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40.魔術具開発局⑥


 アイラの心臓は、ドクンドクンとずっと早鐘を打っている。


 目の前にいる人は、自分のことをよく思わない敵だ。そう頭では理解しているのに、アイラは体が震えて動かなかった。


 スタンリーは笑みを浮かべたまま、視線をアイラの傷ついた腕へと向ける。



「……ああ、止血しなくて平気ですか?痛そうですよ」


「………」


「事実を知って、痛みどころじゃありませんかね」



 事実。それは、全ての出来事が繋がっているということだ―――アイラを、中心に。



「どう…して…、私は、貴方に何かしましたか…?」



 アイラが何とか声を絞り出して訊ねると、スタンリーは「いいえ?」とすぐに否定した。



「アイラさんの存在は知っていましたが、貴女には今日初めてお会いしましたしね」


「………?」


「僕じゃないんですよ。貴女に執着しているのは」



 片手で剣を構えながら、アイラはその場に立ち尽くしている。

 自我を保つために刺した腕からは、血が滴っていた。



「僕が協力したのは、たまたま()()()と利害が一致したからですよ。僕は、闇に葬り去られようとしている魔術具を救ってあげたかった。その素晴らしさを、多くの人の前で披露したかった」


「……そんな…」


「そして魔術師の彼もまた同じです。彼は個人的に騎士団長に恨みがあるそうで。命を奪ってやるって息巻いていましたよ?」


「………っ!」



 アイラはエルヴィスを見た。魔術師が放つ魔術の猛攻が続いている。

 それを剣で薙ぎ払っているのが見えるが、魔術師との戦いは長引けば不利になる。


 騎士は、剣が全てだ。その剣が届く範囲でしか相手を倒せない。

 対して、魔術は遠方からでも攻撃ができる。騎士はその攻撃を掻い潜り、相手の懐へ近づかなければならないのだ。



「エルヴィス団長……!!」



 アイラは思わずエルヴィスの元へ駆け寄った。けれど、途中で見えない壁にぶつかる。



「団長っ…、エルヴィス団長!!」



 大声を上げても、エルヴィスがアイラに気付く気配はなかった。アイラの背後にスタンリーが近付いてくる足音が聞こえる。



「無駄ですよ。彼の防護壁、素晴らしいって言ったでしょう?この防護壁は、彼らの方からは外が見えないし、音も聞こえない造りになっているそうです」


「………っ」


「つまりこの中に入るには、彼が自分で防護壁を消すか、彼以上の魔術で防護壁を壊すか…、あとは団長さまが彼を倒すかしかないですね」



 アイラは傷ついている左腕を動かし、防護壁に手を添えた。

 全力で魔力をぶつけてみても、防護壁に何の反応も現れない。



「僕としては、勝敗はどちらでも良いんです。どちらにせよ、彼には僕の分まで罪を背負ってもらう予定ですから」


「……どうして…」



 アイラは防護壁越しにエルヴィスを見つめたまま、言葉を続ける。



「……どうして、私に詳しく話してくれるのですか?」



 アイラの問いに、スタンリーがくすりと笑ったのが分かった。



「アイラさんを眠らせて攫う計画はダメになりましたけど、まだ諦めていませんから。団長さまには僕の姿は見えていませんし、このまま上手くいけば、疑いはオドネル伯爵家の皆さんに向いたままですよ」


「……そう上手くいくと、思いますか?」


「ええ、思いますね」



 アイラが足を踏み込むのと、スタンリーが魔術具を構えるのがほぼ同時だった。

 弓のような形をした魔術具から、何本もの矢が同時に放たれる。


 アイラはそれを上手く躱しながら、矢の一本を剣で斬ってみた。すると、折れた矢が小さく爆ぜる。

 威力は低そうだが、直接当たれば相応のケガを負うはずだ。



 ―――矢が刺されば、そこから爆発するという二段構え。なんて危険な、攻撃に特化した魔術具なの…!?



