41.魔術具開発局⑦
局長のスタンリーが封じ込められた魔術具の元へ向かったのは、リアムだった。
リアムは魔術具を手に取ると、憂いを帯びた表情を浮かべる。
何を感じているのかアイラには分からないが、きっと傷ついているのだろうと思った。
そして、そんなリアムの心を救うことができるのは、三人の不器用な兄たちだとアイラは確信している。
「……エルヴィス団長」
「ん?」
「リアムを、早くお兄さまたちの元へ連れて行ってあげましょう」
アイラの言葉に、エルヴィスは困ったように笑った。
「……君は、もう少し自分の体の心配をするべきだな」
「体の傷はいずれ治ります。でも、心の傷はなかなか治りませんから」
「……そうだな」
エルヴィスはどこか悲しそうに瞳を揺らすと、リアムとトリシアに声を掛けた。
「リアム、その魔術具を持って兄たちのところへ。おそらく伯爵夫妻もいるだろう。簡潔に状況を伝えてくれ。トリシアも一緒に頼む」
「……はい。分かりました。奥の魔術師はどうしますか?」
「俺が見張っておくから、同時に誰か衛兵と…医務官を寄越してくれ。城への連絡は俺がする」
「はい。……アイラを、よろしくお願いします」
リアムがアイラを見ると、エルヴィスが「もちろんだ」と言って頷いた。
アイラを抱きかかえる腕に優しく力が入り、アイラはそわそわと視線を泳がせた。
そんなアイラとエルヴィスをじっと見ていたトリシアが、リアムに続いて足を動かしながら口を開く。
「ちょっと、あとで私が納得するまでちゃーんと説明してよね!」
「分かったから、早く行ってくれ」
「もう!相変わらずなんだから!」
トリシアが頬を膨らませて怒ったあと、ふとアイラへ視線を移す。そして優しく笑った。
「また、あとで会いましょう」
「……うん。また、あとで」
そう答えながら、アイラは胸の奥がじんと震えた。
―――またあとで、トリシアに会える。トリシアは私のことを覚えていないけど…それでも、話したいことがたくさんあるの。
足早に去って行くリアムとトリシアの背中を見送っていると、視線を感じた。
エルヴィスがじいっとアイラを見つめている。
「……あ、の。団長…?」
「参ったな。俺は今、自分が猛烈に許せない」
「えっ??」
どうして、とアイラが問うより先に、エルヴィスが話し出した。
「いくら相手が強い魔術師だったとしても、防護壁があったとしても、君をすぐに助けられなかった」
「……そんな…」
「こんなにボロボロになって…薬を飲んでも、まだ痛むだろ?」
アイラはぐっと言葉を詰まらせた。確かに、体はまだズキズキと痛むし、とても自分で歩けそうにはない。
もし体が動かせるのなら、真っ先にエルヴィスの腕から離れたはずだ。顔が近すぎて、心臓がずっとドキドキしている。
「……わ、私もです」
「ん?」
「私も…エルヴィス団長を助けたかった、です。防護壁を破るだけの魔術が私に使えたら、すぐに助けに行けるのに、って…」
魔犬と戦ったとき、返り血一つ浴びていなかったエルヴィスだが、今はところどころケガをしている。切れた頬からは血が出ていた。
その頬に触れたい、と思いながら、アイラはエルヴィスを見つめる。
一方エルヴィスは、アイラの眼差しに心を奪われていた。
「……っ、君はすぐ、そういう…」
「……え?」
「……そういう瞳を向けてくるから困る。さっきも目を潤ませて、トリシアを見ていただろ。羨ましかった」
「う、羨ましい?ですか?」
聞き間違いかと思い、アイラは目を丸くした。すると、エルヴィスはバツが悪そうに声を上げる。
「……あー。なんでもない。忘れてくれ」
「……もう、エルヴィス団長はいつもはぐらかしますね」
アイラは少しムスッとしながら、トリシアの名前が出たので訊いてみることにした。
「エルヴィス団長は、ト…、先ほどの女性とはお知り合いですか?」
アイラがトリシアの名前を知っていたらおかしいので、慌てて誤魔化してそう訊ねた。
