……婚約発表の、件なんですけど」


「ああ、今度のパーティーでするんだろ?もうトリシアから聞いているが」


「え…本当ですか?」



 何故かクライドは、驚いたように目を丸くしている。エルヴィスは少し首を傾げた。



「何を驚いているんだ?」


「……その…、トリシアは、あまり乗り気ではないのでは…と不安思っていたところだったので…」



 クライドはバツが悪そうにそう言うと、そっと視線を落とした。

 ロイがちらりとエルヴィスを見る。どうするんだ?とでも言いたげな目だ。



「……どうして、そう思った?トリシアがそう言っていたのか?」


「いえ…。でも時々、元気がなくて。理由を聞いても教えてくれないし、心当たりは婚約発表のことぐらいしかないので…」


「なら、安心しろ。トリシアがお前に話さないということは、婚約発表とは何も関係ないということだ。あいつは、大事なことを大切な相手に隠すようなことはしない」



 エルヴィスがそう言い切ると、クライドはパッと顔を上げた。その翡翠色の瞳が不安そうに揺れている。



「そう…ですか…。……うん、そうですよね。なにかあれば、トリシアは必ず俺に相談してくれるはずだ」


「だろ?……それに、俺はトリシアが何に悩んでいるか知っているから、婚約発表とは関係ないと断言できる」


「……えっ、知っているんですか?」


「ああ。本人がいないところで勝手に話すつもりはないがな。……大丈夫だ、トリシアはお前が婚約発表をしてくれることが嬉しいと、笑っていたからな」



 ちなみに、トリシアが悩んでいるのは最近太ってしまったということだ。婚約発表の場では、周囲に認められるくらい綺麗になりたいと意気込んでいたので、それで落ち込んでいた。