 おそらく、これも世に出せないと判断され、隠されていた魔術具なのだろう。

 リアムの話では、そういった危険な魔術具の本体や設計図が保管されたまま残っているという。

 それが今回、スタンリーに盗まれ、闘技場で使用されたのだ。


 そしてスタンリーはきっと、また同じようなことを繰り返すはずだ。周囲の人々を巻き込んで。



 ―――このまま、スタンリー局長を逃したらダメ。私も、彼に捕まるわけにはいかないわ。



 アイラはまだ、スタンリーと魔術師と共謀し、さらにアイラの命を狙っている人物の情報を聞き出せてはいない。


 次々と飛んでくる矢を、アイラは避ける。そのまま壁にぶつかった矢は、パンと音を立て爆ぜていく。

 今アイラにできることは、時間稼ぎだ。エルヴィスが魔術師を倒すまで、そして、リアムが加勢に来てくれるまで。



 アイラはスタンリーに近づくことをやめ、開けた場所を利用して、壁側を大きく移動することにした。

 矢はアイラを追いかけるように迫り、壁に当たっては爆ぜ、パラパラと壁の一部が崩れ落ちる。


 立ち向かうのではなく、逃げ回ることを選択したアイラに、スタンリーはつまらなさそうに声を上げた。



「“戦場の天使”は、そんなつまらない戦い方をするんですか?……はあ、仕方ない。さっさと終わりにしましょう」



 弓型の魔術具を投げ捨て、スタンリーは別の魔術具を白衣から取り出した。

 片手に収まるほどの大きさで、離れたところにいるアイラにはそれがほとんど見えなかった。


 どんな攻撃が来るか分からない以上、判断を誤ると命に関わってくる。

 アイラは動き回る足を止めずに、視線をスタンリーに向けていると、突然体が衝撃に包まれた。



「………!!」



 アイラは、自分の身に何が起きたのか分からなかった。

 勢い良く飛ばされたアイラは壁にぶつかり、一瞬呼吸が止まる。そのまま床に崩れ落ちるように倒れ、ゴホゴホと咳き込んだ。


 うつ伏せに倒れたアイラは、すぐに体を起こそうと腕に力を入れたが、あまりの痛みで起き上がれなかった。

 ゆっくりと近付いてくるスタンリーが視界に映る。



「…………っ」



 家族から贈られた大切な剣は、衝撃で飛ばされる時に落としてしまっていた。

 念の為に持っていた小型ナイフも、先ほど腕を刺したあとに投げ捨てたので、アイラは今身を守るものが何一つない。


 魔術は使えるが、驚異的な魔術具の力の前に対抗できるとは思えなかった。



 ―――エルヴィス、団長…。



 アイラはエルヴィスに視線を向けた。あのエルヴィスがここまで長引く戦いをしているとなると、相手の魔術師は相当な強さなのだろう。


 エルヴィスが勝つと信じて疑っていないが、このままどこかへ連れて行かれ、会話もできないまま二度と会えなくなるなんて嫌だった。



「この魔術具は少し威力が強すぎましたね…痛かったでしょう。でもこれで、貴女を連れて行くという目的は達成できそうです」


「……嫌、です…」


「あはは、貴女に拒否権はありませんよ。では、暴れないよう拘束しますね」



 スタンリーが、また別の魔術具を取り出す。痛みで動けないアイラは、悔しさで唇を噛み締めた。


 そのときだった。

 勢いよく飛んできた縄が、スタンリーの体に巻き付く。そして、驚くスタンリーの口元を布が覆った。



「―――…」



 どこかで見た光景に、心臓がドクンと音を立てた。

 アイラは知っている。これは、魔術具だ。そしてその魔術具を開発したのは―――…。



「トリ、シア……」



 かつてと変わらない、魔術学校時代の友人の姿がそこにあった。



 腰まで伸ばされた灰色の髪に、金色に輝く大きな瞳。トリシアのこの綺麗な瞳の色が、アイラは大好きだった。


 最初、トリシアが開発した魔術具を見たせいで、幻覚を見たのかと思った。

 けれど、トリシアは後ろを振り返ると声を出す。



「……リアムさま!今です!」


「分かった!」



 トリシアの後方にいたリアムが、魔術具を構えるのが見えた。次いで、銀色の光が発射される。


 どうしてリアムが魔術具を使えているのか、とアイラが疑問に思うのと同時に、光が防護壁に当たった。

 すると、みるみるうちに光が広がり、防護壁が消えていく。


 中にいた魔術師が、消えていく防護壁に気を取られたのが分かった。

 それを見逃さなかったエルヴィスが、瞬時に距離を詰めると剣を振るう。


 胴を斬られた魔術師が、ゆっくりとその場に倒れた。

 エルヴィスはすぐに懐から取り出した魔術具を使用し、動かなくなった魔術師を拘束する。


 剣を鞘に収めたあと、紅蓮の瞳がアイラを捉えて見開かれた。



「―――アイラ!!」



 その声を聞いて、アイラは深く安心した。またエルヴィスと話をすることができる、と。


 エルヴィスが駆け寄ってくる前に、うつ伏せに倒れるアイラの肩にそっと手を乗せたのはトリシアだった。



「大丈夫ですか!?……嫌だ、酷い傷だわ。すぐに手当てしないと」


「………」