エルヴィスは表情を和らげる。
「ああ。彼女は俺の―――…、いや、またあとで会ったときに紹介しよう」
「……そう、ですか…」
俺の、なんだろう。とアイラはモヤモヤとした気持ちになる。
随分と親しげに名前を呼んでいたし、トリシアも敬語を使っていなかった。
もしかして、エルヴィスと特別親しい関係なのだろうか。そこまで考えたところで、嬉しそうな顔のエルヴィスが目に入る。
「……エルヴィス団長?どうしました?」
「いや…君が妬いてくれているのかと」
「妬いて…?」
アイラはきょとんとしてから、すぐに意味に気付いて顔を赤くした。
「ち、ち、違いますっ!」
「……そう力いっぱい否定されると傷つくな」
くっくっと押し殺したように笑うエルヴィスに、アイラは口をつぐむ。
どうして嬉しそうに笑うのか、どうして自分はトリシアとの関係にモヤモヤしているのか、その考えを巡らせていた。
そのとき、バタバタと駆けてくる音が聞こえる。
「エルヴィス団長!……アイラ!」
「……フィン副団長!?」
突然現れたフィンに、アイラは驚いて声を上げたが、エルヴィスは落ち着いていた。
「良いタイミングで来たな、フィン」
「全っ然、良くありませんから!どうして二人してそんなに傷だらけなんです!?」
息を切らしながら、フィンが駆け寄ってくる。少し遅れて、数人の衛兵らしき人物がやって来た。
「〜ああもう、どうしてこんなことに…」
「落ち着け、フィン。……お前たち、そこに倒れている魔術師を城へ連れて行ってくれ。それから、医務官はどこに?」
エルヴィスの指示で、衛兵たちが魔術師の元へ向かう。その後ろから、医務官だと名乗る男性が手を挙げた。
「彼女を診てくれ。……アイラ、ここに寝かせるがいいか?」
「私より、エルヴィス団長が先に…」
「それは聞けない。大人しく手当てを受けてくれ。俺は城へ報告を入れる」
エルヴィスはアイラをそっと床に下ろすと、優しく頭を撫でた。
「……すぐそこにいる。応急処置を受けたら、医務室へ移動しよう。少し話が長くなるかもしれないが…何があったか、話せるか?」
とても優しい表情で、声で、エルヴィスがアイラに問い掛ける。
スタンリーに言われた言葉を思い出したアイラは、少し震えながらも頷いた。
「……はい。全て、お話します」
一連の事件の原因が自分にあったと、アイラは正直に話す覚悟を決めた。
◇◇◇
魔術具開発局の医務室は、城の医務室と同じくらい広々としていた。
魔術具の試作品の使用が原因でケガをしたり、不具合が原因でケガをしたり、単純に開発に没頭して寝不足で倒れたり…思った以上に局員のケガは多いという。
例によって個室のベッドに案内されていたアイラは、部屋に入ってきたリアムに早速叱られていた。
「君さあ、医務室が好きで仕方がないとかじゃないよね?頻繁にベッドに横たわる君と話している気がするんだけど」
「リアム、そんなに頻繁じゃないと……思うわ」
「その間は自覚があるってことだよね。もう次はないようにしてよね、毎回心配するこっちの身にもなってみて」
「はい…ごめんなさい」
しょんぼりと肩を落とすアイラに、リアムは深いため息を吐く。
「……とにかく、無事で良かった。もう君を、一人で危険に向かわせたりしないから」
約束だからね、と言って、リアムが拳をアイラの前に差し出した。
魔術具開発局へ向かう馬車の中では、あんなに嫌そうにしていた行動を、リアムがしてくれている。
アイラは笑顔で拳をコツンと突き合わせた。
「……うっ…、泣ける…」
ぐすぐすと鼻を鳴らして入ってきたのは、リアムの兄のドルフだった。そのあとにレナード、フェンリーと続いて、四十代くらいの男女が入ってくる。
その容姿から、すぐにリアムの両親だということが分かった。
ハンカチで目元を拭うリアムそっくりな母親の肩を、兄三人にそっくりな父親が抱いている。
「あなた…リアムに、こんなに可愛いお友だちが…」