 表情を和らげたエルヴィスの言葉に、クライドはぐっと唇を結んだ。そしてすぐに頭を下げる。



「……教えてくれて、ありがとうございます。本当に…彼女のことになると、自分が情けない男になってしまいます」


「ああ、俺も同じだ」



 そう答えたエルヴィスに、クライドは眉をひそめた。



「団長が?情けない?嘘でしょう」


「……いや。アイラには未だに言い寄る男が絶えないからな…いつも嫉妬している。心が狭いだろ?」


「あー…、貴族から縁談の話はまだ山程届きますからね…騎士団長と婚約中です、とは話しているんですけどね」



 困ったようにクライドが頭を搔く。そこでようやく、珍しくずっと黙っていたロイが口を開いた。



「お前ら二人とも、面倒くさい男だなー」



 エルヴィスとクライドは、同時にピクリと反応する。その反応を見て、呆れたようにロイは続けた。



「そんなに大事なら、さっさと自分のモノにしちゃえよ」


「……そう簡単にできれば、こんなに悩まないし苦労しない」


「そうですよ。大事だから、大切にしたいから慎重になるんです」


「ふーん?けど結局、一番大切なのはその他大勢からの評価じゃなくて、当人同士の気持ちだろ?そこが揺るがないなら、もう行き着く先は一つしかないじゃんか」



 相変わらず楽観的なロイの言葉は、驚くほどストンとエルヴィスの胸に響く。

 それはクライドも同じだったようで、胸のつかえが取れたような、気の抜けた表情をしていた。



「……ロイさんて時々、核心に迫ること言いますよね。勉強になります」


「時々ってなんだよ、俺はいつもイイコト言ってるだろ〜?なぁエルヴィス?」


「いつも余計なことしか言ってないが、そうだな。今の言葉は腑に落ちた」


「ちょお!?」



 雰囲気が和んだところで、クライドが立ち上がる。どうやら覚悟を決めたようだ。



「……お二人とも、ありがとうございました。まず俺は、全力で婚約発表に臨みます」


「ああ、頑張れ。トリシアを頼んだ」


「はい、もちろんです。団長こそ、アイラを頼みますね。それからパーティーには、必ず出席してくださいね」


「約束する」



 エルヴィスはクライドと笑い合い、その様子をロイが口の端を持ち上げて見ていた。

 クライドが部屋を出ると、ロイがすかさず問い掛けてくる。



「んで?お姫さまとはいつ結婚すんの?」



 話が冒頭に戻り、エルヴィスは艶のある笑みを浮かべた。



「ああ―――すぐにでも」






***


 タルコット男爵家で行われたパーティーで、クライドとトリシアの正式な婚約発表が行われた。


 クライドが完璧なセリフを招待客へ話している間、その隣でトリシアはずっと幸せそうな笑顔を浮かべていた。

 その様子を、エルヴィスは穏やかに微笑んで見ていた。



 孤児院で出会った、小さな妹。護らなければいけなかった存在。

 けれどもう、トリシアを一番に護るのは、エルヴィスではなくクライドとなった。それが嬉しく、どこか寂しい。


 婚約発表をしたことによって、二人に向けられる視線や言葉はまた変わるだろう。

 それが良いものでも悪いものでも、二人なら乗り越えられると、エルヴィスはそう思う。



「……ふふ、とても感慨深いですね」



 隣で寄り添うように腕を組んでいたアイラが、瞳を潤ませながらそう呟いた。



「エルヴィス団長は、トリシアとお兄さまが恋人同士になったとき、どう思いましたか?」


「……どう、とは?」


「嬉しいとか、寂しいとかです。ちなみに私は、お兄さまから打ち明けられた瞬間、嬉しくて大泣きしました」



 くすくすと笑うアイラは、今日も変わらず美しい。会場に入った瞬間、貴族の男たちの視線を多く奪っていた。



「俺は……そうだな、とくに驚きもしなかったし、不思議とそれが当たり前のように感じた」


「そうなのですか?」


「ああ。あの二人の波長が合うというか、直感というか…上手く言えないけどな」



 困ったように笑ってみせると、アイラは嬉しそうに笑い返してくれる。



「それは、私とエルヴィス団長みたいですね。私たち、魔力の相性がとても良いですし」


「……そうだな。魔力以外もな」



 エルヴィスが小さくアイラの耳元で囁くと、途端にアイラの顔が真っ赤に染まる。

 こんなところも愛おしいと、そう思った。



「〜そうやって、団長はすぐ私をからかうんですから…!」


「ははっ。好きだよ、アイラ」



 熱を込めた眼差しを向ければ、アイラはぐっと言葉を詰まらせ、すぐにこくりと頷いた。



「……私も、好きですよ」


「良かった。……アイラ、パーティーが終わったら少し時間がほしいんだが」


「?はい、もちろんです」



 エルヴィスは微笑みながら、パーティーの終わりの時間が来るのを待った。






 そして、盛大なパーティーが終わりを告げる。

 最後にトリシアとクライドへ祝いの言葉を送ってから、手を振ってタルコット邸を出た。



「エルヴィス団長、どこへ向かうのですか?」


「行けば分かるよ」



 エルヴィスはアイラの手を引き、慣れた足取りで目的の場所へ向かう。

 中庭の噴水がある場所へ出ると、アイラがくすりと笑った。



「私たちが初めて出逢った場所ですね。赤毛の騎士さま」


「そうだ。全ての…始まりの場所だ」



 噴水の前で、エルヴィスはアイラの片手を握ったまま跪いだ。驚いたような瑠璃色の瞳が、エルヴィスへ向けられる。


 この場所でエルヴィスはアイラと出逢い、恋に落ちた。


 けれど、お互い違う道を歩んでいたため、気持ちを伝えられないまま終わってしまう。

 それでも、やり直しの機会を得ることができた。



 やり直しの人生で、アイラは騎士を目指し、エルヴィスと並んで歩いてきた。

 様々な困難を乗り越え、想いを伝え合い、そして今―――ここに、いる。



「これから先の道も、俺と共に生きてほしい。……結婚しよう、アイラ」



 今まで歩んだ道を思い出し、エルヴィスの紅蓮の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。

 アイラは口元を両手で覆い、大粒の涙を流しながら何度も頷く。



「……はい…、はいっ…!」


「俺と出逢ってくれて、ありがとう」


「私こそ…ありがとうございます…!」



 二人して泣きながら、力の限り抱きしめ合う。それが可笑しくて、幸せで、エルヴィスはまた涙が滲んだ。



「……格好悪いな…泣くなんて」


「どうしてですか?エルヴィス団長は、ずっと格好良いですよ」


「ずっと格好良いのは君だな、アイラ」


「……ふふっ。では、似た者同士ということで」



 花が咲くように、アイラが笑う。


 その笑顔をいつまでも護ってみせると心に誓いながら、エルヴィスはゆっくりとキスを落とした。








《番外編・完》



最後の最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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