 心配そうな表情を浮かべるトリシアに、アイラは声が詰まって出せなかった。

 今目の前にいるトリシアの記憶の中に、アイラはいない。けれどまたこうして、出会うことができた。


 魔術学校で、ずっとアイラの味方をしてくれていた、大切な友人。

 男子生徒に襲われそうになったときは、魔術具で助けてくれた。そして今もまた、同じ魔術具でアイラを助けてくれたのだ。



「……トリシア…」


「えっ?」


「いつも助けてくれて…ありがとう」



 アイラは笑いながら、涙が頬を伝っていることに気付いた。トリシアは不思議そうにアイラを見ている。



「いつも…?どうして、私の名前…」


「アイラ!」


「アイラ、大丈夫!?」



 エルヴィスとリアムが同時に駆け寄って来た。リアムがアイラを一目見ると、綺麗な顔がくしゃりと歪む。



「どうして、こんな…っ、ごめん、遅くなって」


「……ううん。来てくれてありがとうリアム。お兄さま方は?」


「皆なんともないよ。僕たちが出るまで、外で待っているように言ってある」



 リアムが団服から薬を取り出し、アイラに渡そうとするのをエルヴィスが止めた。



「……待て。俺が持っている薬の方が効果は強いはずだ」



 そう言うと、エルヴィスはアイラの体をそっと抱き起こす。あまりの痛みに顔をしかめると、エルヴィスは眉を下げた。



「本当に、君がこんな姿になるまで俺は…」


「いいえ、エルヴィス団長。……団長が戦っていた魔術師は、相当強かったはずです。それに防護壁のせいで、私の姿には気付かなかったはずでしょう?」



 だから、エルヴィスが心を痛める必要はない。そう思いながら、アイラは微笑んだ。

 それでもエルヴィスは、悲痛な面持ちを崩さない。



「……それでも、君を救うのはいつだって俺でありたかった」


「……え…」


「早く薬を。口に入れるけど、飲めるか?」


「……は、はい」



 何だかとてもすごい言葉を言われたような気がしたが、アイラはひとまず薬を飲み込んだ。

 途端に体がふわりと温かくなり、痛みが和らぐ。


 するとトリシアが、白い目でエルヴィスを見ていたことに気付く。そんなトリシアの視線に、エルヴィスもまた気付いたようだ。



「……そういえば、どうしてお前がここにいるんだ、トリシア」


「どうして、じゃないでしょ?まずはお礼でしょ!あの防護壁を破る魔術具、私が開発したんだから!」



 そのやり取りに、アイラは目をパチパチと瞬いた。随分と親しげだが、二人は接点があったのだろうか。



「ああ、それは助かった。これもお前だろ?」



 これ、というのはスタンリーを縛る縄のことだ。スタンリーは目を開けてアイラたちを見たまま、暴れることもなくじっとしている。

 その様子が、アイラには不気味に映った。



「あの…私には、スタンリー局長がこのまま大人しく捕まるとは思えません」


「……どういうこと?」



 リアムが不快そうにスタンリーに視線を移す。



「局長が長年働いていたこの場所を、両親を、裏切ったことだけでも信じがたいのに」


「まだ、何か仕掛けている可能性があるということか?」



 エルヴィスがじっとアイラを見てそう問い掛けた。あまりの顔の近さに心臓が跳ねながらも、アイラは頷く。



「いくつも、盗んだと思われる強力な魔術具を使用していました。私は後回しでいいので、早く局長を―――…」



 城に連れて行った方が、と言おうとしたとき、スタンリーを眩い光が包み込んだ。

 エルヴィスが素早くアイラを抱きかかえ、跳躍して距離を取る。リアムも慌てるトリシアを抱えて同じように距離を取った。


 光に包まれたスタンリーの体が、ゆらりと宙に浮く。拘束していた縄は自然と切れ、口元の布がはらりと落ちた。



「……ふふふ、アイラさんの言う通りですよ。僕は捕まるわけにはいきませんので」



 穏やかに微笑んだスタンリーは、あ然としているリアムを見る。



「安心してください、リアムくん。僕は二度とオドネル伯爵家の前には現れませんよ」


「……っ、どういう意味ですか!」


「そのままの意味です。この魔術具は、封印の魔術具。人や動物、ありとあらゆるものを封じ込め、そこから出ることは二度と叶わないのです」



 アイラを抱くエルヴィスが、小さく息を飲んだのが分かった。アイラも目を見開いてスタンリーを見つめる。

 驚愕の視線を受けているスタンリーは、楽しそうに言った。



「魔術具の中に入り、一体化できるのです。これほど素晴らしいものはないでしょう?」



 それは、狂気に満ちた恍惚な表情だった。

 再び強い光が放たれ、次の瞬間にはスタンリーの姿はなかった。


 鳥かごのような形をした魔術具が、コトリとその場に落ちる。



 アイラは自分がその鳥かごに囚われようとしているかのような、言いようのない不安に襲われていた。



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