「そうだな。……安心した」
「父さま母さま、俺たちはもっとリアムのいろんな顔見ました!な、レナード!」
「ああ。映像で残して見せてあげたいくらいのな」
家族それぞれの言葉を聞いて、リアムの顔がどんどん赤く染まっていく。アイラはくすくすと笑っていた。
「〜た、頼むからやめてくれない?急に態度を変えられても、僕だって困るんだけど!」
「リアム、お兄さま方からは、ちゃんとリアムを想う気持ちが滲み出ていたわよ?少し言い方が悪くて、私も最初は気付かなかったけれど」
リアムと容姿が似ているという話になったとき、兄たちは嬉しそうにしていたのがその証拠だ。
きっとリアムが可愛くて仕方ないのに、不器用な愛情表現しかできず、今までリアムには伝わらなかったのだ。
それがようやく伝わったようで、リアムはずっと気恥ずかしそうにしている。
オドネル伯爵家の疑いも晴れ、アイラはとても嬉しかった。
「遅くなってすまない。……少しずつアイラも交えて、話を整理しよう」
そう言いながら入ってきたのはエルヴィスだった。頬にガーゼが貼られている。
ちなみに、アイラはいたるところに包帯を巻かれていた。
その後ろから続いて入ってきたフィンが、頭にも包帯を巻かれたアイラを見てぎょっとしている。
「……団長、アイラは話せる状況なんですか?日を改めてからの方が…」
「いえ、副団長。私は大丈夫です」
アイラが真剣な顔で見れば、フィンはそれ以上何も言えないようだった。しぶしぶといった表情で頷き、エルヴィスの言葉の続きを待つ。
「では…それぞれ椅子に座ろう。まずは俺の動きから話し出そうと思う」
皆が椅子に腰掛けると、エルヴィスの報告が始まった。
アイラたちと分かれたあと、エルヴィスはオドネル伯爵夫妻の元を訪ねた。
夫妻はちょうど仕事を一段落終えたところで、向こうもエルヴィスも探していたらしい。
今回同行した騎士にリアムがいると報告を受けていた伯爵夫妻は、しきりにリアムの様子をエルヴィスに訊ねた。
エルヴィスは答えながらも、それとなく闘技場の話題を出し、夫妻の反応を確認したという。
「そこでも伯爵夫妻は、しきりに君の心配をしていたよ、リアム。そして話の中で、次男が武術大会の観戦に行っていたと知った」
エルヴィスの視線を受けたドルフが、ごくりと喉を鳴らした。
「……そうだ。そこで俺はアイラさんという天使に出会い…」
「ドルフ兄さん。そこは割愛して」
「……いいだろう。魔術具のアイデアを考えながら試合を観戦していると、様子がおかしい参加者が何人か目に入った。かと思えば、一人がアイラさん目掛けて魔術を放ったんだ」
リアムに一度窘められたドルフは、そのまま真面目に話を続ける。
「そこから他のやつらも魔術を使い始めて、観客は大騒ぎ。使っていた魔術が高度過ぎることと、攻撃していたやつらの目が虚ろだったことから、俺はどこかおかしいと感じた。これは勘だな」
「……そして、戻ったドルフに話を聞いた俺は、すぐに一つの可能性に思い当たった」
得意げな顔のドルフの言葉を、レナードが引き継いだ。
「人を操る魔術が使われたか、もしくはそれと同様の魔術具が使われた。そしてその魔術具がここに保管されていることも知っていた。……リアムはそれを知らないが、きっと魔術具の可能性に辿り着くと思った」
「……そうだよ。僕は…僕の家族が、事件の裏にいるんじゃないかと疑ったんだ」
リアムが顔を歪めて両親と兄を見る。けれど、リアムの言葉に誰一人として声を荒げたりはしなかった。
「リアムの報告を受け、俺たち騎士団は伯爵家と魔術具開発局に調査に入ることに決めた。表向きは騎士団に導入する魔術具の検討という形だったが…それを、君たちは怪しいと感じたんだな?」
エルヴィスの問いに、レナードが頷いた。
「そうだ。その打診が来た段階で、俺たちは疑われているのだと確信を持った。ただ、俺たち三人は…父さまと母さまを疑ってしまっていた」
「……それは仕方ない、レナード。私たちは忙しさにかまけて、お前たちとここ数年はまともに食事すら出来ていなかったのだから」
申し訳無さそうなレナードの視線を受け、オドネル伯爵が口を開く。肩を抱かれたままの伯爵夫人も、何度も小さく頷いていた。
「本当に、その通りよ…。リアムも、ごめんなさい。貴方の顔色を伺ってばかりで、拒絶されるのが怖くて手紙すら書けずに…」
「……僕だって、全然連絡しなかったんだから、お互い様だよ」
リアムがそう言うと、伯爵夫人がふわりと微笑んだ。エルヴィスが少し口角を上げ、話を戻す。
「俺は伯爵夫妻と話をしている段階で、オドネル伯爵家以外の者が関わっている可能性を感じ始めた。魔術具の保管庫の話をしようとしたところで、警報が鳴ったんだ。夫妻の安全を確保して、俺は周囲の様子を探りに出た」
「……そして、俺たちが警報を止めた、と」
フェンリーがそう言い、アイラが頷いて補足した。
「制御室の方々は、皆さん眠らされていました。私も使われた催眠の魔術具を使用したものと思われます」
「「使われた??」」
複数人の声が綺麗に重なった。皆の視線が集中し、そういえば話していなかったと気付いたアイラは、慌てて弁解する。
「あ、でも大丈夫です!意識を失う前に、ナイフで腕を刺したので!その痛みで眠らずに済みました!」
「「………」」
どうやら弁解は逆効果だったようだ。
一瞬の沈黙の後、皆が一斉に騒ぎ出す。
「信じらんない!腕ってその左腕!?」
「てっきり局長にやられたのかと…」
「腕を?アイラさんの綺麗な腕を自分で??」
「うわぁ…騎士ってみんなそんな感じなの?」
「アイラ、俺はそんな指導をした覚えはないんだけど?」
オドネル伯爵夫妻は驚きから目を見張っていた。
一番最後に、エルヴィスが笑顔をアイラに向ける。その黒い笑顔に、アイラはヒッと短く悲鳴を上げた。
「……その件はまたあとで。話を続けてくれ」
「は、はい…。ええとそれで、眠っている皆さんを起こす方法は見つかりませんでした。そのあとすぐ爆発音が聞こえて、生産棟ということが分かり、私だけ魔術具で先に向かいました」
「なるほど。アイラより先に俺が着いたんだな。ちょうど近くの様子を探っていたときだったから」
エルヴィスはそのときを思い出すように、視線をじっと窓の外へ移した。
「気配を探りながら、二階へ向かった。そこで俺を待ち構えるように魔術師が立っていて、すぐに戦闘になった。防護壁を張られ、周囲が見えなくなった」
「……私が生産棟へ着いたときに周囲の方に話を聞きましたが、スタンリー局長とエルヴィス団長が中へ入ったと言っていました。私が戦っている団長を見つけたあとに、局長が背後から突然現れて催眠の魔術具を使われました。ええと、それで…」
「……眠らないように腕を刺した、と」
口ごもるアイラに、エルヴィスがため息と共に言葉を受け継ぐ。アイラは苦笑いを返した。
「アイラが魔術具で移動したあと、僕は兄さんたちと少し話をしました。魔力を増幅させる魔術具を貰って…そのとき、団長が言っていた、魔力がほとんどないのに操られて魔術を使っていた人の話を思い出し、設計図の在り処を訊きました」
「……それで、俺は以前、局長が保管庫から出てきたときに鉢合わせしたことを思い出した。父さまから頼まれたと言っていたが…」
リアムとレナードの言葉を聞き、オドネル伯爵が静かに首を横に振った。
「私が彼に保管庫へ行くように頼んだことなど、一度も無い」
「……では、彼がどうやって保管庫へ入ったのかは調査が必要だな。そこは伯爵へお願いできますか?」
エルヴィスの問い掛けに、オドネル伯爵は神妙な面持ちで頷いた。それを確認すると、真剣な瞳がアイラへ向く。
「……アイラ。スタンリー局長と何を話したか、教えてもらえるか?」
「……はい」
アイラは手のひらをぎゅっと握りしめると、正直に打ち明けようと口を開いたのだった。




